185系

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【さよなら】ついに姿を消した115系300番代 岡山地区での「異色」な経歴を振り返る!

2025.02.18NEW

text:MSかぼちゃ(X:@MS3167)
photo(特記以外):おれんじらいん

 111系・113系・115系といった直流近郊型電車の研究を活動のメインとし、鉄道系サークル「日本かぼちゃ電車学会」の主宰も務め、動画や同人誌でその成果を発表しているMSかぼちゃさんの連載!「徹底研究!国鉄近郊型電車113系115系」。今回はついにその姿を消した115系300番代の中でも、岡山地区での活躍を振り返ります。元々は三鷹電車区に配置されていた車両群でしたが、国鉄末期に岡山へと転属し、以来活躍を続けてきました。(編集部)


【写真】岡山で活躍した115系300番代!活躍する姿の写真はこちらから!

 2025年2月1日、下関総合車両所岡山電車支所(旧岡山電車区)に所属するD-26・27編成が、廃車回送を兼ねた団体臨時列車で下関総合車両所本所(旧・幡生工場)へと運転されました。これにより、115系300番代は全ての車両がその任を退き、1974年の登場から半世紀以上にわたる歴史に幕を下ろしました。
 今回は、115系300番代の引退を記念して、彼らの終の棲家となった岡山地区での活躍を振り返ってみましょう。

▲2編成併結で運転された廃車回送。先頭にはひろしまシティ電車のヘッドマークが掲出された。

‘25.2.1 D26編成+D27編成 大竹

 岡山電車区に初めて115系300番代が配置されたのは比較的後年で、1986年春のことでした。
 全車が三鷹電車区からの転入車で、元々は中央東線で運用されていましたが、この当時岡山地区には非冷房車の115系0番代が多く在籍していたため、冷房化率向上のために3連6本が配置されました。
 なんといっても中央東線の115系は横須賀色が特徴的です。これらの車両も例外ではなく、転属当初から塗装変更が行われるまでの数ヶ月から約1年の間は横須賀色のまま運用され、湘南色が基本である岡山地区の中で一際異彩を放っていました。横須賀色の115系が西日本で営業運転に使用された例はこれが唯一であり、非常に珍しい事例であるといえます。

▲転属直後、横須賀色で運用されていた時代。伯備線や山陰本線知井宮(現・西出雲)〜伯耆大山でも多く運用された。

松江 P:あばさん

 岡山に転入した300番代は、一般的な115系3両編成に使用される「D」ではなく、「F」の編成記号を与えられ、岡山地区での運用を開始します。特に伯備線での運用に多く使用され、米子・出雲地区でもその姿を見ることができました。
 1987年ごろには、岡山区に在籍していたクハ115形0番代を上り方に連結して非冷房車・冷房車混結の4両編成とされ、編成記号をKへと変えますが、この編成は1年ほどで解消され、3両編成に戻されます。また、この時編成記号は元々の「F」ではなく、他の115系3両編成と同じ「D」の記号を与えられています。

 1992年には、D35・D36編成(クモハ115-301・302以下3連)の2本が高速化改造を施工され網干区へ転属。113系に混ざる形でJR京都線・神戸線などの快速電車として運用されました。300番代の活躍はあまり長くなく、1994年には岡山区に再転属していますが、この2本に施工された高速化改造はその後もしばらく存置され、1995年にはその性能を活かし阪神・淡路大震災で車両が不足していた網干区へ再び貸し出されたほか、2008年の高速化解除までその特徴的な車番を見ることができました。

▲2年ほどの短期間ではあったが、300番代も関西地区で運用されていた。写真は113系と混結された11両編成。

塚本 P:ツクネ

 末期には3両編成のみが活躍していた岡山地区の300番代ですが、かつては4両編成の活躍も見ることができました。これらの車両は岡山に元から在籍していた編成とは異なり小山電車区を出自とする車両であり、1993年に広島地区より4連4本が転入しています。このうち3本は1年ほどで中間車を117系からの編入車である115系3500番代に差し替えており、岡山では115系300番代で統一された4両編成は1本のみの存在となってしまいましたが、どちらも2015年頃に3両編成より先立って廃車となるまでその姿を見ることができました。

▲300番代統一の4両編成として、2015年の編成解除まで活躍したA-13編成。

‘13.3.24 A-13編成 海田市

 さて、未更新車と思われることも多い岡山地区の300番代ですが、実は民営化後に延命N工事が行われており、歴とした更新車の一員に数えられます。この工事は少し特殊で、本来の延命N工事で行われているアコモデーションの更新が省略されており、老朽箇所の更新が主な内容です。そのため、この工事による外見の変化はあまり多くありません。
 一方、300番代では更新ではない改造工事による外見の変化が多く、1990年代後期に施工された方向幕のLED化にはじまり、2000年代初頭のベンチレータ撤去、2010年代には尾灯のクリアテール化、クーラーのWAU709への更新やドアボタン設置などが行われており、時代による形態の変化が多い車両でもありました。

 このように2010年代以降も様々な改造を受けながらも岡山地区で活躍していた300番代ですが、2024年に入ると227系500番代の導入により急激に置き換えが進行していきます。2月にD-24編成が廃車回送されたのを発端に、10月までの間に湘南色を維持するD-26・27編成を除いた4本全てが廃車されてしまいます。残った2本も予備車として扱われることが多くなり、最終的には冒頭で述べた通り、2月1日に2編成を併結したうえで下関総合車両所本所へと廃車回送(徳山〜下関間は団体臨時列車として運転)されました。

 関東から山陽へ居を移し、横須賀色から湘南色に装いを変えた、「異色」な経歴の300番代。懐かしいヘッドマークも眩しく、西の果てへと走り去っていきました。

▲廃車回送の最後尾には「サンライナー」のヘッドマークも掲出。復元された方向幕や記念のサボとともに有終の美に華を添えた。

‘25.2.1 D-26編成+D-27編成 大竹

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