text:鉄道ホビダス編集部
▲個室席の導入が予定されているN700S。詳しい計画はまだ発表されていないが、2026年度中のサービス開始を目指しているという。
‘23.6.3 東海道新幹線 静岡-掛川 P:大谷 真弘
(鉄道投稿情報局より)
新幹線初の二階建て車両を連結した100系新幹線には、その二階建て9号車の一階部分に1〜4人用のグリーン個室席が用意されていました。ですがバブル崩壊以降登場した東海道新幹線の車両では一切そうした設備を持つ車両は投入されていませんでした。そんな中、先日N700Sの一部車両に個室が設けられることが発表され、大きな話題となりました。
■一時期新幹線に現れた個室席
先述の通り、かつては100系新幹線に個室席が用意されていました。文字通りプライベートな空間を確保できる点から、会社の重役や芸能人、政治家などが愛用したと言われています。もちろんこうした需要だけではなく、周りの目を気にせず子供達を乗せることができるというところから、家族連れなどにもピッタリだったことでしょう。
ですが、90年代に入りバブル経済が崩壊。「ひかり」より速達性の高い「のぞみ」の新設により登場した300系や700系、N700系などは、徹底した乗車定員確保を重視した設備となり、個室は当然ながら食堂車やビュフェといった類の車両設定もありませんでした。
同様に、東北新幹線で活躍した200系のうち100系に似た顔を持ち、同じく二階建て車両を連結していたH編成にも個室席がありましたが、こちらも最高速度275km/hを誇った後継車E2系の登場により引退しています。
■新型車両によってほぼ引退 残ったのは…?
このように速達性や座席定員に優れた新型車両に置き換えられる形で個室席を備えた車両は姿を消していきました。車両の規格を統一をすることで、より臨機応変な運用を実現することができますが、バブル崩壊後はこうしたニーズが薄れていったことも理由として大きいでしょう。そんな中で山陽新幹線は一味違いました。それが2000年に登場した700系7000番代「ひかりレールスター」です。
「ひかりレールスター」は、その前進として運行されていた0系「ウエストひかり」の後継にあたる列車でした。「ひかりレールスター」の運行範囲は博多〜新大阪間という、航空機と競合する区間のため、利便性や快適性で優位に立つための策が必要でした。そうした背景のもと投入された列車ということで、車内設備の一つとして「コンパートメント」と呼ばれる半個室席が設けられました。これ以外にも緊急時を除いて車内放送や車内検札などがない「サイレンスカー」や、電源や大型テーブルなど、パソコン操作のしやすい環境を整えた「オフィスシート」など、新しい試みが見られる設備が取り揃えられました。
ですが2011年3月のダイヤ改正で九州新幹線との直通運転が開始された代わりに、「ひかりレールスター」の列車数は大幅に削減されることとなってしまいます。ほとんどは「こだま」運用に転ずることとなり、6両編成で細々と活躍を続けていた100系を置き換えていくことになります。現在も「ひかりレールスター」と一部の「こだま」ではコンパートメントの利用ができますが、ほとんどの「こだま」では締切扱いで利用できません。また、「ひかりレールスター」自体の運転も、現在は新下関発岡山行きの上り1本のみまでとなりました。こうして細々と残る新幹線の個室席は、そのうち消えゆくものかと思われました。
■コロナ禍の混乱 付加価値が重要な時代へ
2020年頃からのコロナ禍により、新幹線の需要というのも大幅に変容しました。ビジネス利用を念頭に置いた「S work」車両の導入、車いすスペースの確保、喫煙ルームの廃止からのビジネスブースへの転用など、以前より柔軟なサービス展開が続々と開始されていきました。
そうした流れの中で発表されたN700Sへの個室席導入。一度は消えかけた個室席が、こうしてまた再び日の目を見ることになるというのは、まさに時代は巡るといったところでしょうか。
プレスリリースの中には「グリーン車よりも更に上質な設備・サービスを備えた個室」という文言があり、導入の背景としてJR東日本が中心となって展開し、同じくグリーン車のさらに上のサービスを提供する「グランクラス」などが念頭に置かれているとも取れます。コロナ禍を通じて、速達性や利便性だけではなく、快適性や特別感、さらには一人だけのプライベートな空間の確保といった付加価値も、今の新幹線に求められるようになってきたのではないでしょうか。
価格のほか、設備仕様も現時点では「個室専用のWi-Fi、レッグレスト付きのリクライニングシート、個別調整可能な照明(明るさ)・空調(風量)・放送(音量)等の設備・機能を整備予定」としか発表がされていなく、まだ全貌は明るみになっていません。なお、現時点で導入は2026年度中とされています。新幹線における個室席が再び脚光を浴びる時代は来るのか、今後の発表や運用にも期待したいですね。