1949(昭和24)年の電化に際して、それまで使用していた加藤製の気動車6輌の内燃機関と関連装備を撤去、吊り掛けモーター4基を搭載し電車化、モハ50~55とした。4軸駆動で比較的出力が大きかったことから、台枠を補強の上、バッファー付きのネジ式連結器を追加、客貨車の牽引にも使用できるようにした。簡易式連結器と併用したため連結器が上下に並んでいる。鮮魚台付きの電車はきわめて珍しい。夏なので扉はこのまま開け放して走っていった。 ’63.8.2 下津井 P:柿浦和敏