
今も変わらぬ威容を誇る十三大橋。1932年完成からの85年間のうち、ここを無軌条電車が走ったのはわずか16年のみであった。 P:宮武浩二(車中より撮影)


新淀川手前の中津浜交差点。この付近では両側に架線柱が残っており、利用されている。 P:宮武浩二(車中より撮影)
大阪市営の無軌条電車で最初に開業した路線は、大阪駅前〜神崎橋間の第1号線でした。以前、編集長敬白でご紹介した際には、大阪駅前にドイツ・マンネスマン社製の架線柱が残っていることを紹介しましたが、残念ながらその後撤去されてしまいました。中津浜から十三にかけては道路両側に架線柱が残っており、十三大橋も無軌条電車があったころのままです。

架線柱が両側に残る北方貨物線跨線橋。上を通る山陽新幹線は無軌条電車廃止時にはまだ工事中だった。 P:宮武浩二
田川通〜三津屋間の跨線橋も両側に架線柱が残っています。ここはJR線(北方貨物線)の上に道路、そしてさらにその上に新幹線の高架がある、交通の要所でもあります。

面影を残さぬ終点・神崎橋。営業所内の架線が張り巡らされた光景を知る人ももういない。 P:宮武浩二
そして無軌条電車開業時に営業所が開設された神崎橋は、長らく市バスの転回地として残っていましたが、市バス路線の再編成により敷地は売却され、現在は医療関係のビルが建っています。残念ながら大阪におけるトロリーバスの発祥の地を示すものはなにもありません。(つづく)
