
「鉄道少年」だった中学1年生になった4月、EF57を駅撮り。後姿の、腕章を巻いた機関士はこれから乗務するのだろうか。「フジペット35」という富士フィルム製のおもちゃのようなカメラで撮った一枚。 '60.4 高崎 P:高橋孝一

「鉄道少年」だった中学1年生になった4月、EF57を駅撮り。後姿の、腕章を巻いた機関士はこれから乗務するのだろうか。「フジペット35」という富士フィルム製のおもちゃのようなカメラで撮った一枚。 '60.4 高崎 P:高橋孝一
小樽-札幌間は通勤・通学等で列車本数が多い幹線。当時は総て蒸機列車で運転され、C62を始めC55、C57、D50、D51と車種も豊富だった。断崖が海岸まで迫る厳しい地形で下車した張碓駅もすでに廃止になっている。 '67.4.30 張碓-銭函 P:中島正樹

夕方の吉松行き普通列車はC55、C57の共通運用でどちらが来るかわかりませんでしたが、この日は運良くC55 52号機でした。 '73.8 青井岳─田野 P:吉葉富雄

松本清張の「砂の器」が上映された後 ロケ地、亀嵩へ行ってみたくなり出張の途中に強引に山越えをしてたどり着きました。30年程たった今、有名になった「そば」を食べにまた訪れたいものです。 '81.10 亀嵩 P:林 信彦

なんとか海を前景にして写したい...、探し回っているうちに列車の通過時刻がどんどん迫ってきて、結局このとおり。(C57 101の牽く客544列車) '73.3.7 岡見─鎌手 P:柿浦和敏

吉松駅へ進入する、肥薩線の雄・急行「えびの」。折り返し大畑越えの難所に挑む。 '85.12.27 吉松 P:岩切道郎

最初で最後になってしまった夕張線行で初めて広角28mmを使った一枚。さわやかな夏の一日、ギースル煙突のD51が炭砿へ向けて通り過ぎていきました。 '75.8 川端─滝ノ上 P:高橋弘喜

30年前の呉線では、EF15のあとを受けてEF61が貨物列車を牽引していました。使い方を覚えたばかりのコダクロームをカメラに詰めて、自宅から自転車で1時間かけて撮影に行きました。まだ水尻駅ができる前の海岸線だった頃の水尻バス停付近での1コマです。 '78.11.22 坂─小屋浦 P:綿崎真澄

発車間際になって突然の吹雪。のどかでかわいい(?)イメージだったC56の違った表情を見ることができました。 '73.2 和倉 P:正垣 修