旭川発稚内行の列車は285キロの道のりを8時間かけ走破するが、まだ行路の3分の1に過ぎないこの駅でカマ替えと給水を行う。多くの諸兄がその光景にカメラを向けられたことだろう。 '74.8.26 名寄 P:井芝七路
2011年2月 1日アーカイブ
博多方面への篠栗線全通で冷水越えの旅客は減ってしまったが、この時期貨物はまだ健在だった。午後から筑前内野側で撮り始めたが、重連はD60+D51の1本のみ。現地で知り合った人から手作りダイヤを頂戴し、今でも記念に持っている。 1765レ D60+D51 筑前内野-筑前山家 P:中島正樹

線路は柵もんなく、併用軌道みたいに道と完全に一体化していた。そんな中、茅ヶ崎発の3輌編成キハ10が入ってくる。 '70.5 寒川-西寒川 P:志井純一

ED75 701+50系客車4輌+ED78 1という驚きの編成で、24年前のお正月(卯年)に初詣臨時列車が運転されました。二本松─藤田間で、元旦の午前中に3往復というフリークエントサービスでした。雪の藤田駅に進入する初詣臨です。 '87.1.1 藤田 P:阿部 淳

長大な貨物列車の先頭に単身で挑む1118号機。発車時の大きなドラフト音は数秒で消え、ほとんど無音でゆっくりと眼前を通過、その直後激しい勢いで蒸気を排出しながら少しずつ速度を上げ始めました。力を溜め、何度も挑戦しながら貨車を引っ張るようなその姿に、当時少年だった私は感動すら覚えたものです。 '74.7.23 追分 P:森 潤宏
最長鈍行824列車での旅の一コマ。蒸気機関車はもう走っていないけれど、のどかで懐かしいホームの光景は、汽車の時代を彷彿させる。 '78.5 岡見 P:蒲生 洋

武蔵境駅を通過するEF60牽引の貨物列車。当時の中央線は東小金井駅や飯田町駅など八王子駅よりも東側の駅でも貨物営業を行っていました。 '81.11 武蔵境 P:鈴木岳人

綺麗な木立の中、冷えびえとした空気を震わせ勾配を駆け上がる。靴を濡らしながら駅間を歩いた思い出。機関車は3シリンダ、油専燃機の012のようだ。 ''73.1.4 西ドイツ ノイエンマルクト─マルクトショルガスト P:青木一郎
小田急8000系が完成、試運転が始まった。珍しくヘッドマークを付け、なぜか多摩センターの行き先表示を出してやってきた。この車輌で鋼製車両は終わり小田急ではステンレスの通勤車の製作が始まった。 '82年 座間─海老名 P:藤村巌雄
