飯田線に残る旧型国電を置き換えるため水色の車体に灰色のテープを巻き1982年に登場した。3扉セミクロスシートでクハに便所を装備するため近郊型区分の119系を名乗るが、裾絞りのない非冷房2800mm幅車体、1M方式、加速性能重視のMT55モーターと歯車比6.07、一部発生機器流用など105系との共通項が多い。1986年11月、2輌編成8本が塗装変更と冷房化(AU75と廃車発生品70kVAMG)され東海道本線静岡地区の「するがシャトル」に転じた。しかし東海道本線に高速性能が劣る119系は不向きで僅か2年で飯田線に戻った。JR発足後は白いJR東海カラーに変更、非ワンマン車である0番代は飯田線南部で運用されたが2012年3月に213系5000番台と313系3000番代に置き換えられ引退した。写真はクモハ119-11とクハ118-7で組成されたE12編成である。 '08.3.29 飯田線 中部天竜 P:楢井勝行
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