鉄道ホビダス

2011年2月 3日アーカイブ

渋谷1976

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渋谷駅で入替えをするDD13。このころ山手線でも貨物扱いをしていた駅が何駅かあった。廃止後住宅展示場を経て、再開発されいまは、面影もない。旅館の看板が懐かしい。 '76.7.16 渋谷 P:志井純一

間藤の風景

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この時代、精錬所のある足尾本山へは数本の貨物列車があった。足尾まで重連で牽引された貨物は小単位に組成され、C12単機で勾配に挑んだ。スイッチバック形式の間藤駅構内は駅へ立ち寄らず、構内外れからダッシュしてそのまま本山へと向かった。 '69.3.16 間藤 P:中島正樹

寒い朝

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気温が氷点下20℃近く、日の出直後ということもあり、全体的に暗い。ナンバープレートが朝日に照らされたことが救い、編成は見えないが1527列車(大雪くずれ)。 '75.2.27 緋牛内 P:宮山幸雄

ED16 14

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ED16の14号機は、青梅線で運用されていたED16の中で唯一スノープラウが装着されており、足回りがしまってかっこよかった。ここぞの場面で撮影したかったが、撮れずじまいに終わってしまった。この編成写真もネガに染みが出来てしまい、つくずく縁がなかった。 '81.10.10 拝島 P:鈴木岳人

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当時D51-906号機は奈良機関区に所属していた。デフに描かれたマークは多種あったが"ピースマーク"と呼称されて関西本線の名物機関車であった。デフの柄にも特徴があるD51を追いかけていた思い出がよみがえる一枚。 '73.5 柘植 P:原田敬司

冬の七尾線

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正月明け、親戚帰りに初めて立ち寄った七尾線。雪もなく、ただ寒い中を七尾湾が見えるところまで歩きました。やって来たのは、形式入り赤ナンバーのC56124号機でした。このあと、能登中島駅へ立ち寄って停車中を撮影したのですが、この日は誰一人としてファンに出会いませんでした。 '74.1.5 西岸-能登中島 P:大西東太郎

539列車

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朝の寝台列車を撮りに行ったが、その中で客車と気動車が連結されている列車があった。「539列車!」花輪線に行く気動車を連結していると知った。ネガの劣化が悔やまれます。 '79.8 盛岡-厨川 P:藤村巌雄