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C57 130

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1940年4月、三菱重工業神戸造船所で製造され、新潟局に配置される。新潟地区で活躍し長野工場で切取式除煙板「N-3 」タイプを装備、その後関西地区を経て鹿児島へ。肥薩線、日豊線で活躍の後、1974年6月宮崎から旭川へ転属。検査期限に達したC55 50に代わりデフを切り詰め予備灯を設置し宗谷線の客車をけん引、わずか3か月余り北の大地を駆け1975年2月除籍された。  '74.9 旭川機関区 P:佐々木裕治

D51 855

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昭和18年国鉄鷹取工場で製造され、関西地区で活躍した後、常磐線での使用を経て、昭和40年北海道に渡り、池田、新得、長万部などで使用された後、蒸機終焉まで岩見沢で活躍していた。煙室扉上部が切り取られている変形機で、同時期に製造された852、858、861、862等が同様な形態をしている。 '73.8.3 苫小牧機関区 P:佐々木裕治

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キハ08 1(旧キハ45)

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キハ08は、1960年気道車の増備に伴い余剰となったオハフ62形にディーゼルエンジンを搭載し改造された片運転台車で、国鉄苗穂工場でキハ45形として計5輌が誕生した。その後1966年新製キハ45に形式を譲り、0番代気道車(キハ08)とされた。キハ08 1は苗穂工場に隣接する現在のJR北海道社員研修センター敷地に1980年頃まで教材としておかれていたが後に解体された。 '75.10  国鉄苗穂工場 P:佐々木裕治

205系 H22編成

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東神奈川寄り クハ204-82 サハ204-122 モハ204-224+モハ205-224 サハ205-142 モハ204-223+モハ205-223 クハ205-82 八王子寄り から成る鎌倉車両センター所属の205系H22編成、1989年1月末に製造され横浜線で活躍する。E233系6000番代配備により2014年5月中旬に運用を離脱、インドネシアに譲渡される17本目の編成として2014年9月に新津まで配給回送された。 '14.1.19 横浜線 東神奈川 P:楢井勝行

E3系1000番代 L51編成

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1999年12月に新庄まで延伸された山形新幹線。この際E3系1000番台7連2本(L51編成とL52編成)が新製配備された。同じ塗装に変更された先輩の400系と共に活躍、当初は200系K編成と、その後E4系と最高速度240km/hで併結運転された。2008年12月~2010年4月にE3系2000番代が配備され400系を置き換え、2012年3月~9月より併結相手がE2系に変わりE3系1000番代も275km/h運転されるようになった。2014年8月、秋田新幹線より転用されたE3系1000番代L54編成に置き換えられ廃車となった。写真は新庄駅にて当時はまだ主流であった400系と並ぶE3系1000番台L51編成、時代の流れは早く塗装変更により銀のつばさは過去の物になろうとしている。 '08.1.14 山形新幹線 新庄 P:楢井勝行

D51744

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1943年8月、日本車輌名古屋工場製。新製配置は不明。戦後は吹田区、平区、水戸区、郡山区などを経て、1965年6月に岩見沢区に配置。函館本線、室蘭本線を中心に使用された。1968年に小樽築港区に転属、再び1974年岩見沢一区の配置となる。国鉄蒸機終焉間際まで活躍したD51の一輌。1975年12月3日、廃車。 '75.4.2 室蘭本線 栗丘-栗山 P:山下修司

EF59 22

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EF56 3として川崎重工兵庫工場で1937年9月竣功。沼津区、浜松区などを経て、1958年宇都宮区(運転所)へ。長らく東北本線で使用されていた。山陽本線瀬野-八本松間の補機EF59の増備のため、1972年広島工場で歯車比の変更、自動開放装置搭載などの改造を受け、EF59 22として瀬野区に配置、以後は後補機運用に活躍。1979年廃車廃車。写真は八本松から四重連で回送されて瀬野に到着した場面。 1978.3.24 山陽本線 瀬野 P:山下修司

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D51 794

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1942年12月、三菱重工神戸造船所製。戦後は吹田区、浜田区を経て1973年4月に奈良運転所に配置、最晩年は関西本線で使用され、同年11月に廃車となっている。後藤工場施工の鷹取式集煙装置、重油併燃装置装備。写真は限界測定車オヤ31 11を牽引し月ケ瀬口を通過する場面。関西本線電化に関連した限界測定に向かうものと思われる。 '73.7.27 P:山下修司

キユニ21 1

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キハ21を郵便荷物合造車としたもので、昭和44年に2輌が旭川工場で改造された。改造は種車の特徴を活かし、車体中央部の排気管立ち上げ部付近に仕切りを設け、前位側(1・2位、車体中央から見て便所と反対側)に郵便室、後位側(3・4位側)に荷物室を設けた。当初遠軽機関区に配置されたが、後に深川機関区に転属となった。キユニ21 1は、キハ21 26の改造で、昭和59年3月深川機関区で廃車された。 '80.12.24 深川機関区 P:佐々木裕治

キハ1601(キハ160形)

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日高本線用の気道車として、踏切脱線事故で大破したキハ130形気道車の補充用に、1997年3月新潟鉄工場で製造された。キハ130形とともに使用されたが、日高本線の気道車には1999年度までにキハ40-350番代が導入された。唯1輌のキハ160は、2007年動力系の大規模改造が施工され、電動機とディーゼル機関を併用したモーター・アシスト・ハイブリット動力の試験車" ITT " (Innovative Technology Train) に改造された。2008年に開催された「洞爺湖サミットで」は、室蘭本線東室蘭-室蘭間でデモンストレーション走行を行った。2013年12月に廃車された。 '09.10.10 苗穂工場 P:佐々木裕治

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