鉄道ホビダス

2008年12月アーカイブ

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皆さん、それでは良いお年を…
この一年、小ブログにお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。年末年始はしばし休載とさせていただきます。新年は6日(火曜日)より再開する予定にしておりますので、どうか来年もかわらぬご愛読のほどをお願い申し上げます。
皆さん、それではご家族ともどもよいお年をお迎えください。
編集長:名取紀之 敬白

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ザリガニ釣り 田端機関区横のドブ川はザリガニの宝庫。国鉄職員も子供たちのザリガニ釣りに興味津々。のちに道路拡張のためドブ川はなくなりました。'74.4 田端機関区 P:本荘裕二さん (「わが国鉄時代」より)

『国鉄時代』世代の皆さんからたいへんご好評をいただいているのが、投稿型ブログ「わが国鉄時代」です。“大傑作”ならずとも、アルバムの片隅で眠ってしまっている思い出の“あの時”をウェッブ上で全国公開してゆこうという趣旨に多くの方がご賛同下さり、すでに800を超えるエントリーを数えるまでになっています。

tokkyuzenseijidai002.jpg「今日の一枚」とともに毎日クリックするのを楽しみにしておられる方も多いかと存じますが、考えてみればそのアーカイブがウェッブ上だけで沈んでいってしまうのはあまりにもったいない話です。そこでこのたび、お寄せいただいたエントリーをベースに単行本、その名も『わが国鉄時代』をまとめさせていただくこととなりました。編集はもちろん『国鉄時代』の山下が担当し、すでに着々と編集作業が進んでおります。
特急全盛期 「ひたち」から「あいづ」への折り返し作業。昼行特急全盛期の頃、予備車も少なかったのだろう、多少の傷でも走れるものはフル回転だったようだ。'75.3 上野 P:一ノ瀬 祐一さん (「わが国鉄時代」より)
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影絵のように 穏やかな朝の海辺を白煙をなびかせシルエットになって駆け抜けるC57。その光景は息を飲むような美しさだった。'70.4.22 長崎本線喜々津─大草 P:永井修二さん (「わが国鉄時代」より)

それにしても、改めて膨大なアーカイブを見直してみると、目を疑うような珍しい画像や、世が世ならばコンテストに上位入賞したであろう傑作も少なくありません。今回はそんな希少画像、秀作をとり混ぜながら、なによりも“時代”が生き生きと甦ってくるような誌面創りを目指しております。

haruda004.jpgすでにお気づきかとは思いますが、「わが国鉄時代」は写真のみならずそこに添えられた短いコメントも大きな魅力となっています。期末試験、春休み、初めての遠征…そこに記された体験は、極めて個人的なものにも関わらず、“あの時代”を生きた世代にとっては普遍の共感となって胸に迫ってきます。今から振り返れば鉄道現場と私たちファンの距離も密接で、そこには思わずほろりとさせられる逸話も少なくありません。単行本『わが国鉄時代』では、そんなコメントの数々も“活字”としてお楽しみいただければと思います。
夏の原田駅 南九州の撮影旅行の帰り、原田駅で若松行を待っていたらその折り返しとなる原田止の列車が入って来た。C55をバックに列車から降りてきた女学生の制服の白さが妙に印象に残っていた。'70.7.27 筑豊本線原田 P:松崎昌一さん (「わが国鉄時代」より)
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山陰のさよなら列車 まだあまり撮影者のいなかった浜田駅構内の外れで「あの転轍標識を入れて…」とか考えながら蒸気機関車「さよなら列車」の発車を待っていた時の事です。カメラも持たない地元の人が線路内に入ったのをキッカケに後からやって来たファンが次から次へと線路際になだれ込み、この日ばかりは先着優先の法則は成り立ちません。中には留置されている客車の屋根にまで登るツワモノまで現れる始末です。そんな喧騒の中、サービス満点に本州最後となった現役蒸気機関車の「さよなら列車」が人波を掻き分けるようにして発車して行きます。お陰でおおらかな良き時代の記念写真を撮ることが出来ました。'75.1.15 浜田 P:高橋 明さん (「わが国鉄時代」より)

さらにこの単行本『わが国鉄時代』では、シンパシーを感じていただける世代の皆さんには必ずやお喜びいただけるであろうささやかな付録を用意いたしております。発売は1月下旬。詳細はあらためてご紹介申し上げますが、どうかご期待のほどを…。

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先日、JR九州が2011(平成23)年春の九州新幹線全線開業を視野に新製する新800系新幹線電車の概要を発表いたしました。従来の800系より、よりデザインを進化させた新800系は、「九州の経済と文化と人を結び、豊かなコミュニケーションが自然に生まれる公共交通機関としてハード・ソフトの両面でデザインを進めること」、「普遍性を持った機能美を追求すると同時に、アジアであり、日本であり、九州であるといったアイデンティティを洗練された形で表現すること」、「そのためには、先端技術から生まれた素材と今まで培われてきた素材と職人の技とを組みあわせて今様に使いこなせるよう、ユニバーサルデザインとエコデザイン(=グリーンデザイン)の充実に努める」ことをデザインコンセプトとして掲げています。
▲新800系の前頭部デザイン。三次曲面で盛り上がったライトカバーが目を引く。(JR九州プレスリリースより)
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エクステリアデザインでは、基本的に従来の800系を踏襲しながらも、先頭部のライトカバーが三次曲面で凸型となるのが特徴。JR九州プレスリリースでは「凸型のかわいい目」と表現されており、鉄道車輌としては世界で初めての形態だそうです。

