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兵庫駅から川崎重工の工場を横目に歩いていく。N700系やら<スーパーカムイ>やら、完成間近の新型車輌が目に入ったが、真新しい社屋の前にはそれらに負けないくらいピカピカになったクハ181がいた。目指す兵庫運河はこの工場の向こうだ。
兵庫運河を渡る和田岬線の「和田旋回橋」である。現存唯一の鉄道用旋回橋として有名だが、はるか昔から固定されているので、「元旋回橋」と言った方が正しいだろう。そもそも、この橋が旋回している写真というのを見たことがない。一体いつ頃まで可動状態にあったのだろうか。
山陽鉄道による和田岬線の開通は1890(明治23)年だが、兵庫運河の開削はその後のことで、この橋は1899(明治32)年頃に掛けられたらしい。確かに中央の橋台や転車台のような橋桁など、旋回橋の面影は残っているが、操作室はもとより可動するための機構は一切残っていないようだ。一体どうやって動かしたのか、気になる。
袂には小さな貯木場と模型のような古風なクレーンがあった。反対側にも船が停泊しているから、橋の両側とも運河として機能しているようだが、どちらから来ても船はこの橋で行き止まりである。
反対側に出て住吉橋から見下ろす。こうしてみると、広い運河を遮断して線路が横切っているように見える。橋の長さは15.5mというが、跳開橋ではなく旋回橋だから、実際に通船に使える幅は片側1/3ずつ程度で、かなり小さな舟しか通れなかったはずである。この橋が開いていた頃はどんな光景だったのだろうか。(つづく)
その6 和田岬線・和田旋回橋
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