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特集・コラム

生涯を長野県で過ごした川造型電車、100年のものがたり

2023.01.08

 電車の材料が「木製」から「鋼製」に移行しつつあった大正末から昭和の初めごろに、川崎造船所製で生まれた頑丈な電車が各地で活躍していた、ということは以前にもこのコラムで記しています(「川造型」ってなに? 造船所生まれの武骨な電車)。

 今回はそのなかでも、新造直後から引退後までを長野県内で過ごしたある「川造型」の、およそ100年に及ぶ生涯を追ってみましょう。

 

▲製造時の形式名は長野電気鉄道デハ350形。2020(令和2)年に創立100周年を迎えた長野電鉄が当時4両発注した電車で、改番後はモハ600・610形として1980(昭和55)年まで長電各線で使用された(出典:『RM LIBRARY 270 川造型電車(下)』)。

 長野電気鉄道(以下「長電」と略)デハ350形は、1927(昭和2)年に4両が川崎造船所で新造されました。当時は阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)や西武鉄道に同型車が投入されており、当時の長電の幹部が西武の550形を見て同型車両の導入を決めたと言われています。

 当時、川造型電車は主に都市圏の通勤輸送用に新造される場合が多かったのに対し、この長電デハ350形は寒冷地の山岳区間を走る電車として、窓の雪を払う空気管を窓上部に備えたり、急勾配対策で冷却用水槽を屋根上に搭載したりと、特有の装備が施されました(いずれも後年に撤去されています)。

▲登場当初はマルーン1色の車体であったモハ600形は、昭和40年頃から赤とクリーム色のツートンカラーに塗られることになった。
1980.9.4 須坂 P:宮下洋一

 4両のデハ350形は後にモハ350形(351~354)→モハ600形(601~604)と形式・番号を変え、昭和40年頃には沿線の名物である「りんご」を思わせるような赤とクリーム色のツートンカラーに塗り替えられました。

 さらに601と602の2両は1966(昭和41)年に両側にある運転台のうち、パンタグラフ側が全室式に改造されたほか、前面窓はHゴム支持となってイメージが変わりました。車号もこれを機にモハ610形(611~612)に変更されています。

▲パンタグラフ側の運転台が拡張されたモハ610形(写真は611)。前面窓がHゴム支持に改められたほか、乗務員扉を新設するため客用扉が窓1個分後方へ移設され、前後非対称のスタイルとなった。
1977.5.1 須坂 P:宮下洋一

 形式・車号の改番や運転台拡張などがなされながらも、生まれてから半世紀以上もの間、長電一筋に活躍してきた4両の川造型電車ですが、1980(昭和55)年に長野市街区間が地下化されることになり、不燃化車両への置き換えの必要性から、在来の旧型車両の大半がこの時点で廃車されることになりました。

▲当時でも車齢50年を超えていた車両ながら、廃車となった4両のうち2両が上田交通別所線で再起した川造型電車。
1982.10.11 中塩田 P:宮下洋一

 長野電鉄で廃車となった4両の川造型電車モハ600形(603~604)・モハ610形(611~612)は、うち3両が同じ長野県内の上田交通に譲渡され、丸窓電車ことモハ5250形の活躍で有名な別所線で再起することになりました。予備部品の捻出用を含め3両を譲渡、そのうちモハ612と604の2両が上田交通カラーに整備され、それぞれモハ5270形(5271)・クハ270形(271)として別所線での運用を開始しました。

 しかし上田交通での活躍は長くありませんでした。モハ5271が1981(昭和56)年より、続けてクハ271が1983(昭和58)年より運用を開始したものの、日中はほとんどが単行運転であった当時の別所線では稼働率も高くなく、そのうえ1983年には東急からの譲渡車クハ290形2両が入線し、主に丸窓電車モハ5250形と組んで運用されたことから、川造型の出番はさらに減っていきました。そして1986(昭和61)年、別所線の架線電圧を750Vから1,500Vに昇圧させることからすべての在来車両の引退が決まり、わずか数年間の別所線での活躍は終わりを告げました。

▲上田交通での廃車後、長電小布施駅を経て「安曇野ちひろ美術館」の「トットちゃん広場」に保存される2両の元長野電鉄車両。手前が川造型のモハ604。
2022.9.8 安曇野ちひろ美術館 P:宮下洋一

 上田交通で廃車となった2両の川造型のうち、より原形の外観に近いクハ271は一度長野電鉄に返還され、モハ350形時代の姿に復元されて小布施駅の「ながでん電車の広場」に保存されることになりました。

 しかし、これで安泰かと思われたその保存場所を長電の特急車2000系に譲る形となり、現在は安曇野ちひろ美術館(長野県北安曇郡松川村)に隣接する「トットちゃん広場」に移設され、モハ604として保存されています。

 新製投入時から引退後まで、生涯を長野県で過ごした川造型電車モハ604。その雄姿を今後も末永く残してもらいたいものです。

 

■RMライブラリーの第270巻『川造型電車(下) -川崎造船所標準設計電車とその類似車両-』が好評発売中です。下巻では、今回の長野電鉄350→600形や阪急600形、そして川造型と同型で日本車輌製の奈良電気鉄道デハボ1000形(後の近鉄モ430形)など、主に西日本地区に投入された「川造型」の各形式を紹介します。

著者:宮下 洋一
B5判/48ページ
定価:1,375円(本体1,250円+税)

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