鉄道ホビダス

2011年7月アーカイブ

京葉臨海鉄道 KD50 1

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昭和61年に新潟鉄工にて製造された56t機。元三井芦別鉄道DD503号機で、同鉄道には平成2年に入線した。その後、塗色変更等は行われたが特徴的な前照灯は最後までそのままで活躍した。 '97.4.12 蘇我 P:菅谷和之

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1959年に登場、両側先頭車とも貫通型としたC編成は10編成用意された。その汎用性を活かしてA+C編成、B+C編成、C+C編成などに組まれ活躍した。左右非対称の全面窓を持つ貫通型運転台は美しく、現代にも通用するデザインである。1978年当時、山田線ではA編成と共通運用が組まれ阪名伊特急に充当されていた。A編成B編成同様惜しまれながら1979年に全廃された。 '78.2 近鉄山田線 東松阪-櫛田 P:楢井勝行

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荷重50tの石油類専用タンク車で拠点間の大規模輸送に用いられた。タキ50000形式と同様に魚腹形異径胴の3軸ボギー車であるが、全長は若干短く15.4m。1960年から1965年に39輌が製作された。1990年に、除籍されている。 '83.3.18 名古屋臨海鉄道南港 P:上田隆浩

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荷重30tの冷延コイル鋼板専用の有蓋車。1966年に2両が製作された。全長13.65m。屋根、側扉を耐食アルミ製として軽量化している。屋根を開閉式としてクレーンによる積み込みを可能とした。側面は全面開閉可能。2両ともJRに継承された後、2007年に廃車された。 '83年 名古屋臨海鉄道南港 P:上田隆浩

715系1000番代

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余剰となった583系の改造車で'84年9月に登場し、仙台地区普通列車の電車化を目的に、黒磯・一関間で主に使用された。車両の改造は客用扉の半自動化や車内ロングシートの変更と、防寒・防雪対策をしたため1000番台に区分された。'95年より登場した701系電車に置き換えられ、'98年に全て廃止となった。 '90.12.29 東北本線 白坂-豊原 P:長岡行夫

近鉄ク6581

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1958年最後の旧型特急車として6431系2編成4輌が名古屋線に登場した。1965年に格下げ改造され3扉ロングシート車となったが、旧型車とは思えない明るい2連窓、掛け心地の良い深いロングシートなど特徴のある車輌だった。名古屋線山田線ローカル列車で運用された後、1979年に養老線に転属。養老線の新性能化に伴い1993年に全廃された。 '78.2 近鉄山田線 東松阪-櫛田 P:楢井勝行

近鉄ク3123

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1953年に登場した2250系特急車サ3026より先頭車改造された。1963年頃格下げ改造され、名古屋線山田線ローカル列車で活躍した。中間車からの改造車だったため運転台貫通扉は引き戸であった。この後スカートも取り付けられたが1982年に廃車された。 '78.2 近畿日本鉄道山田線 東松阪-櫛田 P:楢井勝行

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北海道用のキハ58系として新設され、耐寒・耐雪構造が強化され、側窓は二重窓である。200番代(201〜217)は1968年に新設され、前面窓はパノラミックウインドウとなり、スカートが取り付けられている。全車輌がJR北海道に継承され、一部はミッドナイト用に転用された車輌もあったが、1997年までにすべてが廃車となった。 '92.5.3 函館本線 大沼-仁山 P:長岡行夫

EF65 1054

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1972年(昭和47)に、山陽本線の波動用として製造された。継電器の変更に伴い、CS29Bバーニア抵抗制御器がCS29Cに変更されている。同機は下関運転所に所属時、切り抜きナンバーのブロックナンバー化改造を受けている。最後まで国鉄色を保っていたが、今年3月22日に大宮車両所に廃車回送されている。 '09.7.3 外房線 蘇我 P:菅谷和之

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1961年に4輌2編成が登場。当初は左右非対称の前面窓、旧型集中式クーラーであったが、1974年に左右対称全面窓、通勤車同様の集約ビ分散式クーラーに大改造された。名伊乙特急に限定運用され、写真のように新ビスタカー10100系と混結されることも多かった。室内は920mmピッチ回転シートであったのでこの車輌に当たると同じ特急料金でも外れであった。カーテンの取り換え、シート表皮の張り替えなど行われたが、車内設備の見劣りが激しく1992年に全廃された。 '78.2 近鉄山田線 東松阪-櫛田 P:楢井勝行

クハ103-2001

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クハ103-2000番代は関西本線103系の編成短縮に伴う制御車の不足を受けて、1986(昭和61)年に101系のクハ100-92・35・31・60を103系のTc車に改造したものである。偶数向専用車。1992年に4輌とも廃車となった。写真は快速奈良行きとして湊町駅を出発したところ。 '86.8.31 湊町 P:齊藤義明

49681

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1921年9月、川崎重工兵庫工場製。当初は名古屋局管内に配置されていた。1933年現在、糸魚川に配置。その後豊後森を経て1951年5月31日より鹿児島に配置。1957年7月9日坂町に転属、以後1972年7月に廃車となるまで米坂線を中心に活躍した。正面のナンバープレートは形式入りだが、煙突はパイプ型に変更となっている。 '72.3 P:平林寛信

クハ189‐1

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1975年、日本車両にて製造。奇数向き(軽井沢寄り)制御車。屋根上にAU13EN形冷房装置を5基搭載し、また床下には210kvAのMGとCPが搭載された。長年、長野運転所に所属し主に特急「あさま」に運用された。晩年は波動用として幕張車両センターに配置されたが、'09年4月16日に廃車回送された。 '09.4.16 津田沼 P:菅谷和之

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宇治山田駅折り返しホームに停車中のあおぞら号。既に団体列車の主力は急行型2610系に移っておりカメラに収めたのはこの一枚のみである。1962年から5編成製造され登場当時は子供たちの憧れの的であった。しかし低い天井、2・3掛けの窮屈な座席、空調は冷風装置(冷房はない)等々客室設備は劣っていた。18200系あおぞらⅡと20000系楽に任を譲り1989年〜1993年に廃車された。 '77.11 近鉄山田線 宇治山田 P:楢井勝行

別府鉄道 キハ3

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1984(昭和59)年の別府鉄道終焉まで活躍した鮮魚台付き気動車。1930(昭和5)年日本車輌製。佐久鉄道キホハニ56→国鉄買収→三岐鉄道キハ6という経歴をもつ。別府鉄道へは1959(昭和34)年の譲渡。現在長野・佐久市「成知公園」に保存されている。 '74.8 別府鉄道 野口線 土山-中野 P:芝地寛之

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