銚子電気鉄道デハ101の雨宮製台車 (その他)
鋼板と山形鋼をリベットで組み立てた板台枠に、小さなウイングばね支持の軸箱守という、独特の姿で知られる銚子電鉄デハ101の台車。軸距は1498mm。デハ101は1939(昭和14)年の登場だが、台車は1926(大正15)年に雨宮製作所で製造された下野電気鉄道(現・東武鬼怒川線)デハ103が履いていたもので、もともとは762mm軌間の軽便電車用の台車。同型の台車が「馬面電車」で有名な花巻電鉄に複数納入されている(台車の写真はモノクロです)。

1986.7.21 仲ノ町 P:RM
参考文献
「銚子電気鉄道車両史」白土貞夫(鉄道ピクトリアル620号所収/1996年 電気車研究会)
「下野電気鉄道」小林 茂(鉄道ピクトリアル263号所収/1972年 電気車研究会)
LINK
これまでに収録した銚子電鉄関連の台車 雨宮板台枠改 FS316
2008.6.12作成
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千頭森林鉄道のウイングばね台車 (その他)
大井川鐵道井川線の奥泉駅からバスで30分、寸又峡温泉に着きます。ここの駐車場に展示されているのが、かつてこの地を走っていた千頭森林鉄道の機関車と客車です。その歴史については現在発売中のRM LIBRARY96『大井川鐵道井川線』に詳しいのでご覧いただくとして、これがその客車の台車です。
車体は岩崎レール製で、スクールカーとして有名な木曽・王滝村の「やまばと号」に似たものですが、「やまばと号」がアーチバー台車を履いているのに対し、こちらの台車枠はH鋼。よく見ると軸箱守に小さなウイングばねを組み合わせた独特のもので、木曽のB型客車のように運材台車を流用したものでもないようです。ちなみに井川線の客車は今も昔もアーチバー台車ですから、これとも関係ないでしょう。
おそらくこの客車に合わせて製作されたものと思われますが、他に仲間がいたのでしょうか。ちょっと気になるところです。

2007.8.5作成
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川崎車輌 Baldwin78-25AA / 高松琴平電気鉄道30形 (その他)
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川崎車輌 Baldwin78-25AA(27号) 写真:2007.7.8 今橋 高橋一嘉
“喫茶店”と呼ばれた阪神電車3形式のうち、1941(昭和16)年に登場した881形用として川崎車輌で製造された台車。米国ボールドウイン社78-25Aを範として、大正後期から国内各メーカーで私鉄電車向けに多数製造された台車のうちの一つである。基礎ブレーキ装置は登場時から踏面両抱き。前作861形の台車にはコロ軸受が採用されたが、この881形の台車は平軸受で登場している。
881形は阪神で廃車後、一部の車体と台車が高松琴平電気鉄道に譲渡、30・50形(二代目)となった車体が消滅した後も台車は長く活躍し、現在でも3000形が履いている。
写真は2007年7月に引退した琴電30形(三代目/元京急デハ230形)27号が琴電入線後に履き替えたもので、コロ軸受に改造されている。
軸距:2030mm 車輪径:840mm 軌間:1435mm
軸箱支持:軸箱守(釣合梁) 枕ばね:板ばね

