12系客車の電源装置付き緩急車として1971年新製、青森運転所に配備され客車急行や波動輸送に使用された。1999年4月からは、新潟車輌センターに移りC57-180牽引の「SLばんえつ物語」新潟寄り先頭車として活躍する。2013年4月、展望室付き車体を新製、足回りと電源機器を流用しスロフ12-102に格上げ改造された。 '07.12.23 磐越西線 会津若松 P:楢井勝行
12系客車の電源装置付き緩急車として1971年新製、青森運転所に配備され客車急行や波動輸送に使用された。1999年4月からは、新潟車輌センターに移りC57-180牽引の「SLばんえつ物語」新潟寄り先頭車として活躍する。2013年4月、展望室付き車体を新製、足回りと電源機器を流用しスロフ12-102に格上げ改造された。 '07.12.23 磐越西線 会津若松 P:楢井勝行
国鉄からJR北海道に継承されたスハネフ14 500番代は夜行客車急行で運用されていた。1991年以降、「利尻」「大雪」「まりも」 が気動車化・特急化され、気動車併結改造されたスハネフ14 500番代を連結した。しかし道内夜行列車の削減により序々に運用を減らし、2008年8月31日臨時「まりも」廃止によりその用途を失い廃車された。 '08.8.24 函館本線 札幌 P:楢井勝行
1989年JR東日本が新造し横浜展覧会でお披露目され、24系客車と連結され「夢空間北斗星」や団体列車で運用された。後部より、緑のオシ25-901「ダイニングカー」、赤のオハフ25-901「ラウンジカー」、青のオロネ25-901「デラックススリーパー」である。全室バスルーム装備のデラックススリーパー、オリエント急行のようなラウンジカー、車窓からの眺めが素晴らしいダイニングカー、バブル絶頂期らしく贅の限りを尽くした豪華な車輌であった。2007年10月、JR20周年を記念した「JRオールキャスト日本列島縦断・華麗なる列車の旅8日間」で花道を飾り、2008年3月品川〜盛岡の「さよなら夢空間」で営業運転を終了した。この写真は盛岡から尾久への返却回送列車を撮ったものである。現在3輌とも関東地区の商業施設・飲食店で保存されている。 '08.3.30 東北本線 福島 P:楢井勝行
1988年、日米友好親善活動の一環として1年間運転されたイベント用車輌。種車にはオハ50形10輌とオハフ50形2輌が選ばれた。形式はオハ50形がオニ50形、オハフ50形がオニフ50形と変更され、製造番号はそのままであった。 '88年 東海道本線 大阪-新大阪 P:泉谷 純
「ユウユウサロン岡山」は、岡山鉄道管理局向けの欧風客車として、1985年11月に幡生車両所にて完成した。落成当初は「ゆうゆうサロン岡山」という名称で、岡山発の団体臨時列車などに使用された。1993年には延命工事が施工され、このときに塗装が現在のものとなっている。JRになってからも広く使われていたが、老朽化に伴い2011年3月の運行を持って、運用を終了した。また、2002年までは、専用機関車としてEF65 123が使用されていたが、老朽化により廃車となっている。 '11.3.26 山陽本線 庭瀬─中庄 P:有木裕一
1999年に12系・24系より改造されたジョイフルトレイン。同年に開催された「南紀熊野体験博」にあわせて登場した。スハフ12 128、オハフ13 27、オハ12 228、オハ25 57の4輌編成。和歌山支社が保有しており、新和歌山車両センターの所属であった。オハフ13 27には運転台が設置されており、この運転台から牽引機のDE10を制御できるため、客車列車ではあったが機回しが不要となっていた。12系の座席にはクロ380形のアコモ改造の際の発生品が使用されていた。主にきのくに線の快速「きのくにシーサイド」や団体列車として運転されていたが、山陰本線で快速「湯巡り山陰」・「萩・長門ブルーライナー」として運転もされている。また、「呉線100周年記念祝賀列車」、「下関ふくふく号」として運転され、他に土讃線や予讃線への入線も果たしている。専用機としてDE10 1152が塗色変更され運用されていた。その後、2007年8月26日の「さよならきのくにシーサイド号」を最後に運用を離脱、同年11月5日付で廃車となった。こちらの画像は、予讃線入線を果たした際のもの。補機として高松運転所のDE10が次位に連結されている。 '03.10.12 予讃線/高瀬ー比地大 P:泉谷 純
1995年に登場した14系客車改造の6輌編成で長野支社が保有していた。この客車の特徴は青函・関門トンネル対応型となっているので、北海道から九州まで運用が可能であったことから行動範囲の広いジョイフルトレインであった。車輌の老朽化によって2007年に廃止となったが、最後の運用時にはEF58 61が牽引した。 '02.6.10 明覚-越生 P:長岡行夫
このSERは国鉄末期の'87年3月に、12・14系客車改造の7輌で紅白の色調が鮮やかな編成であった。又牽引専用電気機関車としてEF65・EF81が赤の車体に白文字で形式が書かれていた。しかしながら車輌の老朽化等により'01年に廃車となった。 '93.1 八高線 明覚─越生 P:長岡行夫
'82年にお座敷列車サワ座としてデビュー後、'93年末にリニュアールを実施し編成両端に展望室を設置した。新たに名称を「わくわく団らん」と命名し北陸地方を中心に活躍した。所属は金沢支社で老朽化に伴い'07年に廃車となった。 '02.7.28 信越本線 二本木-関山 P:長岡行夫
1990年(平成2)年五能線の「ノスタルジックビュートレイン」用に50系から改造。2500番代は展望デッキが設けられ側面窓も大型のものに改装。3000番代は増結指定席用となっていた。他に自由席用に塗色変更のみされた50系も4輌あった。'97年「リゾートしらかみ」運行開始を機に3000番代などは廃車、2500番代は高崎運転所に転属したイベント用に使用されたが'01年廃車解体された。 '91.8.15 奥羽本線 P:田中一弘
寝台列車需要の巻返しを狙って85〜86年に14系寝台車から5輌改造、定員外のフリーラウンジスペースとしロビーカーと呼ばれた。車内はソファー・回転チェア・カウンターも設置され当初は軽食販売も行われた。種車はオシ14、オハネ14形で番号により窓配置が異る。写真の-705はオハネ14 2から改造。85年「はやぶさ」86年「富士」へ連結JR化後も活躍。05年同列車14系化で運用消滅した。 ’88.2.4 東京 P:梶村昭仁