越後金丸で下車、玉川口寄りに撮影場所を探していた時、雪中を静かに忍び寄って来た下りラッセル車に遭遇。後追いであわててシャッターを切ったが、幸い背景には荒川のダム湖や雪山がうまく取り込めていた。 '64.2.19 越後金丸-玉川口 P:中島正樹
2012年2月22日アーカイブ

朝方の豪雪でラッセル車を押して十日町までやって来た。午後から越後川口まで貨物の運用が待っている。十日町機関支区でしばしの休憩。 '71.12 十日町 P:都築雅人

当時函館本線小沼湖畔で、DD51牽引の貨物列車と旅客列車の並走シーンを見ることが出来ました。まず、ゆっくりと視野に現れる貨物列車。そして、後方からローカル客車列車が追い抜いていくシーンは、さながらショーを観ているよう。しかし、これが日常の光景でした。 '79.8.2 七飯・仁山(信)-大沼 P:中司純一
下りブルトレを牽引するため、上り仕業後に回送されてきた、関門トンネルの水先案内人EF81+EF30×2です。この3輌は、「みずほ」「富士」「あさかぜ1号」の順で、九州に向かって、下関駅4番線を出発して行きました。 '78.11.5 下関 P:小林慎治

嵯峨駅から花園寄りの踏切沿いで待機していると、お母さんと子供さんが最後の雄姿を見にこられた。明日の朝からはこの汽車は赤いディーゼルに牽かれてやって来る。 '71.4.25 嵯峨-花園 P:石地康司

EF58の牽く臨時特急「金星」目当ての撮影行、美しい雪晴れのカーブに現れたのはEF65F機、単機だったのが悔やまれる。 '75.1.12 柏原-近江長岡 P:服部基寛

石北本線の常紋信号場へD51貨物を撮影のために、生田原駅で普通列車を待つている時の駅風景です。大半の旅客列車は既にDL化していました。 '75.3 生田原 P:中川弘一

中学生の頃、父のオリンパスペン(ハーフ)を借りて撮影しました。連結器まわりのにぎやかさが印象に残っています。日付はわかりませんが、ノートに「あかつき7」と書かれています。 '72春 三宮 P:坂下考伸
