modeling & text:屋鋪 要
photo:羽田 洋
元プロ野球選手で、現在は鉄道文化人として幅広く活躍する屋鋪 要さん。筋金入りのモデラーでもある屋鋪さんが、今回C53牽引の特急「鷗」を2種類製作!それぞれの製作記と、違いを屋鋪さん本人に語っていただきます。(編集部)
■国鉄唯一の3シリンダー機が牽引した特急「鷗」
今回製作した特急編成は今から80年以上時間を遡った1937(昭和12)年に東京と神戸を結び、同じ時代の超特急「燕」の姉妹列車と云わ れた特急「鷗」です。なかでも沼津〜神戸間の牽引機となった C53は、昭和初期の鉄道を語る上で欠かせない機関車です。
今回製作した形式の内訳は、1号車からスハ ニ35700+スハ32600×4両、スシ37800 +スロ30770+最後尾のマイネロ37260の8 両編成で、そのうちダブルルーフの客車はマイ ネロのみです。
形式標記は上段に片仮名記号、下段に5桁の 数字標記、等級の帯は、イ(一等車)は白、ロ(二 等車)が青、ハ(三等車)が赤でした。1号車のスハニ35700は、1941年の形式 改正によりスハニ31となった、20m級の三等座席と荷物の合造車です。
模型はMODEMOのダブルルーフのスハニ 31をクレオスのうすめ液に半日ほど浸け、塗装を落とすとともに屋根を切り離してグリーンマックス(以下GM)のオハ35用の丸屋根に付 け換えました。窓ガラスも側板から外し、ぶどう色1号に塗り替えています。2号車のスハ32806も、同じくMODEMO のスハ32600をベースにスハニと同じ方法で改造したので、1両だけそのままデッキの手スリが残っています。以後の3〜5号車の3両は、 GMのスハ32プラキットを組んだものです。
この当時は車体色がぶどう色1号だったのに加えて三等車にも帯が入れられており、1号車 の客車部分から5号車までを、ぶどう色1号の ボディにマスキングして、GM白3号を下塗りし、バーミリオンAを上塗りして赤帯としています。
■広窓客車で統一された特急「鷗」
運転開始か ら3年を経た1940(昭和15)年の「鷗」の編成 は、最後尾には展望車を組み込んだ堂々たる特急編成へと成長を遂げていました。今回はこの運転開始から3年後の「鷗」を紹介します。 編成を構成する車両は展望車以外も刷新され、1号車の荷物と三等客室の合造車はスハニ 35700からスハニ35750へ。2号車から6号 車に至る三等車は狭窓のスハ32800から窓幅 1,000mmへと拡大されたスハ33650へ、そ して三等車の両数も4両から5両へと増加しま した。続く食堂車はスシ37800からスシ 37850に変わり、その後ろの二等車はスロ 30770が1両だったのに対して、スロ30960とスロ32120の2両になりました。
最後尾を飾るのは、当初ダブルルーフのマイネロ37260だったのに対し、シングルルーフ の展望車スイテ37040とスイテ37050に置き換わり編成を通して広窓の整った編成へと進 化しました。
模型では、1号車スハニ35758の種車は KATOスハニ32を使用し、床下機器、屋根、 台車もTR23をそのまま流用しています。 ボディをばらし、タミヤの TS-29 半ツヤ消し 黒と、グリーンマックス(以下GM)のぶどう色 2号を交互に吹き付けるいつもの方法で、ぶど う色1号を再現。側窓下の等級帯は、上下をマスキングしてGMのバーミリオンレッドを吹き 三等車のそれを再現しています。
■より詳しい屋鋪さんの模型秘話はこちらで!
屋鋪 要の鉄道模型 縦横無尽
本誌ではNゲージによる屋鋪さんの思い出深い各地のジオラマを製作披露するほか、戦前の特急「燕」から、20系ブルートレインまでをNゲージで編成中の一部の工作をし編成を再現。
また、各地の鉄道模型レイアウトを求めて訪ね歩きレポート。そのほか1:80スケール(16番モデル)の戦前型ダブルルーフ客車のキットを使い、「燕」編成の製作では、手スリの一本から、扉の取っ手まで再現するなど、一か所一か所丁寧な製作を紹介。プラキット入門者に向けた格好の指南書ともなるでしょう。