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▲3号車の客室妻壁。妻壁は金箔+ハードメープル、荷棚とブラインドは同じくハードメープルでまとめられている。(JR九州プレスリリースより)
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インテリアデザインで注目されるのは、世界で初めて車内妻壁に金箔が貼られる(2~5号車)ことでしょう。金沢の金箔職人の仕事の上に鹿児島・川辺の職人による彫刻・漆・沈金の技が加わるたいへん凝ったものとなるそうです。なお1・6号車の妻壁は樟、3・4号車と5号車後位妻壁は金箔+ハードメープル、2号車前位妻壁は金箔+金箔(柄)、2号車後位妻壁はペアウッド、5号車前位妻壁はハードメープルとされる予定です。

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▲4号車の座席周辺。シート張地はアイビー柄ゴブラン織が用いられている。(JR九州プレスリリースより)
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荷棚の下は本物の木で仕上げられ、窓台もブライウッドで仕上げられます。また、電話室の暖簾は久留米絣で仕立てられるほか、1・6号車の妻壁には博多織が額に収められます。さらに腰掛のシート地は車輌ごとに赤系で構成された革と5種類の織物で作られ、1号車は赤色の市松模様で西陣織、2号車はワインレッド色で革張り、3号車はカーマイン色でツイード織、4号車はアイビー柄のゴブラン織、5号車はオレンジ系のツイード織、6号車は赤・アイビー柄の西陣織となります。

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▲新800系1号車~6号車の各室内装備。1輌ごとに仕様が異なるたいへん凝った作りとなっている。(JR九州プレスリリースより)
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車内設備面では、車内表示器が客室中央部に設置されるほか、5号車には多目的室、車椅子対応席・トイレは1号車と5号車に設けられます。注目の新製輌数は6輌編成×3本で、2009(平成21)年夏から2010(平成22)年秋にかけて順次投入の予定となっています。

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081224n001.jpg先日の「雪待ちの沼尻へ…」でもご紹介いたしましたが、今月と来月のRMライブラリーは青木栄一さんの『日本硫黄沼尻鉄道部』をお送りします。地方私鉄、とりわけ軽便ファンの皆さんには今さら説明の必要もない「沼尻」ですが、ご存知ない方のために改めて簡単に紹介しますと、磐越西線川桁駅を起点とする2フィート6インチゲージ、延長15.6kmの軽便鉄道で、その社名が示す通り、終点の沼尻駅のさらに奥に位置する沼尻鉱山から産出される硫黄を運搬する目的で敷設された鉄道でした。1913(大正2)年5月11日に馬車軌道として開業、翌年1月には早くも蒸気動力に変更され、のちに内燃動力となったものの、以後55年間にわたって時代が止まったかのようなプリミティブな軽便鉄道として走り続けてきました。最後は「磐梯急行電鉄」と夢のような壮大な名称に変更したものの、時代に翻弄されながら数奇な運命の幕を閉じます。

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▲川桁停車場を見る。木造平屋の駅本屋を中心に運転関係の施設や荷役設備が建ち並ぶ。田中新一さんご提供による平面図によって往年の構内が手にとるようにわかる。 (RMライブラリー『日本硫黄沼尻鉄道部』上巻より)
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この“沼尻”、基本的には鉱山鉄道という性格ながら、裏磐梯の大自然に包まれた沿線は高原列車の趣さえ感じられ、映画や歌謡曲の舞台にも抜擢されました。しかも他の軽便鉄道が次々と姿を消す中にあって、1968(昭和43)年まで運転を続けていたことから、頸城鉄道や井笠鉄道(ともに1971年廃止)などと並んで、今もって多くの軽便ファンの心のふるさととして語り継がれています。

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▲第2章「性格と沿線」から。鉱山鉄道とはいえ山元に住む人々の生活の足として、そして沿線の温泉への湯治客の便になくてはならない路線であった。 (RMライブラリー『日本硫黄沼尻鉄道部』上巻より)
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本書上巻では、日本硫黄の設立から軌道敷設、第二次大戦前後にかけて、沿革をはじめ、施設、運転、そして輸送の変化について多くの写真と資料をもとに解説し、沼尻鉄道の概要を明らかにします。各駅の写真とともにご紹介している構内平面図は模型ファンにとっても必見の資料となりましょう。

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▲梅村正明さんのコラム「ラッセル車の出動」より。貨車を改造した自家製ラッセル車が定期旅客列車の先頭に立って除雪に活躍する様はまさに圧巻。 (RMライブラリー『日本硫黄沼尻鉄道部』上巻より)
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ところで、“沼尻”の特徴のひとつが白津、内野付近をはじめとした併用軌道区間でした。ファン的視点では趣のあるシーンとして映りがちなこの路面併用区間も、実は敷設にあたって地元住民との間で丁々発止のやり取りが行なわれた挙句の産物であったことが『鉄道院文書』から明らかにされますが、このあたりの考証はわが国鉄道史研究の第一人者である青木先生ならではの慧眼にほかなりません。

