C61 24 (国鉄・蒸気機関車)

C61は D51のボイラを利用して製造されたハドソン機で、33輌が三菱重工業と日本車輌に分けて製造された。本機は日本車輌の担当で、ボイラはD51 1135のものを利用、1948(昭和23)年9月の竣功。奥羽本線電化まで青森区で活躍したが、電化とともに宮崎区に転じて日豊本線で使用された。1972(昭和47)年11月7日付けで廃車。'69.8.1 川部 P:笹本健次
このweb上のすべての画像は個人でお楽しみになる以外の使用はできません。

C61は D51のボイラを利用して製造されたハドソン機で、33輌が三菱重工業と日本車輌に分けて製造された。本機は日本車輌の担当で、ボイラはD51 1135のものを利用、1948(昭和23)年9月の竣功。奥羽本線電化まで青森区で活躍したが、電化とともに宮崎区に転じて日豊本線で使用された。1972(昭和47)年11月7日付けで廃車。'69.8.1 川部 P:笹本健次
このweb上のすべての画像は個人でお楽しみになる以外の使用はできません。