国鉄貨物扱い最盛期の新鶴見操車場の夜景です。機留線の右側が方向別の大坂阜押し上げ線。照明下は方向別群線、駅別群線と続く操車場の心臓部です。今は機関区に昔の面影がありますが、駅部分は、なにもかもなくなりました。 '66.6.15 品鶴線 新鶴見(操) P:髙澤一昭
品鶴線の最近の記事
首都圏から蒸機が消滅した昭和45年10月に運転された東京駅発のサヨナラ列車の上りは品鶴線経由だった。どこで撮ったか記憶にないが、折悪しく下りの貨物列車が通過、反対側にいた大勢の人達の嘆息が聞こえたのを憶えている。 '70.10.10 P:古澤成博
鶴見川近く、東海道本線と品鶴線に挟まれた場所は池などもあって格好の撮影ポイント。時には本線を跨いで新鶴見操車場からのD51貨物もやって来た。 '63.3.25 鶴見付近 P:中島正樹
鶴見-鶴操間の職員輸送用のクモハ12です。密連に簡易連結器を装着し、大きなステップが特徴でした。時折、買い物姿の奥さんや女学生が乗っていて羨ましく思ったものです。 品鶴線 鶴見-新鶴見操車場 '70.1.24 P:中野伸俊
新聞記事でさよなら列車が走ることを知り、早くから場所探しをしたのですがどこへ行っても人だらけ。時間も押し迫ってきたのでとりあえず鶴見の跨線橋へ行くと、運良くこの部分だけポッカリと一人分空いてました。線路際の人も当時ならではの光景ですね。 '70.10.18 鶴見 P:川瀬 剛
首都圏の無煙化を記念して東京から横浜港までD51 791牽引の「さよなら蒸気機関車」が運転された。3日間にわたって運転され、一目見ようとするにわかファン含めてすごい人出となり、ホーム撮りでこのような写真を撮るのがやっとだった。 '70.10.18 浜松町 P:中島正樹