キハ27 501(500、550)  (JR気動車)

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札幌〜函館間の夜行バスに対抗するため、1988年キハ27形200番代4輌を改造して誕生し、同年7月から、臨時夜行快速「ミッドナイト」として運転を開始した。キハ27 501・502は、座席間隔を広げたリクライニングシートを設置したドリームカー、キハ27 551・552はカーペット敷きとしたカーペットカー、いずれの車輌も冷房化され白地に緑2号の帯とアクセントにピンクを配した塗装に変更され、ドリームカーにはミニサロンと自動販売機が、カーペットカーには女性専用区画が設けられた。改造後は函館運転所に配置され、ドリームカーとカーペットカーの2輌編成で運行された。需要増に対応するため、1990年にカーペットカー2輌が追加改造(553、554)され、多客期には3輌編成で運転され、この時定期列車化された。また、札幌地区では間に合い運用で「芦別号」などにも使用された。2000年になると老朽化のため183系気動車に置換えられ、2001年3月全車廃車された。 '96.4.29 函館本線 白石-苗穂 P:佐々木裕治


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キハ84(フラノエクスプレス)  (国鉄・気動車)

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フラノエクスプレスは、国鉄北海道総局が富良野プリンスホテルとタイアップして製作したジョイフルとレインで、1986年12月から札幌と富良野を結ぶ団体専用列車として運行を開始した。車両はキハ80系からの改造車で、キハ84 1+キハ83 1+キハ84 2の3輌からなり、中間車はハイデッカー仕様、先頭車には展望室が設けられた。翌年ラウンジカーキハ80 501が増結され、またこの年の夏には全日空とタイアップして正面の愛称表示をANAに変更、塗色も全日空の航空機と同じ色に変更し、全日空ツアー乗客向けの「ビッグスニーカートレイン」として運行された。さらに1990年1月には、キハ184 11を同色に塗色して編成に組み込み、その冬は5輌編成として需要増に対応した。その後もリゾート列車として運用されていたが、1998年に運用を離脱、2004年9月廃車された。2016年4月現在、先頭車1輌が苗穂工場に留置されている。 '90.4 函館本線 苗穂-白石 P:佐々木裕治


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キハ22 701(700番代)  (国鉄・気動車)

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キハ22は、耐寒仕様で設計された酷寒地向けの気動車で、1958年から313輌製造され北海道および東北地区の一部に投入された。JR北海道に引き継がれたキハ22のうち6輌は、1990年ワンマン化改造され、白地に青の細帯とJR北海道のコーポレートカラーのもえぎ色の帯を巻いた新塗装とされ、車番は701~706とされた。キハ22 701は、1965年帝国車輌工業で製作され旭川運転所に配置されていたキハ22 321を苗穂工場でワンマン化改造したもので、側面にUZURAのマークが付けられて苫小牧運出所に配置され、函館本線上砂川支線で使用された。なお、これが北海道で初めてのワンマン運転であったが、老朽化のためキハ40に置き換えられ1993年に廃車された。 '90.3 苫小牧 P:佐々木裕治


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