185系

特集・コラム

かつては最大のタブー…触れてはいけない存在だった「現金輸送車」

2022.02.23

text:RML

鉄道で現金を運ぶ…?
 日常生活で目にすることがある「現金輸送車」と言えば、民間の警備会社が運行するトラックやバン…(刑事ドラマで襲撃対象になりそうな)というのが一般的な認識でしょう。しかしかつては鉄道の世界でも現金輸送車という種類の車両が存在し、しかもそれは我々レイル・ファンがうかつに語ってはいけない存在だったのです。

▲小樽市総合博物館で余生を過ごすマニ30 2012。2016.5.4 P:羽山 健

 その役目は、日本銀行が印刷した新札を各地の日銀支店へ送り込み、返しの便では廃棄対象の古札を本店へ戻すというもの。毎日運行されるものではありませんが、道路事情が良くなかった時代、一定量の輸送が確実に定期的に発生するものでした。

▲保存車で再現展示されている現金輸送スペース。専用のコンテナに紙幣が収められて輸送された。P:羽山 健

▲添乗・警備員が乗車するスペースにはリクライニングシートが設置されている。P:羽山 健

▲寝台スペースもあった。P:藤田吾郎

▲洗面台には飲料水も備えられていた。P:羽山 健

 何しろ厳重な警備対象となる車両、その輸送計画は極秘とされ、立ち合いで出張する日銀職員に対しても、列車に乗り込むまで行先が明かされないという徹底ぶり。たまたま駅で見かけたレイル・ファンが写真を撮って雑誌に投稿しても、なぜかその記事が掲載されることはまず無かった…というのも、もしもそういう記事が掲載されると即国鉄当局から編集長が呼び出されて大目玉を食らうからです。今はスマホで誰でも簡単に写真が撮れて、即その場でSNSにアップ…なので、秘密主義も難しいと思うのですが、幸いなことに(?)鉄道による現金輸送は2003年度までに廃止となりました。

警備室から荷物室を監視するモニター装置。P:和田 洋

生まれた時代も形態も違う2種の「マニ30形」

▲「銀河1号」に連結されたマニ30 2003。1972 東海道本線 東京 P:和田 洋

 鉄道の現金輸送車の歴史は実はさほど古いものではなく、太平洋戦争後のインフレによって大量の現金を輸送する必要が生じ、その時に「マニ34形」として誕生しました。見た目は当時の荷物客車に「擬態」するような地味なものでしたが、警備上の理由から片側の妻面に貫通路がないところはかなり異様。車内は、現金を輸送するスペースと立ち合いの職員・警備員が乗車するスペース、便・洗面所など一通りの設備が備えられていました。製造両数は6両です。

▲同形式での増備車…という位置づけながらまったく設計の異なる車両として登場したマニ30・2次車。片側の妻面に貫通扉が無いのは1次車も同じ。1989.5.5 大井 P:藤田吾郎

 そして1970年、唐突に形式が「マニ30」に変更されています。別にこの時に目立った改造が行われたわけでもなく、公式な形式変更理由は今なお明らかになっておりません。そして1979年、老朽化したマニ30形を置き換えるための「2次車」が登場し、従来車の追い番が付けられますが…これまた外観も寸法も全然違う客車になったというのも驚きでした。当時量産されていた50系客車のマニ50形との類似性が感じられますが、全長が在来のマニ30形やマニ50形よりも約1m長く、さらに屋上に分散型クーラーが搭載されました。

どうやって輸送が行われたのか?
 
登場時は主に夜行急行列車に併結されて各地へ輸送されましたが、後には荷物列車への併結が多くなりました。片側の貫通路がないため、編成の端(機関車次位もしくは最後端)に連結されることが多かったようですが、必ずしもそうでない場合もあったようです。

▲JR時代には貨物列車に併結されて運用された。写真はEF210形が牽くコンテナ列車の機関車次位に連結されている。1999.7.7 東海道本線 鶴見 P:関本 正

 1986年にて荷物列車が全廃となると、貨物列車への併結ということになりました。コンテナ列車になぜか場違いな客車が1両…というのをこの頃に見たことがあれば、それがマニ30形であった可能性は高いはずです。

P:羽山 健

 そして前述の通り、2003年度にて鉄道での現金輸送は終了。すべてのマニ30形は廃車となり、ついに「タブーが解禁」。こうして趣味のメディアにて大っぴらに語ることが可能となっただけでなく、小樽市総合博物館にラストナンバーのマニ30 2012が保存され、門外不出と言われた車内も公開されています。

 そんな現金輸送車の始まりから終焉までを一冊にまとめたのが、RMライブラリー第208巻『現金輸送車物語―タブーとなったマニ34・30形―(和田 洋さん著)』です。タブーとされていた時代に熱心なファンがそれでも残していた編成記録や形式写真、さらに当時日銀の職員で、添乗した経験を持つ方のエピソードなど、興味深い内容満載。この形式についてはまさに空前絶後の一冊となっています。

RMライブラリー第208巻 紹介ページ

関連記事
現金輸送車「マニ車」の動画にたどり着けるか⁉ 日本銀行がデジタルコンテンツを公開

  • このエントリーをはてなブックマークに追加