1機関搭載の両運転台車で、'66年から'69年にかけて暖地用の0番代33輌、寒地用500番代21輌の計54輌が製造された。国鉄時代は1輌も廃車されることなく、すべての車輌がJRに継承された。車輌は両運転台でもあることから、ワンマン改造や車両更新工事施工などにより比較的長く使用された。しかし2000年前後には大半が廃車を迎え、保留状態であった1号機も2009年に廃車となり全廃となった。 '94.5.2 北陸本線 富山 P:長岡行夫
1機関搭載の両運転台車で、'66年から'69年にかけて暖地用の0番代33輌、寒地用500番代21輌の計54輌が製造された。国鉄時代は1輌も廃車されることなく、すべての車輌がJRに継承された。車輌は両運転台でもあることから、ワンマン改造や車両更新工事施工などにより比較的長く使用された。しかし2000年前後には大半が廃車を迎え、保留状態であった1号機も2009年に廃車となり全廃となった。 '94.5.2 北陸本線 富山 P:長岡行夫