拡大可 駅ビル建設前の瓦町駅留置線で待機する30形29号と35号。京急デハ230のオリジナルの台車は汽車MCB-Rもしくは2HEだが、琴電入線後にMc車(奇数車)はこの78-25AAに、またTc車は名鉄由来のBrill27MCB2Xに履き替えていった。 1994.3.24 高橋一嘉 2007.7.21作成 2008.2.10更新
参考文献 『阪神電車形式集.1』(1999年 レイルロード)
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ことでん30形を見る(ミニディテールファイル)
これまでに収録した高松琴平電鉄関連の台車
これまでに収録した阪神電気鉄道関連の台車
川車Baldwin78-25AA(881形用) SS171M SS171T
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帝国車輌低床式 / 名古屋鉄道モ570形 (その他)
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帝国車輌低床式(モ574) 写真:2003.5.25 新岐阜駅前 高橋一嘉
1950(昭和25)年に登場した名古屋鉄道モ570形(571~573)用として製造された台車。この3輌は車体・台車とも帝国車輌で製造されたもので、ひと足先に同じく帝国車輌で製造された土佐電気鉄道203~205のTB-20形台車によく似ている。後に増備された574・575は日車製車体に住友製KS40J台車の組み合わせとなったものの、後に台車交換が行われ、最終的には571~573が住友製台車、574・575が帝車製台車の組み合わせとなっていた。
575は2000年に廃車となったが、台車は幸運にもオーストラリア・タスマニア州のロンセストン市電博物館に譲渡され、旧ロンセストン市電の動態復元車に活用されている。また574は2005年の岐阜市内線廃止まで活躍、廃車後はやはり台車がロンセストン市電博物館に豊橋鉄道からのKS40Jとともに譲渡された。
写真は574号のもので、枕ばね吊りが側梁上面から吊るように改造されている。原形は先に収録した土佐205号のTB-20と同じく、側梁側面からリンク機構を介して吊ったもので、575の台車はタスマニアに渡った現在も原形を保持しているようだ。
軸距:1370mm 車輪径:660mm 軌間:1067mm
軸箱支持:軸箱守(軸ばね) 枕ばね:板ばね

2007.3.3作成
参考文献
『世界の鉄道'73』(1972年 朝日新聞社)
「タスマニアで蘇った岐阜の台車」田尻弘行
(『RailMagazine』282号所収/2007年 ネコ・パブリッシング)
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これまでに収録した名古屋鉄道関連の台車
これまでに収録した路面電車用台車
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MT-100B / 高松琴平電気鉄道20形 (その他)
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弓なりの釣合梁が印象的な汽車会社製ボールドウィン78系台車。琴電20形電車の履くもので、MT‐100Bは琴電による形式呼称。20形は近鉄から入線した車輌だが、台車は琴電入線後の振り替えで、もともとは1000形電車が履いていたものとのこと。1000形は琴平線の前身である琴平電鉄が1926(大正15)年の開業に際して汽車会社で製造した電車であり、讃岐の地を80年間走り続けてきた台車ということになる。なお、現役の1000形120号も同台車を履く。
写真は22号のもの。釣合梁中央に見える銘板には「大阪 汽車会社改造 昭和24年」の文字が記されている。
軸箱支持:軸箱守(釣合梁) 枕ばね:板ばね
写真:2006.7.22 今橋 新井 正

1994年の志度線分離以来、志度線で活躍を続けた20形。現在はイベント用として23号のみが在籍している。 2006.7.30作成/2007.6.8更新
参考文献
「琴電オールドタイマーの動向」川波伊知郎
(『RailMagazine』№274所収/2006年 ネコ・パブリッシング)
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MKD001 MKT001 / 広島電鉄5100形 (その他)

2005年3月に就役した広島電鉄5100形“グリーンムーバーmax”は近畿車輌、三菱重工業、東洋電機製造の共同開発による国産100%超低床LRV「U3・ALFAVeacle」の第1号であり、国産初の独立車輪台車を採用している(台車部分の開発は三菱重工が担当)。独立車輪台車とはLRVの100%超低床化のため、従来のような車軸を廃したもので、車輪間に車体通路部を落とし込む方式の台車。5100形のものは国産超低床LRV実現のため2001年に車輌メーカー8社によって設立された「超低床エルアールブイ台車技術研究組合」の研究成果をベースに開発されたものである。
軸距:1800㎜ 車輪径:600㎜
軸箱支持:積層ゴム 枕ばね:コイルばね
写真:2004.12.8 三菱重工業プラント・交通システム事業センター RM

