鉄道ホビダス

2011年1月28日アーカイブ

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初のホームドアが設置されたこの駅は、かつてはどちらかといえば地味な印象の駅だった。貨物駅の荷役作業もありふれた光景。そういえば近頃、こんな日当たりのいい駅が都内から消えてしまった。 '75.5.18 恵比寿 P:井芝七路

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桑名川までのスキー臨客に使われたC12がC56のラッセル車に付けられて飯山まで回送。雪晴れの飯山駅構内で静かに憩うC12 199の姿が見られた。 '72.1.3 飯山 P:中島正樹

夏井渓谷の古豪

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全国各地で見られたスタンダードなD51でなく、重厚な個性を持つD60が見たくて初秋の夏井川渓谷へ。旅客のDC化も進んでなく、半数は蒸機が牽引していた。 '67.9.10 江田信号場 P:高橋孝一

雪のち晴れ

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降り続いていた雪も止み日が射してきた。辺り一面雪化粧のなか新雪を踏みしめながら134レがやってきた。普段D51はついでに撮影していたが、あまりの美しい光景に今日は真面目に構えた。 '70.3.11 小沢─倶知安 P:内田博行

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この日の団臨は豊岡のC57 94が牽引。東海道本線蒸機走行とあって沿線はファンでいっぱいでした。上り線を行くのは東京を目指す「桜島・高千穂」です。 '72.4.23 神足─山崎 P:石地康司

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九州横断の夢を乗せて昭和47年に日ノ影から高千穂まで延伸。その後、立野に向かう工事が一部進んだものの遂に念願叶わず。未舗装部分と綺麗な駅舎が開通早々の様子。小荷物類も懐かしい。 '73.3.28 高千穂 P:青木一郎

森林鉄道の記憶

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森林鉄道フェスティバルの帰り道、線路の跡はすっかりきれいな舗装道路になっておりその変貌ぶりに時代の流れを感じた。上松から鬼渕鉄橋を渡った先に小さなヤードがあった、林鉄車輌のはるか先を381系「しなの」が行く。 '74.11.6 上松 P:服部基寛

尾久扇形庫の末期

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無残な光景であるが、長らく東北・常磐筋の旅客列車用蒸気機関車のねぐらであった尾久機関区扇形庫は、1965年11月末このように姿を消した。 '65.11.23 尾久機関区 P:長谷川武利

列車交換

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1往復しかない通しの貨物(上り)を小諸から列車で追跡。岩村田、中込、八千穂と撮り進み、佐久海ノ口ではC56同士の交換を狙ったが、真夏のトップライトには負けた。バス窓のキハ10系がいいなぁ。 '71.8.11 佐久海ノ口 P:新井宏明

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1972年からしばらくのあいだ、西武山口線を1911年製の小型機関車が走っていました。「おとぎ電車」の愛称のあった行楽用軽便鉄道でしたが、今は新交通システムになっています。 '74.9 西武鉄道山口線 P:佐藤圭樹

深川機関区にて

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初めての冬(季節的には春)の北海道、D61に会うべく深川へ。構内にはD61 4号機(写真では後ろ)が39696を「クラ」から出して元気に入換え中。左奥には除雪用DD14が見える。その手前には近くの小学生だろうか、写真を撮りまくっていた。 '73.3.11 深川機関区 P:宮山幸雄