
この日は、須磨から塩屋へと移動しながら撮影していた。その中の一枚。貨物列車はD52もしくはD62が牽引に当たっていた。D62 10〔吹ー〕 '58.5 塩屋付近 P:小西 明

この日は、須磨から塩屋へと移動しながら撮影していた。その中の一枚。貨物列車はD52もしくはD62が牽引に当たっていた。D62 10〔吹ー〕 '58.5 塩屋付近 P:小西 明
矢立峠が新線に切り替わり魅力はなくなりましたが、白沢を17時45分に発車する客833レは大館からD51の補機(回送)を付け、旧線越えのスタイルで14.7‰の新線を越えてました。現在この線は上り線として使われ、下り列車は大きく西側に回りこみ、有名なお立ち台になってます。 '71.8.2 白沢-陣場 P:武者秀男
EF58が牽引する臨時特急「あかつき51号」です。2ユニット・12輌編成の、14系オール座席の「ブルートレイン」は、繁忙期になると、山陽路を駆け抜けました。 '78.8.13
幡生-下関 P:小林慎治

「汽笛一声」から100年近くになりますが、テンダーと駅名を一緒に、もうこの駅ではケムリは見られなくなるのかと思いましたが、その後何回か走りました。これで首都圏から消えました。 '70.10.10 新橋 P:江川智和

呉線はC59、C62の大型蒸機が急行「安芸」などで活躍していたが、電化により昭和45年9月末で引退する。C59 161号機に最終の急行「安芸」には、特製ヘッドマークを装着して惜別の思いで見送った。 '70.9.30 安芸幸崎-須波 P:中川弘一