081224n003.jpg本書のもうひとつの見所は、全編にわたって使用させていただいた梅村正明さんのドラマチックな写真の数々です。もと“けむりプロ”のメンバーでもある梅村さんは、昭和30年代後半から廃止時まで足しげく沼尻通いを続け、「組写真」を意識した作品を撮り続けてこられました。すでにご著書・RMライブラリー『頸城鉄道』でもその作品群の素晴らしさは周知のところかと思いますが、今回の『日本硫黄沼尻鉄道部』編集に当たっては、その膨大な本数のネガすべてをお預かりし、ふんだんに秀作を使用させていただくことができました。
▲秋の会津樋ノ口駅で交換する上下列車。まさに模型のレイアウトを見ているかのような長閑なシーン。 (RMライブラリー『日本硫黄沼尻鉄道部』上巻より)
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さらに、梅村さんにも3編にわたる回顧録をご執筆いただき、本書中にコラムとして掲載させていただきました。ことにラッセル車出動の一部始終を追ったフォトドキュメントは必見です。
なお、車輌についての各論、さらに1968(昭和43)年に突然の休止を迎えるまでの顛末を収録した下巻は1月21日頃の発売予定です。どうかご期待ください。

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▲特別企画展エントランスに掲げられたご自身撮影の「こだま」高速度試験の写真をバックにした星 晃さん。6輌の試験編成は1959(昭和34)年7月31日16時07分に島田-藤枝間で狭軌鉄道世界最高速度の163㎞/hを達成、新幹線電車への大きな第一歩となった。'08.12.19
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「こだま」から20系客車、キハ82形、581系、そして0系新幹線電車と、まさに黄金期の国鉄車輌設計の中心におられた星 晃さんにとって、この特別企画展「電車特急50年」はことさら興味深いものだったようです。それにしても、ご一緒させていただいた私たちのちょっとした質問にも、その抜群の記憶力で開発・設計時を振り返られるのには、改めて恐れ入りました。

081223n003この第3回特別企画展『電車特急50年~ビジネス特急「こだま」からJR特急まで~』、おおまかに以下のように7つのチャプターに分けられて展示されています。
■展示内容
1.汽車から電車へ 
 (1)電車のあゆみ
2.ビジネス特急登場
 (1)汽車か電車か~特急列車への進出~
 (2)ビジネス特急「こだま」の登場
 (3)「こだま」の衝撃
 (4)狭軌鉄道世界最高速度記録の達成
3.鉄路の主役へ
 (1)「つばめ」「はと」の電車化~鉄路の主役へ~
 (2)東海道本線電車特急の全盛期
4.東海道新幹線開業と交直流特急電車
 (1)東海道新幹線開業と151系電車の転用改造
 (2)交直流特急電車の登場~電車特急の全国展開へ~
5.昼も夜も走る電車特急
 (1)世界初の寝台座席両用電車
 (2)43-10ダイヤ改正と寝台特急電車
6.電車特急の全国展開
 (1)幹線電化の進展と電車特急の全国展開
7.JR発足後の展開
 (1)JR発足後の電車特急~各社ごとの多様化と個性化~
▲1958(昭和33)年11月1日の下り「第1こだま」出発式の際に国鉄の十河信二総裁がテープカットに使用したはさみ。'08.12.19
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▲「こだま」の実物ヘッドマークや当時の広報資料類も、第2チャプター「ビジネス特急登場」のコーナーで見ることができる。'08.12.19
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第5章に相当する「昼も夜も走る電車特急」では583系の寝台室内が実物大で再現されており、多くの来場者の注目を集めていました。もちろん581・583系といえば星さんが副技師長として全面的に開発に関わられた車輌です。再現された寝台を前にして、浅原信彦さんと上段格納方法の巧みさなど、しばし熱のこもったお話が続いていました。

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▲狭軌鉄道世界最高速度163㎞/h達成を記念して試験編成のクハ151-3、4の先頭部に取り付けられていたレコードプレート(左)。右は「つばめ」と「オリンピア」のヘッドマーク。星さんによると「つばめ」だけ他と差別化を図るため上下にグレーの帯を入れ、しかも文字色も他の濃紺ではなく黒にしたとのこと。'08.12.19
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ところで、この特別企画展でもうひとつご注目いただきたいのが、会場内で上映されているビデオです。「新しい鉄道車両」(約22分)と「こだま163キロ試験記録」(約13分)の2本で、いずれも鉄道総合技術研究所が制作した16ミリ映画です。今回の企画展に合わせて鉄道博物館が借り受けてきたものだそうですが、どちらもこれまで知られていなかった映像です。特に後者はこれまで国鉄技師長室制作のものが広く知られていましたが、技研の側から見た高速度試験の様子が迫真のドキュメンタリーとしてカラー映像で残されていたのは驚きです。星さんにして初めてご覧になる映像だそうで、ご来場の際はお見逃しなきように…。

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▲「こだま」開放室車内の再現とともに注目されるのが583系寝台の実物大再現。寝台使用時と座席使用時が対比されている。見入っておられるのは星さんと浅原信彦さん。'08.12.19
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この鉄道博物館第3回特別企画展『電車特急50年~ビジネス特急「こだま」からJR特急まで~』は来年4月までの長期開催。もちろん入館料のみでご覧になれます。近日中には星さん、浅原さんの展示写真も収録した立派な図録も完成予定だそうですので、ぜひ一度お出でになってみてはいかがでしょうか。
■鉄道博物館第3回特別企画展「電車特急50年 ~ビジネス特急「こだま」からJR特急まで~」
開催時期 2008年11月1日(土)~2009年4月6日(月)
会場 2階スペシャルギャラリー
料金 料金無料(入館料のみ)

