宮島昌之
橋梁などが損傷したとみられる現場。この近くで681系0番代W08編成も被災、身動きが取れなくなったとみられる。
‘24.4.6 のと鉄道 七尾~和倉温泉(車内より撮影)
路盤が損傷したと思われる現場。白く輝くバラストが敷かれた道床の上にレールが弧を描く。
‘24.4.6 のと鉄道 西岸~能登鹿島(車内より撮影)
側壁の土砂が崩落し、線路やトンネル内部に流入したとみられる現場。写真左側が復旧工事の箇所とみられる。
‘24.4.6 のと鉄道 能登鹿島~穴水(車内より撮影)
JR西日本所有のPlasser&Theurer社製マルタイ「08-16形」と「WEST.Dr.BLUE」が穴水駅に停留していた。尋常でない今回の被災現場、「裏方」というイメージを払拭する活躍を見せたに違いない。
‘24.4.6 のと鉄道 穴水
「令和6年能登半島地震」で甚大な被災を受けた「のと鉄道」だが、今回の全線復旧は「奇跡的」な早さだったと感じている。
国土交通省のWebサイト「令和6年能登半島地震における被害と対応について」を拝見すると、発災間もない2024年1月9日より国土交通省の「TEC-FORCE」や鉄道・運輸機構の鉄道災害調査隊「RAIL-FORCE」が派遣され、現地調査や復旧支援にあたったほか、4月1日に行われた石川県知事の会見によると、同線の施設を所有するJR西日本は、管内全域の工事工程等を工夫し、本社等から工事専門部隊を現地に派遣、全力で復旧作業にあたったという。
全線復旧のタイミングを4月6日にしたのは、沿線の高校の入学式・始業式に間に合うよう目標を定めたそうだ。
今回私は全線復旧の初日に乗り通してみたが、新しいバラストを敷き綺麗に修復された道床が次々見え、長い距離を一気に修復した所もあり、路盤の損傷が広域に及んでいたことを自らの目で知ることができた。
土砂崩落が起きたとみられる現場も見たが、切通しの土壁が大きくえぐられ、「もしそこに列車が走っていたら?」と恐怖すら覚えた。
和倉温泉・田鶴浜・能登中島・西岸・能登鹿島の各駅にある列車の交換設備は、発災前と同様に稼働している。穴水駅の構内には、復旧工事を担ったとみられる軌陸車や重機、JR西日本所有のマルチプルタイタンパーの姿もあった。(駅舎の現況については次章にて詳しく)
ニュース報道にもあったが、全線復旧の前日4月5日には、朝から夕刻まで試運転が行われた。
能登鹿島駅には穴水町が運用するライブカメラが設置されていて、巻き戻しで拝見したところ、試運転は3往復実施した模様。
穴水駅構内に待機していたNT200形すべてを使ったと思われ、1往復目は標準色の2連、2往復目は各ラッピング車の2連、3往復目は標準色の1両で運転した。
また、同日の夜には、七尾~能登中島間の暫定運転を担っていた標準色の2連や、JR七尾駅構内に停留していたと思われる「のと里山里海号」NT300形NT302(里海車両)が、発災以降初めて穴水駅に戻された。
(※第2章に続く)
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