特集・コラム

9月の鉄道のデキゴト「叡山電鉄叡山本線開業(1925年)」

2021.09.29

text:RM

電力会社が作った鉄道

 「○月の鉄道のデキゴト」は、当月にあった過去の鉄道の「デキゴト」(路線の開通や車両の新製・廃車、そのほかの事件など)を振り返るコーナーです! ティーブレイクにでも気軽にお楽しみください。

▲叡山本線開業90周年ファイナルイベントでは、八瀬比叡山口駅にて「ノスタルジック731」(写真奥)とデト1001が並んだ。
‘16.3.26 叡山電鉄叡山本線 八瀬比叡山口 P:佐野 徹(鉄道投稿情報局より)

 今回は96年前となる1925年9月27日のデキゴトから振り返ってみましょう。この時、京都電燈という会社の手によって出町柳~八瀬間が開業。これは現在の叡山電鉄・叡山本線の全線(終点は八瀬比叡山口と改称)のことになります。

▲京都電燈が叡山本線開業時に製造した木造電車デナ1形。ドイツ・MAN製の珍しい台車を履いていた。写真は廃車後、車庫裏で解体中のところ。
‘65.6 京福電気鉄道 修学院車庫 P:小西和之(消えた車両写真館より)

 京都電燈はその名の通り京都に本社を置いた電力会社で、そのテリトリーは関西から北陸にまで及んでいました。当時の新興エネルギーである電気のアピールも兼ねて後の京福電鉄(福井と京都=嵐電)を傘下に収めて鉄道経営に乗り出し、余勢を駆って自力にて後の叡山本線に当たるこの鉄道を開業させたのです。この時期、同様に電力会社が鉄道経営を行ったケースは各地に見られました。

▲名車デナ21形は、京都電燈製造の21-24と鞍馬電鉄製造の121-126があり、後年性能が統一され同一形式にまとめらた。写真の125は元鞍馬電鉄車となる。
‘74.4.13 京福電気鉄道鞍馬線 貴船口 P:柿浦和敏(消えた車両写真館より)

 さて、現在から振り返ると、叡山電鉄は叡山本線(出町柳~八瀬比叡山口)と、本線途中の宝ケ池から分岐して鞍馬までを結ぶ鞍馬線の2路線があります。後者は京都電燈の影響下にあった鞍馬電気鉄道によって1928年12月に開業。当初から京都電燈線との直通乗り入れを行っており、共通設計の車両も導入されていました。

▲元阪神831形が京福電鉄に譲渡されデナ500形として叡山本線・鞍馬線(二軒茶屋まで)で運用された。
’74.6.15 京福電気鉄道叡山本線 元田中付近 P:柿浦和敏(消えた車両写真館より)

 この2路線が同一会社線となったのは1942年のことで、戦時統制により京都電燈が解体され、鉄道事業が京福電気鉄道として分離独立。これに後日鞍馬電気鉄道も合流したのです。この時点で京福電気鉄道内には今なお経営している嵐電の他、後の叡電、後のえちぜん鉄道など、それぞれ独立性の高い路線が呉越同舟でした。今の叡電が独立(別会社化)したのは1986年のことで、その後京阪電鉄の出資を受け今はそのグループ会社と位置付けられています。

▲叡山電鉄デオ600形は上記デナ500形の車体更新車。2008年まで活躍した。
‘00.9.24 叡山電鉄叡山本線 三宅八幡 P:佐野 徹(消えた車両写真館より)

 叡山本線は終点の八瀬比叡山口から通称・叡山ケーブルに連絡していますが、こちらは今も京福電鉄が経営しているのは少々意外ですね。

▲700形を大規模にリニューアルして登場した「ひえい」。正面に取り付けられた楕円形の飾りが度肝を抜くデザインだ。
‘18.3.28 叡山電鉄叡山本線 三宅八幡~八瀬比叡山口 P:佐野 徹(今日の一枚より)

 さて現在の叡電では観光列車に力を入れており、鞍馬線に900系「きらら」、叡山本線に700形732「ひえい」など、極めて個性的な電車を走らせています。小粒ながらスパイスの効いた魅力的な鉄道路線と言えましょう。

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