※特別企画展内は撮影禁止で、小ブログの画像は鉄道博物館の許可のもとに撮影したものです。

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▲感慨深げにヒストリーゾーンのクハ181-45「とき」を見つめる星 晃さん。「とき」だけヘッドマークに漢字(朱鷺)を入れ、しかも朱鷺色に因んだ色文字にした…と星さん。'08.12.19
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11月1日から鉄道博物館で開催されている第3回特別企画展『電車特急50年~ビジネス特急「こだま」からJR特急まで~』は、半世紀前に誕生した日本鉄道史のひとつのエポックである151系電車と、その後の在来線電車特急の全国展開のあゆみをたどりながら、電車特急の果たした役割を明らかにしようという意欲溢れる展示で、小誌も企画段階から微力ながら協力をさせていただいています。

081222n002.jpg展示写真の多くは星 晃さんのRMライブラリー第100巻・101巻『国鉄車輌誕生』と、浅原信彦さんの『ガイドブック最盛期の国鉄車輌』を出典としており、お二方には是非一度ご覧になっていただきたいと考えておりましたが、先週金曜日にようやくその機会が訪れました。「こだま」生みの親でもある元国鉄副技師長・星さんはつい先日、御年90歳を迎えられたばかり。『国鉄車輌誕生』の解説文をご執筆いただいた岡田誠一さんにエスコートいただき、4名での鉄道博物館訪問となりました。
▲2階スペシャルギャラリーのエントランスは特別企画展用にアレンジされている。'08.12.19
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▲モハ20(のちの151系)の形式番号標記板と木製のモックアップ。ともに交通博物館時代からの収蔵品で、星さんによればモックアップはまだ塗色さえ決定していない段階でのものとのこと。'08.12.19
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583系前頭部を模した2階のスペシャルギャラリー入口を一歩入ると、まずは正面に据えられた星さん撮影の「こだま」高速度試験時の巨大なカラー写真が目に飛び込んできます。電車特急の半世紀の歴史の中でも、その嚆矢となった“ビジネス特急「こだま」”の存在意義は他を圧しており、この企画展でも「こだま」とその系統に大きな重点が置かれています。

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▲初の電車特急誕生前夜、さまざまなエクステリアデザイン案が検討された(左)。右は“ビジネス特急”の愛称とマークを公募した国鉄のポスター。'08.12.19
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それだけに実際に「こだま」の開発に心血を注がれた星さんにとっても見ごたえのある展示内容に違いなく、案内役の奥原学芸員の解説にも熱心に聞き入っておられました。それにしても圧巻なのはモハ20時代の形式番号板や、「こだま」「つばめ」をはじめとした実物ヘッドマーク類がいくつも展示されていることで、さすが鉄道博物館の特別企画展と思わず唸らされてしまいました。ちなみに「こだま」などのヘッドマーク類は長年にわたって現場で保管されてきたもので、鉄道博物館で展示されるのは今回が初めてとのことです。

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▲会場内には「こだま」前頭部のレプリカも登場。ボンネット内の構造がわかるようにスケルトン構造になっているほか、実際に運転台に上がることもできる。'08.12.19
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081222n007.jpg数ある展示品の中でもとりわけ星さん、浅原さんの注目を浴びていたのが、会場内に再現されたクロ151の開放室車内です。ご存知のようにクロ151形は「つばめ」「はと」の電車への置き換えに際して展望車に代わる車輌として誕生した豪華車輌です。定員4名の「区分室」、片側1列の腰掛が並ぶ「開放室」、ボーイが持参するポータブル電話機…等々、その際立つ豪華さはわが国電車特急史上に今なお燦然と輝き続けています。
▲レプリカの運転台。マスコン、ブレーキ弁、イスなどは実物がレイアウトされている。なお、会場内は撮影禁止だが、この運転台での記念撮影はOK。'08.12.19
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▲再現されたクロ151の開放室内を感慨深げに見つめる星さんと浅原信彦さん(手前)。展示されているこの開放室用のリクライニングシートはもちろん実物で、今や鉄道博物館と交通科学博物館にしか残っていないという。'08.12.19
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今回の特別展では、鉄道博物館収蔵品のこの開放室の実物リクライニングシートを中心に室内が再現されていますが、改めてその豪華さと先進性には圧倒されます。ちなみにこのクロ151の列車公衆電話、展示資料によれば、列車が東京~熱海間を走っている時に大阪にかけると400円とあります。食堂車の最上メニューであるステーキが230円だそうですから、そのプレミアム度はおして知るべしでしょう。

※特別企画展内は撮影禁止で、小ブログの画像は鉄道博物館の許可のもとに撮影したものです。

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▲下り「はつかり」は盛岡~青森間の重連区間が夜となるため、C60+C61重連の姿を撮れるのは上りに限られる。十三本木峠を越えて里に下りてきた2レが朝日の中を急ぐ。'60.10.28 好摩-渋民 P:佐竹保雄 (『国鉄時代』vol.16より)
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春夏秋冬、心待ちにしていらっしゃる方も多いと思いますが、お待たせいたしました季刊『国鉄時代』vol.16が昨日発売となりました。今号の特集は「東北本線」。さっそく担当の山下よりおおまかな内容をご説明申し上げましょう。

