鉄道ホビダス

2010年10月アーカイブ

鹿児島交通 キハ300

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キハ300形。国鉄キハ110系に似た車輌で自社発注車。ATSを装備して国鉄西鹿児島駅まで乗り入れていた。昭和58年に災害により運休。2年後の昭和59年に全線が廃止となり廃車となった。 '82.9.13 鹿児島交通 加世田 P:藤村巌雄

キハ53 7

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1967年に登場したキハ45系に属する2機関、両運転台の車輌で暖地型0番代9輌、長編成対応の100番代2輌が製造された。-7は67年に新製された後、大半を米子で過ごし95年に廃車された。 '73.7.25 山陰本線 出雲市 P:金井靖司

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'81年に12系客車改造の6輌編成で尾久客車区に所属していた。当初は愛称名がなく「オク座」とも呼ばれ、外観も一般の12系と同じ塗装であった。後に白と赤のストライプ塗装となり愛称名が付き、'92年には青・白の塗装変更され活躍したが、'97年に485系改造の「華」に置換られ廃車となった。 '95.11.26 磐越西線 山都─喜多方 P:長岡行夫

近鉄 モト154

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モト150形は奈良線の前身である大軌が1921年から22年にかけて5輌製造した無蓋電動貨車で、番号は何度も変遷している。全長11m余の小型車、台車幅と車体幅がほとんど同じで、荷台に突き出た塔の上に載せたパンタが大きな特徴である。パンタ高さの比からわかるように運転台は極端に低くて狭く、もちろん座る広さはないが立って運転するにも狭かっただろう。砂利を積んで西大寺駅に停車中の姿で、当時は西大寺駅にもこのような枕木積みの貨物ホームがあった。50年以上にわたって地味な仕業を続け、1500Vへの昇圧にともない1974年に廃車された。 '62.3.7 西大寺 P:小西和之

東京都電 6501

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形式1輌の試作車で、品川駅前の折り返し線に停車中の撮影です。品川ー上野の一系統に使用されていました。 '64.8.13 品川駅前 P:長谷川興政

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KM100形、KM150形気動車は、旧国鉄神岡線からの第3セクターとして設立運行を始めた「神岡鉄道」神岡線に導入した気動車で、製造時に旧国鉄のキハ20形気動車の部品を使用した異色の経歴をもつ車輌でした。KM100形とKM150形とも主だった諸元仕様は同じですが、車内では名物「囲炉裏」の場所が異なったり、KM150形にはトイレ設備があるため乗車定員がそれぞれ異なっています。KM100形(KM101)、KM150形(KM151)の2両のみで全ての旅客営業運転を行い、それぞれ「おくひだ1号」「おくひだ2号」の愛称で呼ばれていました。(写真向かって左より、KM151+KM101)山岳地帯を走る沿線では橋梁とトンネルが多く、「奥飛騨の地下鉄」の異名をもった同線でしたが、2006年12月1日に廃線を迎え2輌の気動車は引退となりました。 '06.11.5 神岡鉄道神岡線 猪谷 P:宮島昌之

キハ58系「おばこ」

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'84年に登場したキハ58・28形気動車改造の3輌編成で、旧国鉄秋田鉄道管理局が保有していた。登場時の愛称は「こまち」であったが、秋田新幹線開通で名前を新幹線に譲り「おばこ」に改名した。'01年には外観をリニューアルされ普通車扱いとなり活躍したが、老朽化に伴い'06年に廃止となった。 奥羽本線 陣場-白沢 P:長岡行夫

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編成はキハ58 569+トラ74319+トラ72792+トラ74858+キハ65 36で、2002年に「トロッコ列車」「トロQ列車」として大分〜由布院間で運転を開始しました。「トロッコ列車」は大分〜由布院間を1日1往復。「トロQ列車」は由布院〜南由布間を1日に何度か行き来するものでした。編成は一つでしたが、ほとんど毎日運転されていました。7年間走り、2009年11月29日に老朽化のため引退しました。その後キハ58・65形は九州小倉工場にて国鉄急行色にされ、「復活!!急行列車」として走り、トラは大分車両センターで留置されました。尚、この塗装になる前からも「トロッコ列車」として運転されていました。 '09.8.19 久大本線 古国府-大分 P:賀来正博

京福電鉄 デナ1形

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京福電鉄が開業に際して製造した木造電車。Rのついた窓、深い丸屋根など最近まで在籍したデナ21型と共通していて、2ドアの小型車ながら優美なデザインである。ドイツ・MAN製の台車はオール板バネという珍しいもの。車体のわりに台車が大きく、床下に収まりきらない抵抗器は屋上に追いやられている。小型のため晩年は貫通路を設けられて2連で運用されていた。1964年廃車。この写真は修学院車庫の裏で解体中のもの。 '65.6 修学院 P:小西和之

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1981年に登場した12系客車改造の和式列車の6輌編成で、愛称はなくファンなどは「カヌ座」と呼んでいた。1985年に内装が洋風仕様のサロンカー「サロン佐渡」を新たに追加して7輌編成となり、1996年には車両外観色を深緑色に金帯に変更し活躍いたが、老朽化に伴い2002年廃止された。 '01.6.11 磐越西線 日出谷─豊美 P:長岡行夫

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'88年に登場したキハ65・28形気動車改造の3輌編成で金沢支社が保有していた。登場時の外観は青のストライプを有していたが、'98年のリニュアール時には青帯はなくなり'07年に廃車となった。 '01.4.15 信越線 黒姫─牟礼 P:長岡行夫

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1973年三菱製の35t機関車。3軸というのが特徴で、2002年頃に岩国製紙からやってきた。以来主力機として活躍。石灰石貨物列車廃止後もしばらくシートを被されて保管されていたが、2010年3月惜しくも現地にて解体された。 '09.7.5 セントラル硝子宇部工場専用線 P:浜中裕史

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