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JR東海 キハ11-3

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1989年1月伊勢運輸区に新製配備されたキハ11暖地向け便所無しセミクロスシート車である。当初の運用区間は紀勢本線(亀山〜多気)・参宮線・名松線であった。1999年3月に便所付きキハ11-300番代が増備、これとペアを組んで紀勢本線多気以南〜新宮にも運用されることとなった。2016年3月26日ダイヤ改正にて運用離脱、2016年3月28日ミャンマーに譲渡のため笠寺に回送された。写真はキハ11-3を先頭にして名撮影地を行く325Dである。後方2輌は330C→332Cとして多気へ、前方2輌は334Cとして亀山へ向かう。なお、2011年3月11日ダイヤ改正までは中間2輌にキハ11-300番代が入る運用であった。 '10.11.2 紀勢本線 阿曽ー伊勢柏崎 P:楢井勝行

119系0番代

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飯田線に残る旧型国電を置き換えるため水色の車体に灰色のテープを巻き1982年に登場した。3扉セミクロスシートでクハに便所を装備するため近郊型区分の119系を名乗るが、裾絞りのない非冷房2800mm幅車体、1M方式、加速性能重視のMT55モーターと歯車比6.07、一部発生機器流用など105系との共通項が多い。1986年11月、2輌編成8本が塗装変更と冷房化(AU75と廃車発生品70kVAMG)され東海道本線静岡地区の「するがシャトル」に転じた。しかし東海道本線に高速性能が劣る119系は不向きで僅か2年で飯田線に戻った。JR発足後は白いJR東海カラーに変更、非ワンマン車である0番台は飯田線南部で運用されたが2012年3月に213系5000番代と313系3000番代に置き換えられ引退した。写真はクモハ119-11とクハ118-7で組成されたE12編成である。 '08.3.29 飯田線 中部天竜 P:楢井勝行

小田急電鉄 デ二1303

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1927年モハニ153として誕生。1948年デハ1303となり59年車体新造、のち台車交換し近代的装いとなる。1969年デニ1303に改番1984廃車。写真は海老名に保管されていた時で、軌条が台車の部分にしかなく、まるで電車が下駄を履いたように見える。後、経堂教習所のデハ1406が左隣に同じように保管されました。どんな目的で長く留置されたのだろうか。デニ1303は1991年解体された。 海老名機械保線区 '86.11 P:高澤一昭

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