185系

特集・コラム

ブームにもなった「ブルートレイン」同じような車両でも実は違いがあった?

2023.10.05

photo:寺尾武士・松沼 猛・Studio EVO

 かつて、日本国内における寝台特急の代名詞にまで成長した「ブルートレイン」。寝台特急用客車が青い車体であったため付けられたニックネームで、1958年から2015年まで活躍していました。車両はどれも似通っていたブルートレインですが、実は細かく形式分けされていたことをご存知でしょうか。

↓詳しい違いはこちらもチェック!↓

■そもそも「ブルートレイン」とは?

 主に「ブルートレイン」と呼ばれる列車に使われた客車は、20系・14系・24系の3形式があり、東京や大阪から各地に向かう寝台特急を運行しました。1970年代にはブルートレインブームが到来。当時の子供達がブルートレインを撮影しに駅に集まりました。

 1970年代半ばから夜行急行にもブルートレイン客車が使用されるようになり、また1980年代からは寝台のグレードアップや個室寝台を増やしてサービスをアップ。しかし、新幹線や飛行機、バスの発達でブルートレインは次々と廃止され、最後まで残った「北斗星」が2015年8月で廃止されて、ブルートレインは姿を消しました。

■初代ブルートレイン「20系」

▲20系は3段式B寝台と2段式A寝台、A寝台個室、食堂車、グリーン車、普通車、電源車が製造された。

 初代のブルートレイン客車として1958年〜1970年に製造されたのがこの20系客車。北海道を除く各地の寝台特急で活躍し、1975年からは夜行急行にも使用されました。それまで1両単位で編成を組んでいた客車に、「固定編成」という概念が初めて持ち込まれたのは特筆すべき点です。登場当時は従来の客車と比べ、格段にグレードアップした接客設備を持っていたことから「走るホテル」とまで言われた車両でした。JR化後も主に臨時列車などで活躍を続けていましたが、1998年までに全車両が引退。現在は15両が保存されています。

■分散電源方式とした2代目「14系」

▲こちらは「ニューブルートレイン」として登場した14系。写真の14形は1971〜1972年に登場した。

 14系は、座席車である12系客車をベースとしており、20系では電源車と呼ばれる車両に集中して搭載されていた電源を、緩急車(ブレーキがある客車)に搭載した分散電源方式を採用したのが特徴です。3段式B寝台で製造された14形と2段式B寝台で製造された15形が活躍しました。

 なお、14系が登場した当時は「ニューブルートレイン」とも称され、塗装も20系より明るい青(青20号)とクリーム(クリーム10号)の帯という、12系のものを踏襲したものとなっていました。

■ブルートレインの終焉まで活躍した3代目「24系」

▲24系の「北斗星」編成。寝台のグレードアップと個室寝台の設置改造、食堂車を連結し、帯は金帯となった。

 24系は1973年に登場しました。1972年に発生した北陸トンネル火災事故を契機に、出火元となる可能性がある電源装置を客室床下へ搭載することを止め、24系では電源車を連結した集中電源方式に戻りました。1974年にはB寝台を2段式にした24系25形が登場。民営化後には「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」といった豪華寝台列車用に改造された車両も登場しました。

 同じようでありながら、形式の違いや後年の改造によって個性豊かだったブルートレインの客車たち。2015年8月のブルートレイン完全引退から早いもので8年が経ちましたが、その魅力は今も変わりません。

↓詳しい違いはこちらもチェック!↓

  • このエントリーをはてなブックマークに追加