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特集・コラム

当たり前な列車の暖房 ボイラーだけを搭載した変わった車両「暖房車」

2023.11.25

▲当時の北陸本線は米原~田村間にデッドセクションを設け、田村以遠が交流電化となっていました。我が国初の量産交流電機であるED70形も当初は暖房装置を持たなかったため、マヌ34形などの暖房車を連結していたのです。1959.3.31  田村 P:星 晃

text:RMライブラリー編集部

【写真】暖房車ってどんな形をしていたの…?

 寒い季節の到来と共に、電車や列車に乗った時、車内の暖かさにホッとする…という瞬間が増えてきました。現代の電車では電動のエアコンや座席下のヒーターによる暖房が主流となっており、寒さに凍える思いをすることはないでしょう。

 しかし鉄道の歴史を遡ると、「暖房が当たり前ではなかった」ことに驚かされます。日本での鉄道開業時には客車に暖房装置はなく、乗客は厚着をすることが防寒のためにできる唯一のことだったとか。しかし列車には暖房に使える「熱源」があったのです。そう、蒸気機関車が牽く列車であれば、そこに熱っつい蒸気が豊富に沸かされているので、それを客車に配管で引っ張ってくればホカホカ…。こうして無事列車の暖房問題は解決されたかに思われました。

 その頃、鉄道の電化が進展してきて、「電気機関車が牽く客車列車」というのが出現します。煙を出さず、運転が比較的容易で、燃料や水の補給も不要…一見いいことずくめの電気機関車でしたが、「冬季の暖房に使える熱源がない」という点がネックとなりました。そこで考えられたのが、「暖房用の熱源となるボイラーだけを搭載した客車」=「暖房車」の誕生です。

 この暖房車、普通の客車よりもだいぶ短い全長を持ち、車内にボイラー、車外に炭庫・水槽が設置され、屋上からは煙突が突き出しています。通常は機関車直後に連結され、その後ろの客車に高温の蒸気を供給。蒸気機関車と同じで走行中は煙を吐き、専門の釜焚き要員が乗務していました。

 暖房車が主に活躍したのは、アプト式時代の信越本線碓氷峠や奥羽本線の板谷峠、仙山線、上越線、中央東線といった勾配路線が多かったようです。しかし、冬季にだけ稼働する暖房車というのはいかにも効率が悪く、同様の機能を持つボイラーを機関車本体に搭載した蒸気暖房方式(SG)の機関車が出現。さらには客車に電気で作動するヒーターを設置し、電気機関車から電気を供給することで暖房を可能とする電気暖房方式(EG)も登場することで、暖房車は役目を終え、1970年代初頭に姿を消したのです。

 現代においては、機関車が牽く客車列車自体が希少となっている上、そのような列車でも客車に発電機を搭載して電気式の暖房を行うケースが多くを占めています。リアルにスチームの暖かさを味わえるのは、大井川鐵道の「SLかわね路号」くらいでしょうか。数年前、SLの不具合で冬季の「かわね路号」の先頭に電気機関車が立った際、当然のごとく暖房が効かず、乗客に使い捨てカイロが配布された…というのは、ある意味鉄道創成期の乗客気分が味わえた出来事…とも言えるでしょう。

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