D50 231は昭和3年に日立で製造され、戦前は広島地区に在籍して、戦後九州に転属してきた。永く出水機関区で活躍して最終配置区は若松機関区。昭和44年に廃車になった。同機は、形式入りの大型プレート、シールドビーム、パイプ煙突と他のD50と比べて異彩をはなっていた。 ‘69.10 若松機関区 P:松崎昌一