081221n001.jpg巻頭の「みちのくのハドソン」ではC60・C61・C62のハドソン3兄弟の駆け抜けていた昭和30年代から40年代初頭の東北本線をベテラン佐竹保雄さんの作品で構成いたしました。岩手山を背景にしたC60+C61重連「はつかり」「北斗」や、花巻付近のC61「はつかり」「おいらせ」など、ダイナミックな写真に息を呑みます。解説は成田冬紀さんの「みちのくのハドソン覚え書き。C61の華々しい活躍と地味な運用に終始したC60との対照など、興味深い記事を綴っていただきました。
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東北本線の大舞台といえばやはり奥中山。中島正樹さんの「十三本木峠の咆哮」では架線柱が立つ前の冬、三重連を追った遠い日のときめきを今に伝える秀作は、誌面から耳を聾するブラストが聞こえてきそうな迫力で迫ります。峠の麓の活気を伝える、椎橋俊之さんの「補機の里 一戸」、旅情豊かに鉄路の奥の細道の思い出を綴る川本紘義さんの「みちのく旅情」や林 嶢さんの「岩手山麓に汽笛は響く」など、蒸機華やかなりし頃の北東北にタイムスリップいたします。

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▲D51 400にサポートされてC60 3牽引の下り旅客列車が凍てついた道を駆け登る。'64.2.15 御堂-奥中山 P:中島正樹 (『国鉄時代』vol.16より)
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元仙台機関区機関助士の大山 正さんの「仙臺物語」は、C60・C61・C62と3形式揃った「ハドソンの庫」仙台機関区の中でも「甲組」の精鋭C61に焦点を当て、当時の乗務記録から急行40列車「八甲田」のC61 15による一ノ関~仙台間の回復運転の様子を克明に再現していただきました。みちのくの大動脈を驀進するみちのくの駿馬と乗務員の物語は胸躍るまさに叙事詩のような趣。

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「悲運のマンモス機C62」「仙台に残った2輌のC59」など昭和40年代蒸機の終焉に近い時代の撮影記から、まだ上野からC59・C62が威風堂々北に向って発車していた昭和30年代の思い出、伊藤 昭さん、伊藤威信さんの「蒸機全盛時代の東北本線を行く」など、熱き思いが今に蘇る秀作が誌面を賑わわせています。また、電機ではEF57の陰に隠れていた宇都宮運転所のEF58ですが、昭和50年3月改正直後、山陽本線からの転属機を迎えた一瞬のきらめきを捉えた犬山徹夫さんの「宇都宮のEF58を讃える」やEF57を追った若き日の記録「EF57日和」、ED71の活躍を追った石橋一郎さんの「津軽撮るなら黒田原で」など、東北本線南部を颯爽と駆け抜けた往年の名優たちが甦ります。
▲「仙臺物語 ~ハドソンの庫とC61 15〔仙〕の思い出~」より、岩切駅を発車、七北川橋梁を渡るC60 13助士席からの展望。'62.11.9 144レ P:大山 正 (『国鉄時代』vol.16より)
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特別付録DVDは中央東線、篠ノ井線、中央西線、関西本線、伯備線のD51を追った宮内明朗さんの「峠を越えるD51」、蒸機・電機の交錯する小糸健彦さんの「中央東線電化開業前後の甲府機関区」、東北本線のC61を添乗記録した大山 正さんの「機関車乗務員」の3本立てです。どうかこの年末年始、『国鉄時代』で暫しのタイムスリップをお楽しみください。

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▲「碑文谷機関区」扇形庫から出区してゆくC62 25…。一年あまりにわたって『RM MODELS』誌上で連載してきた「碑文谷機関区」が今月発売号でいよいよ完成。もちろん今回のイベントではその実物を目の当たりにできる。'08.12.20
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すでにバナーでご存知の皆さんも多いかと存じますが、「鉄道ホビダス」オープン一周年を記念して今日・明日の2日間、弊社社屋で“NEKOホビダス感謝DAY”を開催しております。

081220n002.jpgEコマースを含めた総合鉄道情報サイトとして「鉄道ホビダス」(“鉄ホビ”)がスタートを切ったのはちょうど一年前の昨年12月10日。わずか一年の間にニュース、インフォメーションから投稿型ブログまで加速度的にコンテンツが充実し、つい先日オープンした初の動画配信サイト「今日の一枚 The Movie」も予想を遥かに上回るご投稿と反響を頂戴しております。
▲弊社一階ロビーが即席のギャラリー兼ショップに変身。手前に見えるのが「碑文谷機関区」。'08.12.20
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▲午前中から多くの読者の方々におみえいただいた。ショーケースなしで直接目にすることのできる作例レイアウトに長時間見入る方も…。'08.12.20

またシステム自体から立ち上げたEコマース“鉄ホビ・ダイレクト”もこの一年で大きく成長し、ことに画像付で検索可能なロストワックス・パーツはすでに2000点を超えて多くの皆様にご活用いただいております。