両端のA車、B車に配されるM台車(メーカー形式MKD001)は内側台車枠で、通常の台車では車軸に対して取り付けられている駆動装置~主電動機を台車両側面に設置、直角カルダン方式で前後の車輪を駆動する仕組みである。ドイツ製の5000形のものよりコンパクトにまとめられ、M台車上の通路幅は860㎜が確保された(5000形はMT台車上とも通路幅830㎜)。車輪には弾性車輪を使用(写真は5101Bのもの)。

編成中央のE車に配されるT台車(メーカー形式MKT001)は外側台車枠で、枕ばねの位置も低いなど、よりコンパクトになる工夫がなされており、この結果T台車上の通路幅は5000形より大幅に広い1120㎜を確保している(写真は5101Eのもの)。

広島県三原市の三菱重工業プラント・交通システム事業センター内の実験線で試験走行中の5100形。営業運転では台車部分はカバーが取り付けられるため、台車を見ることは出来ない。なお、5100形は5車体連節車だが、2車体目と4車体目のC車、D車は台車のないフローティング構造である。
2006.3.2作成 2007.8.14更新
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これまでに収録した広島電鉄関連の台車
これまでに紹介した路面電車関連の台車のリンク
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頸城鉄道ホジ3 (その他)

付随台車(新黒井方)
頸城鉄道の気動車ホジ3の台車。ホジ3は1932(昭和7)年に客車(ホトク1号/1914年日本車輌製)を気動車化改造した車輌である。台車は客車時代からのアーチバー台車を履いているが、気動車化に際して浦川原方の台車が動台車に改造された。動軸は内側軸のみだが、当初はロッド式で外側軸にも動力を伝達していたと言われる。車軸が露出しているのはその名残り。また、うねるように配されたゴムホースは1軸のみの動軸の駆動力を補う砂撒き管である。
軸距:1270mm 車輪径:558.8mm
写真:2005.6.19 百間町 高橋一嘉

『RM LIBRARY77 頸城鉄道』発売!
ホジ3をはじめ、頸城鉄道の姿を収録した書籍が発売になりました。ご購入はこちらから。
参考文献:『RM LIBRARY77 頸城鉄道』梅村正明(2005年 ネコ・パブリッシング)
2005.12.21作成
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名古屋市1400形用/豊橋鉄道モ3100形 (その他)
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もと名古屋市電1400形である豊橋鉄道モ3100形電車の台車。名古屋市電1400形は1937(昭和12)年から75輌が造られ、1974(昭和49)年の名古屋市電全廃まで活躍した形式で、その台車は日本車輌、住友金属、新潟鐵工所が製造した(日車形式C-12)。出入台部分の床面高さを低く抑えるため、車端側を従軸として動軸側より車輪径が80mm小さい。
写真は3104(元名古屋市1468)号のもの。右側が従輪で、よく見ると左側の動輪に比べ車輪径がわずかに小さく、軸箱の位置も低いのが分かる。
軸距:1370mm 車輪径:690mm(動軸側)+610mm(従軸側)
軸箱支持:軸箱守(軸ばね) 枕ばね:板ばね
写真:2005.10.20 赤岩口 高橋一嘉

終点、赤岩口で折り返し待ちの3104号。1971(昭和46)年の豊橋転入以来活躍してきたモ3100形も、名鉄岐阜600V線区からの転入車によって置き換えが進み、イベント用として残った3102号を除いて2006年3月4・5日のさよなら運転を最後に第一線を退いたが、その置き換え用の転入車のうちの1輌が、部分低床化のために従輪の車輪径を小さくしたモ800形であるのは、何かの縁というものだろうか。
参考文献:『路面電車ガイドブック』東京工業大学鉄道研究部(1976 誠文堂新光社)
2005.11.3作成 2006.3.20更新
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これまでに紹介した名古屋市交通局関連の台車
これまでに収録した豊橋鉄道関連の台車 TS-708
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