’59~’78年の19年間にわたり製造された京浜急行を代表する車輌1000形。このうち、’59~’60年に掛けて48輌が製造されたのが1次車。デハ1001~1048まで、初の4輌固定編成、全電動車方式採用。都営地下鉄1号(現・浅草)線と相互直通規格に基づき製造されるもこのグループ従前スタイルを踏襲した為、前面2枚窓非貫通でデビュー。編成はMc+M’+M’+Mcと中間M車にパンタ搭載車が集中しているのが特徴、この後、’61年以降製造の2次車までの特徴。性能としては当時標準であった、直並列制御、発電制動付。主電動機出力は75kwと小型ながら、オールMにより加速3.5km/h/s、減速4.0km/h/sと勾配の多い地下線区から平坦区間の高速走行まで柔軟にこなせる性能。’69~’72年に前面貫通化、’79~’84年に冷房改造実施。1000形冷房装置は、集中式が新製から搭載、分散式が改造車で容易に見分けがついた。また、非貫通の改造の1次車と貫通で新製された2次車以降の前面下端のアンチクライマー形状が異なっていいた。新製後一時期、東急TS313及川崎OK-22エアサス台車の試験装着を行っていた編成でもあった。新形式投入以降、’88~’91年に順次引退、1次車グループは消滅。 ’88.9.13 京浜急行本線 北品川─新馬場 P:梶村昭仁