081220n004.jpgそんな状況を踏まえ、今回は初めての試みとして、弊社社屋内で“リアルなホビダス”を体感していただこうと、ささやかなイベントを開催する運びとなったものです。ことに模型関係は誌面を飾ったレイアウトにしても、ウェッブ上で検索したパーツにしても、実物をご自身の目で見て“リアル”に体感される機会はなかなかありません。今回のイベントでは、『RM MODELS』誌上を飾った多くのレイアウト作品をはじめ、“鉄ホビ・ダイレクト”でご紹介している数々の完成品、キット、パーツ類も実物をしっかりとご覧いただけます。
『モデル・カーズ』ブースでは長尾編集長製作のジオラマも展示されている。他ジャンルのジオラマもおおいに参考になるはず。'08.12.20
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▲今年の「としまえん鉄道フェスタ」でMCとしてご活躍いただいた小倉沙耶さんも駆けつけてくれた。ちなみにこのクリスマスから明知鉄道の車内アナウンスは小倉さんの声になるそうで、ご乗車の際はご静聴を…。'08.12.20

また、この26日(金)にスタートする実車バスの専門誌『バスグラフィック』の誕生を記念して、『モデル・カーズ』編集部によるバスとミニカー関連の展示・販売も開催しております(地下会議室)。明21日=日曜日も11時から17時までの開催となっておりますので、ぜひお運びのほどを…。

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▲この日の〈富士・はやぶさ〉は綺麗なカマの45号機でした。'08.10.19 山陽本線小野田―厚狭 P:田中省吾さん (「今日の一枚」より)
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かねてより“噂”としては流れていた寝台特急「富士・はやぶさ」の廃止がついに現実のものとなってしまいました。今日JR各社から正式発表された来春のダイヤ改正の概要(→こちら)で明らかになったもので、改正日は来年3月14日土曜日。なんとこの日をもって東京駅発着のブルートレインはすべて姿を消してしまうことになります。

081219n002三宅俊彦さんの労作『列車名変遷大事典』によれば、「富士」の名称は1929(昭和4)年8月にわが国で初めて列車名を公募した時点にまで遡るそうです。この時の応募総数は5583票。1007票を集めてその第一位に輝いたのが「富士」だったのだそうです(ちなみに2位は「燕」、3位は「櫻」)。これを踏まえて同年9月15日のダイヤ改正で誕生したのが東京-下関間の1・2等特急「富士」(1・2レ)でした。途中戦中・戦後の中断期はあったものの、1964(昭和39)年10月改正で東京-大分間のブルートレインとして再生、以後、延々と今日まで東海道の夜を走り続けてきたことになります。
▲〈富士〉通過時だけ雪がピタリと止んでくれました。'08.12.6 日豊本線杵築―中山香 P:森崎 康さん (「今日の一枚」より)
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▲超レアな〈富士・はやぶさ〉なのに、超有名撮影地のここにいたのは私だけ。'08.12.15 東海道本線 菊川―金谷 P:高橋 明さん (「今日の一枚」より)
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一方の「はやぶさ」は1958(昭和33)年10月改正で東京-鹿児島間の寝台特急として誕生、2005(平成17)年3月改正で「富士」と併結運転となって今日に至っています。いみじくもわが国最初の列車名ともなった「富士」が誕生してから来年で80年…。JRのリリースでは数多ある改正項目の中に“ご利用の少ない「はやぶさ・富士」号(東京~熊本・大分間)1往復を廃止します”と1行あるだけですが、その歴史の重みを鑑みると、ファンにとっては本改正最大のショックに違いありません。

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58654号機が火入れ式。

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▲JR九州石原社長をはじめ、人吉市長らが列席して厳粛に執り行われた「火入れ式」。しばらくぶりに元気な姿の58654号機がひのき舞台に上がった。'08.12.16 小倉工場 P:RM
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来年4月25日(土)から運転開始予定の「SL人吉」の牽引機58654の復活工事が最終段階を迎え、去る16日(火)にJR九州小倉工場において火入れ式と安全祈願祭が執り行われました。

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▲これが三たび生き返ったハチロクの雄姿。もちろん“本家”小倉工場製作のK-7タイプの切取り除煙板も取り付けられている。P:RM
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1988(昭和63)年7月に同工場で動態復元された58654号機は、17年間にわたって「SLあそBOY」として豊肥本線熊本~宮地間を走り続けてきましたが、主台枠をはじめ各部に劣化が進み、ついに3年前、2005(平成17)年8月28日の運転をもって火を落としてしまいました。

081218n003.jpg1922(大正11)年製とJR線上を走る現役蒸気機関車としては最古参のハチロクもついに引退か…と思われましたが、JR九州は2011年に迫った九州新幹線博多開業を前に再びの“復活”を決断、主台枠を日本車輌で新製するなど、大掛かりな工事に取り組んできました。その甲斐あってこのたび再びボイラーに火が入れられるまでに工事が進捗、関係者が見守る中での「火入れ式」となったものです。
▲すっかり整備されたキャブ内。水面計は破損の恐れのない近代的なものが用いられている。P:RM
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テンダー水槽部をステンレス化するなど、三たび生まれ変わる58654号機が末永く走り続けられるよう、数々の配慮もなされているようです。注目の外観ですが、煙突はオリジナルの化粧煙突に準じたものとなり、塗色も黒を基本とし、ランボード縁やボイラーバンドに金があしらわれたものとなっています。

