特集・コラム

第3回 量産時代の幕開け

2021.03.24

 DD51の技術的な諸問題がほぼ解決した1964年になると、3次車(5~19)が製造され、盛岡、吹田第一、鳥栖区に配置され、非電化幹線の旅客列車を中心としたDL化が始まった。

▲DD51 11号機。中間台車の軸重可変装置が枕ばね式から空気ばね式に変更され、燃料タンクが4500ℓに増大している。
このため、従来床下に配置していた元空気タンクが非公式側踏み板上に移設されている。

P:堀岡健司

■DD51の進化

 3次車では、中間台車の軸重可変方式を2次量産試作車の枕バネのライナー量を調整する方法から、空気バネの内圧を変化させる方法に変更したため、中間台車は空気バネ装備のTR101Aになった。また、長距離運用を考慮して燃料タンクを3000ℓから4500ℓに増大し、非公式側の歩み板上に移設された。(なお、1~4号機も後に非公式側歩み板上に700ℓの補助燃料タンクを搭載して、総容量を4400ℓとしている。)
 そして、1964年10月に4次車(20~27)が登場し、機関出力を1000馬力から1100馬力にアップしたDML61Zを搭載して落成した。その翌年には5次車(28~43)が登場し、非常ブレーキ時のブレーキシリンダー圧力を列車の速度に応じて4.5kg/㎠と7.5 kg/㎠に切り換えるブレーキ増圧方式が採用された。外観的な変化では、冷却装置ファン駆動用の静油圧モーターの給油口がボンネット先端からファン後部に移設された。また、6次車(44~53)も5次車に若干の変更を加えて1966年まで増備された。

▲4次車となるDD51 48号機はDML61Zを搭載して落成。静油圧モーター給油口が送風ファンの後ろに移設された。
また、側手すりの形状が直線的なものから下部を内側に曲げたものに変更された。

P:堀岡健司

■「半重連タイプ」の登場
 1960年代後半に入ると勾配線区の旅客列車のスピードアップや貨物列車の無煙化が求められ、1966年に製作された7次車(501~520)では、重連運転の時に前位の機関車で次位の機関車の運転制御ができる「重連総活制御」の機能が付加された。このため車号も従来の非重連タイプと区別するため、500番代とされ、1966年には7次車(501~520)、8次車(521~530)、9次車(531~547)、10次車(548~576)、11次車(577~592)が次々と製造された。

▲DD51 502号機。半重連型となりエプロンにジャンパ連結器と元ダメ引き通し管肘コックを設置。
テールライトのケーシングが外はめ式に変更された。

P:堀岡健司

 7次車以降の主な変更点としては、元空気ダメ引通し管肘コックに加えて、前面エプロンにKE70ジャンパ連結器と栓受が、フロントデッキ手すりには栓納めが設置された。また、一体圧延車輪の採用、重連運転時の圧縮機の同期稼働化、蓄電池の変更、寒地向け車両のSGの能力アップ(SG4からSG4 Aに変更)が挙げられる。また、テールライトの外ばめ化、回転式タブレットキャッチャーと車体保護枠の設置(北海道向け7次車以降に採用され、10次車以降は1位側保護枠が板ゴムに変更された)、汽笛の増設、及びATS車上子を中間台車装架から燃料タンク下に移設(8次車以降)などが目立つ改良点だ。
 9次車では、従来の軸重14t運転で使用する「軽」、速度によって15tから14tに変わる「自動」に加え、軸重15tで高速運転ができる「重」モードが追加された。また、雪の混入を防ぐために燃料タンクの給油口が横向きとなり、運転室側扉の窓がタブレット交換を容易にするため50mm下げられた。
 さらに、10次車では制動効果を高めるために中間台車に基礎ブレーキ装置を追加したTR106が採用され、スペースの都合上燃料タンクが4000ℓに減少した。また、1967年に増設された11次車では、過給機がTB22CからTB17に変更された。

▲美濃太田機関区に配置されたDD51 558。10次車ではボンネット前面の点検扉が2枚折戸から4枚折戸に変更されている。

P:堀岡健司 

 配置機関区は、横黒(現北上)、釜石、高山線といった山岳線区にも投入され、本線以外にも本格的な無煙化が推進されることになった。また、新製時にあらかじめ一般向け、寒地向け、北海道向けを区別して発注することになり、寒地向け車両はSGの蒸気を利用する制輪子及び砂撒き管の融雪装置(後に電気式制輪子圧着装置(耐雪ブレーキ)と電熱式砂撒き管保温装置に変更された)、デフロスター、ツララ防護枠、汽笛カバーの追加や空気清浄器の防雪対策が実施され、さらに旭川と釧路に投入された北海道向け車両は、ワイパーの代わりに旋回窓が採用され、運転室の保温、防雪対策を施して落成した。
 なお、高山線に投入された11次車(587~592)は、使用状況を勘案してSG未搭載で登場し、後に登場するSGなしの800番代に発展していくことになる。初代ユーロライナー塗装の592号もこの中の1両だった。

▲ユーロライナーの専用塗装をまとったDD51 592号機。

’85.8 東海道本線 三河三谷 P:RM

text:木村忠吾 要約・再構成:RM
RM POCKET9「DD51と仲間たち」内「国鉄ディーゼル機関車発達史」より

🔶第2回 DD51の完成
🔶第4回(最終回)649機製造へ! DD51大量増備の時代

  • このエントリーをはてなブックマークに追加