特集・コラム

「駅」を訪ねて…寝坊助も安心!? 文字通りの「駅から徒歩0分!」「流鉄 幸谷駅」【シーナリー散歩】

2022.05.08

取材日:’21.12.28
text & photo(特記以外):羽山 健(RM)
同行取材:遠藤イヅル

 レイル・マガジンで連載した「シーナリー散歩」(誌面連載はレイル・マガジンの定期刊行終了により完結)。WEB編は新タイトルを『「駅」を訪ねて…』として展開致します。千葉県の流鉄を順次取り上げていますが、今回は前回の小金城趾駅からさらに一駅馬橋方向に進んで、幸谷(こうや)駅を見ていきます。

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 幸谷駅はJR常磐線・武蔵野線の新松戸駅至近の位置にあり、乗換に利用できます。とはいえ両駅は一体的ではなく、新松戸駅のロータリーを挟んで数十m離れた位置、入り口は武蔵野線の高架橋の下にあってかなり目立たない位置にあります。

▲マンション1階に直接単式ホームが組み込まれ、もう駅とマンションは切り離せない存在です。

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▲駅舎を左手に、新松戸駅方向を正面に見たところ。上空は武蔵野線の高架橋。

 そして高架橋の真下の踏切(これも割と珍しいと思います)を渡ったところに、マンション「流鉄カーサ新松戸」と一体となった幸谷駅駅舎が出現します。

▲踏切すぐ脇に、屈曲している車いす用スロープ(比較的近年設置されたもの)がありました。

▲マンション1階の側面に開口部を設置し、駅舎がそこにある格好。

▲マンション名は「流鉄カーサ新松戸」。物件名に「流鉄」が入っています。

 マンションの住民の方にとっては、まさに駅から徒歩0分、少しくらい寝坊しても大丈夫…などと思ってしまいますね。1981年11月竣工12階建て、総戸数53というそれなりに大規模なマンションです。

 駅舎とホームはマンション竣工から少し遅れて1982年に供用開始。それ以前はもう少し馬橋寄りに極めて小規模な駅がありました(後述)。ホームのベンチや改札口の様式が昭和末期というか1980年代感溢れたまま維持されているところに、筆者の年代は興趣を覚えてしまいます…。

▲レンガ色タイル張りのホーム床面、ステンレス製の有人改札ラッチ、のりかえ案内看板の書体やデザインなどが、昭和末期感満載です。

▲1脚ごとに色が違うFRP製ベンチも当時流行したように思います。

 外から回り込んで、ホームの反対側も見てみましょう。さすがにこの駅のホームは移設時に高い位置かつ3両編成対応になっていました。

▲駅の流山寄り踏切から停車中の「あかぎ」を見たところ。背後の高架橋は武蔵野線。ホームのゼブラのポールで仕切られた位置からこちら側は今はもう使っていない部分。

▲「流鉄カーサ新松戸」の駅舎反対側から見たところ。

▲2枚上写真の撮影位置であった「5号の3踏切」は、全幅の半分弱が階段、残りがスロープという珍しい構造(自動車通行は禁止)。

▲夕方は乗客でかなり賑わうホーム。

 さて、この駅は1982年という比較的近年に移設されてきたと述べました。それまでどこにあったのかというと、300mほど馬橋寄りの踏切脇。何か痕跡が残っているかというと…何も残っていませんでした…。そもそも旧駅自体、流鉄の歴史からすると比較的新しく、路線開業後45年後の1961年に開業しています。今の幸谷=新松戸駅周辺の賑わいからは想像もつきませんが、このエリアは元々「何もなかった」ような土地で、過去60年ほどでの変化が恐ろしく大きかったようです。

▲踏切向こうの白いタイル貼りのビルが、旧駅のあった場所。(この写真のみ’22.1.23撮影)

▲在りし日の旧・幸谷駅の様子を、断片的な写真と想像で描いてみました。(イラスト:遠藤イヅル)

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