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▲「SL人吉」エクステリアデザイン案。(JR九州プレスリリースより)
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この「SL人吉」は鹿児島本線・肥薩線の熊本~人吉間(1日1往復)を、3月(来年は4月25日運転開始予定)から11月までの土曜・休日、春休み、大型連休、夏休みを中心に年間120~150日程度運転される予定で、専用客車3輌も誕生することになっています。
■運行予定時刻
・下り:熊本9時40分頃発→人吉12時10分頃着
・上り:人吉14時40分頃発→熊本着17時20分頃着

■これまでにご紹介した関連記事
「火を落とす58654」
「朗報! 58654が復活!」
「肥薩線視察記」
「生まれ変わる58654」

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▲秋深い小代-嬬恋間の築堤をゆく草軽電気鉄道デキ12…といった雰囲気の南山線デキ12。'08.12.6
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南山線の開通にともなって「軌道線」と称されるようになったご自宅の軌道は現在では休線となっており、車輌もすべてこの南山線に移籍してきているそうです。しかも毎年のごとく新製車輌が増えていっているため、今や風の峠駅の検車庫周辺はさまざまな車輌で溢れかえっている状況です。

081216n016.jpg「軌道線」時代の車輌はご自宅の庭という制約から車輌限界が極めて小さく、たとえば花巻電鉄風のデハ6は車体全幅がわずかに510㎜しかありません。これに対して南山線は200㎜ほど限界が拡大しており、乗車定員もそれなりに増加しています。現在、南山線には軌道線から移籍してきたデハ6をはじめ、8号蒸気機関車、尾小屋風ガソリン動車キハ3、草軽風電気機関車デキ12、秋保電車風電車モハ1408など、十数輌の車輌たちが在籍しています。
▲南山線に移って車輌限界が広がったとはいえ、正面から見ると恐ろしいほどの“スライスチーズ”ぶり。'08.12.6
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▲色鮮やかな名残の紅葉をバックに“草軽”が桜谷駅のループを廻る。なんとも見ているだけでも“癒される”。'08.12.6
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081216n002.jpg拝見していて改めて驚かされるのは、技術力もさることながら、その発想の柔軟さ、アイデアの豊かさです。8号蒸気機関車は市販の5インチ・ライブスチームのボイラーと足回りをそっくり流用し、いわば“親亀の上に子亀が乗った”状態で“親亀”の動輪に動力を伝達しています。転轍機のダルマにしても鉄アレーを流用していたり、電動ポイントに事務機器の廃品モーターを再利用していたりと、とにかく随所に目の覚めるようなアイデアが散りばめられています。しかも車輌製造を含めてこれらの工作のすべてが、風の峠駅に設けられた検車庫と工場で行なわれているというのですから、これまた驚きです。
▲風の峠駅の構内急曲線を行くデキ。左に見える建物は“駅舎”。'08.12.6
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▲秋保電車風モハ1408は2005年製のニューカマー。ちなみに秋保(あきう)電気鉄道は東北本線の長町と秋保温泉を結んでいた温泉電車で、1961(昭和36)年に廃止された。'08.12.6
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081216n014.jpgオーナーの持元節夫さんは電気会社を定年退職してから、この15インチ鉄道建設に没頭されてきたとのこと。もちろんご自宅の「軌道線」ならまだしも、南山線のように規模が大きくなるととてもひとりですべてをこなすのは困難で、今では多くのお仲間がメンテナンスや運転会のお手伝いなどをかって出てくれているとのことです。お訪ねした日も何人ものスタッフの方がいろいろとお世話下さり、実に楽しい時間を過ごさせていただくことができました。
▲最新作のデキ3の前に立つ持元節夫さん。'08.12.6
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▲すすきの中を進むモハ1408。眼下には能勢電ときわ台駅周辺の住宅街が広がる。'08.12.6
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この桜谷軽便鉄道南山線、乗車は無料で、ご家族でお出でになってもきっと楽しいひとときを過ごせるはずです。ただし、定期的に運転されているわけではありませんので、運転会開催日をホームページで確認することをお忘れなく…。

※桜谷軽便鉄道公式ホームページは→こちら

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▲晩秋の住宅街を眼下に「草軽」がゆく。このデキ12は2004年製で、後ろに続くホハ150とともに南山線の主力編成のひとつ。'08.12.6
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先日、まだ名残の紅葉が残る桜谷軽便鉄道南山(みなみやま)線を訪ねてきました。桜谷軽便鉄道は小誌200号記念号やムック『今日からはじめる庭園鉄道』でもご紹介していますが、持元節夫さんが次々と消えてゆく軽便鉄道や鉱山鉄道、森林鉄道など“失われゆく軽鉄道”のイメージをご自宅の庭に再現しようと“自作”し始めた究極の乗用庭園鉄道です。

