特集・コラム

海峡を渡る風―イスタンブル(アジア側)編―

2020.05.26
 シルケジ駅の地下から乗り込んだ列車は、イスタンブルの街を東西に分けるボスポラス海峡の海底を進んでいた。車窓に映るのはトンネルのコンクリート壁だけだが、車内の路線図にしっかりと「海底トンネル」の表示が記されている。ヨーロッパ側のシルケジ駅から、アジア側のユスキュダル駅までは10分ほどの旅路であった。

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▲海底トンネルに隣接する地下駅は、流石にかなりの深さがある。イスタンブルは地中に遺跡が多く、地下鉄工事は難航したそうだ。

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▲路線図でもシルケジ駅とウスキュダル駅の間は一段窪み、海底を走ることが示されている。

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▲都市鉄道で活躍するのは韓国・現代ロテム社製の電車。海峡を挟んだイスタンブルの両岸を結ぶ。

 地上に上がると、先ほど潜ってきたボスポラス海峡越しにヨーロッパ側の街並みが望める。午後の太陽を眩しく反射する海を眺めながら、南にしばらく歩くと、小さなバスターミナルが見えてきた。ハレムという地名だという。どこかで聞いたことがある、と暫く思案して思い出した。ここはまさしく、『深夜特急』の沢木耕太郎氏がイスタンブルに到着した時のバスターミナルである。彼はここハレムでバスを降り、フェリーでヨーロッパ側へと渡っていったのだ。

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▲ハレムのバスターミナルは『深夜特急』にもある通り、大都市イスタンブルのイメージとはかけ離れた静かな場所だった。

 ハレムからさらに少し南下すると、国鉄ハイダルパシャ駅に行き着いた。ヨーロッパ側のシルケジ駅と対をなすアジア側のターミナル駅である。築百年を越える駅舎の美しさは有名だが、残念ながら訪問時は工事中で外壁はシートに覆われていた。それでも訪問の記念に駅のトイレを貸してもらい、気を取り直してカドキョイ地区の路面電車に乗りに行くことにした。
 イスタンブルには旧型の路面電車を保存運転する「ノスタルジック・トラムウェイ」がアジア側とヨーロッパ側に1路線ずつある。アジア側のカドキョイ(T3号線)で走っているのは、東ドイツ製の2軸車だ。一周2.6kmの短い環状線だが、周囲の街並みは目まぐるしく変化する。港の近くから乗り込んだ小さな電車は、ガラス張りのビルを横目に大通りの坂を駆け上がったかと思えば脇道に逸れ、華やかなカフェやブティックを冷やかす。入り組んだ路地をS字カーブですり抜け、最後はボスポラス海峡めがけて長い下り坂を滑り降りてゆく。息つく暇もないほどの車窓の展開は、ジオラマかアトラクションのよう。この路面電車だけで、一本の映画が撮れるだろう。

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▲アジア側カドキョイの「ノスタルジック・トラムウェイ」。ボスポラス海峡の向こう側は、ヨーロッパ側の市街地。

 ノスタルジック・トラムウェイを一周して、またカドキョイの船着場へと戻ってきた。ヨーロッパ側の市街地に戻るために、今度は地下鉄ではなくフェリーを待った。以前は鉄道車両を輸送する連絡船も運航していたというが、海底トンネルまで出来た今日ではとうにお役御免になってしまっている。それでも、ハイダルパシャ駅の傍から出航しシルケジ駅の西へと海峡を渡る15分ほどの航路は、ありし日の鉄道連絡船を想起させるには十分であった。

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▲イスタンブルの両岸を結ぶ航路。小さな船だが、そのシルエットはどことなく在りし日の青函連絡船を思い起こさせる。

 上甲板に出て、潮風に吹かれながらチャイを啜る。ふと、もし自分がイスタンブルに住むとしたら、家と職場をそれぞれ海峡の両岸に振り分けるだろうと思った。雨が降れば海底地下鉄で、晴れたらフェリーで通勤する。そんな突拍子もない思い付きに、私はひとり頷いた。 ヨーロッパ側の市街地に聳え立つモスクの尖塔が、西陽に溶けていった。

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【了】

※本取材旅行は2020年3月上旬に行ないました。2020年5月1日現在、トルコ共和国に対しては新型コロナウイルス感染症の影響により、渡航中止勧告が出ています。(レイル・マガジン編集部)
文・写真:原田佳典 協力:トルコ共和国大使館・文化広報参事官室

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