特集・コラム

かつて、修学旅行のため「だけ」の電車があった!

2021.12.25

text:RML

楽しい修学旅行の思い出
 学校生活での一番の思い出が修学旅行…という方も多いだろう。その交通手段としては新幹線が主流だが、定期列車の一部号車を専用に割り当てたものが多く、旅の楽しさはあれど、「乗った電車自体は普通だった」というケースがほとんどだと思う。

▲イエローとオレンジという、若々しい塗装は修学旅行用の電車・気動車にのみ用いられた。
‘71.10.16 東海道本線 大阪 P:寺本光照

 しかし国鉄の全盛期だった昭和30年代。生徒が修学旅行に行くため「だけ」に製造された電車が存在した。それが155系・159系の2系列である。

▲満面の笑みをたたえた女子中学生と、嬉しそうに見送る保護者の方々。
‘59.4 P:星 晃

なぜ専用の電車が必要だったのか?
 終戦後のベビーブームで生徒の数が激増していた世の中。当時の修学旅行の足はほぼ100%鉄道であったが、居住性に問題がある旧型客車が宛がわれ、目的地に着くまでが苦行だったという。そこで専用電車を仕立てて、居住性改善&スピードアップを図ろう…というのが企画の発端。先生方の親心と、鉄道マンの心意気ががっちり組み合わさっての力作電車だったのだ。準急用として活躍を始めていた153系をベースにしつつ、以下の点が修学旅行用としての専用設計である。

▲左手が3人掛け、右手が2人掛けの、横方向5人掛けの座席配置。網棚が枕木方向なのも異色だが、よく見ると照明の蛍光灯も枕木方向だ。
P提供:日本車輌製造

○車内のボックスシートが、通常は2+2(横方向で計4名が並ぶ)のところを3+2(通路が中心からオフセットして、横方向に計5名が並ぶ)とした(155系の場合。159系は2+2)。成長途上で平均値としては小柄な生徒たちを、少しでも効率よく乗車させる…という発想。
○網棚が車体の前後方向ではなく、各ボックスシートの上に枕木方向に設置されていた。一区画あたりの乗客が多くなるため、荷物置き場も大きくする必要があった。

▲〔左〕2人が同時に使える洗面所。’59.3.25 P提供:日本車輌製造
〔右〕飲料水タンク。P提供:星 晃
共にデッキのスペースを有効に活用して配置されていた。

○乗降扉の幅が狭くなった。なぜなら、修学旅行の生徒は途中駅での乗降をせず、始発・終点駅で時間を掛けて乗降すれば良いから。
○扉を狭くして捻出したスペースに、洗面台や水飲み場など、生徒の旅行に欠かせない設備を充実させた。

▲これは159系だが、一区画分の座席が簡易ベッドとなるよう工夫されていた。P提供:星 晃

○「保健室」代わりに、一部の座席区画が簡易寝台となりカーテンで囲めるようにしてあった。

▲先頭車の運転台寄りには時計とスピードメーターが設置されていた。P提供:星 晃

○先頭車の乗客から見える位置に、スピードメーターが設置された。当時はまだ自家用車も普及しておらず、自分の移動速度を確認できる機会は希少だったはず。

 電車の外観も派手で若さを感じさせるイエロー+オレンジのツートンカラーで、列車名は「ひので」「きぼう」…。高度成長期に社会へ踏み出そうとしている若人を精一杯後押ししてくれた、健気な電車だった。乗車した世代の方にとっては「いい思い出しかない」ことだろうと思う。

  なお、修学旅行用電車はシーズンオフは一般旅客向けの臨時列車や増結用としても運用されており、厳密には「修学旅行のためだけ」に存在したわけではない。

▲非電化線区用として、キハ58系にも修学旅行用の番代・800番代が登場した。
P提供:公益財団法人 日本修学旅行協会

▲私鉄である近鉄にも修学旅行用電車があった。オール二階建て構造の20100系「あおぞら」だ。
P所蔵:福原俊一

 そんな修学旅行電車の成り立ちを一冊にまとめたのが、RMライブラリー第257巻『155・159系修学旅行電車(福原俊一 著)』だ。車両企画としての発端から設計の苦労、兄弟系列の紹介、そして晩年の様々な改造まで。少数派の電車ながら常に存在感を発揮したこれらの電車の精密な記録となっている。興味を持った方はぜひ目を通していただきたい。

RMライブラリー第257巻 紹介ページ
日本修学旅行協会WEBサイト

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