081216n017.jpg軌間は英国のロムニー鉄道などで用いられ、世界最小の実用鉄道ゲージとして国際的に認知されている15インチ(381㎜)ゲージ。当初は鉱山の坑内軌道などに見られる1フィート8インチ(508㎜)ゲージでの敷設を夢描いたものの、さすがにご自宅の敷地に敷設するには無理があり、最終的に落ち着いたのが15インチだったのだそうです。とはいえ、普通の住宅街のご自宅に、母屋を取り巻くように“軌道”を敷設し、なおかつそこに“乗用”の車輌を走らせようというのですから驚きです。
▲駐車場から“本線”をゆく秋保電車風モハ1408を見上げる。まるで実物を見ているかのようで、思わずシャッターにも力が入る。'08.12.6
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▲大きくループを回って桜谷駅を出るデキ3牽引の列車。デキ3は一昨年製造された“新車”である。'08.12.6
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sakuradanimap.jpg試行錯誤の末にご自宅を一周し、さらに側線まで備えた延長75mの電化軌道が完成、妙見山麓に存在した銅鉱山「桜谷鉱山」から名前を拝借して「桜谷軽便鉄道」と命名されました。普通のお宅の玄関を横切るスライスチーズのような“電車”はたちまち話題を呼び、マスコミにも大きく取り上げられることとなります。
▲桜谷軽便鉄道南山線位置図(桜谷軽便鉄道ホームページより)
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地元の子どもたちはもとより見学者も増え続け、さすがにご自宅では限界があると、一大決心をしてご自宅付近の敷地を購入し、本格的な建設を開始したのが桜谷森林鉄道南山線です。「南山」は古地図にあった同地の名称だそうで、鉄道以外にも鉱山や鉱物収集などの趣味をお持ちの持元さんらしいネーミングといえましょう。

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▲風の峠駅の車庫に並んだ車輌たち。給水塔も備わり、左奥には当線唯一の蒸気機関車8号機の姿も垣間見える。'08.12.6
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▲簡易な電動ポイントもすべて自作品。そればかりかきちんと信号とも連動しているから驚き。'08.12.6
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▲桜谷軽便鉄道南山線線路図。桜谷駅には破線で示されている退避線がすでに新設されている。(桜谷軽便鉄道リーフレットより)

2001(平成13)年8月10日に開業したこの南山線は、両端の「桜谷駅」と「風の峠駅」に設けられた二つのループを複線が結ぶ大規模なもの。開業当初は非電化でしたが、その後電化(直流30V)され、現在では車輌工場まで備えた立派な“鉄道会社”といった完成度です。

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▲きらめくすすきを掻き分けるように尾小屋風キハ3が行く。ガソリン・エレクトリック(?)のためいっぱしのエンジン音も雰囲気を盛り上げる。'08.12.6
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おうかがいした当日は、妙見山から吹き下ろす風が思いのほか冷たいものの、名残の紅葉に囲まれたまたとない好天で、次々と姿を現す「草軽」や「尾小屋」に思わず時の経つのを忘れて興じてしまいました。

※桜谷軽便鉄道公式ホームページは→こちら

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▲京阪60形「びわこ」のカラーバリエーション(一部)。塗色の微妙な明度・彩度の差まで表現しているのには驚かされる。(『昭和電車絵巻 吊掛讃歌 第4集』より)
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毎回ご好評をいただいている片野正巳さんの『昭和電車絵巻 吊掛讃歌』の第4集がこのたび完成いたしました。「吊掛讃歌」は2002(平成14)年2月号から『RM MODELS』で連載を続けている人気企画で、本書はこの連載をベースに多くの描き下ろしを加えたスペシャル版となっています。

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▲戦後の自社設計による20m級4扉車として特筆される東武鉄道7800形(左)と7300形リニューアル車(右)。(『昭和電車絵巻 吊掛讃歌 第4集』より)
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第1集は京王帝都、京成、京浜急行と関東大手私鉄3社、第2集は東京急行、帝都高速度交通営団、大阪市交、阪神電鉄と東西私鉄の競演、そして第3集はがらっと趣を変えて院電・省電・旧型国電をフィーチャーいたしましたが、この第4集では再び個性的な東西私鉄の吊掛電車を片野さんならではの筆致でご紹介いたしております。

081215n001.jpg『昭和電車絵巻 吊掛讃歌 第4集』主な収録内容
■東武鉄道 デハ1形?デハ2形?デハ3形?クハ2形?クハユ1形?クハユ2形?デハ4形?デハ5形→デハ7形?クハ二2形?貴賓車500形?デハ10系?モハ7300形?クハ300形?モハ5300形?クハ500形?クハ340形?モハ5310形?5700系モハ5700?クハ700形、モハ5710?クハ710形?モハ7330形→モハ7800形ほか
■江ノ島電鉄 100形101?104号車?100形105号車?100形106?110号車?納涼電車111?112号?初代201?202号?300形301号編成?500形?300形304号編成?300形305号編成
■京阪電気鉄道 100形?200形?1000形→300形?半鋼製200形?1500形→500形?1550形→600形?貴賓車16号?1580形→700形?琵琶湖鉄道汽船100形→京阪800形?京津線30形?京津線50形?60形「びわこ」?1000形?1100形?1500形?250形?1300系

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▲江ノ電連接車の歴年。江ノ電の項では戦後の湘南海岸を彩った納涼電車112号の姿も再現されている。(『昭和電車絵巻 吊掛讃歌 第4集』より)
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本書では片野さんのCGイラストのみならず、ご自身の撮影による往時の写真、さらには高橋 弘さんの貴重な写真によるグラフも収録しており、年末年始ゆっくりと吊掛電車の時代に思いを馳せていただければと思います。

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▲各所に高橋 弘さん撮影の貴重な写真の数々がグラフとなって挿入されている。写真は昭和30年代初頭の京阪。(『昭和電車絵巻 吊掛讃歌 第4集』より)
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『昭和電車絵巻 吊掛讃歌4』
A4変形・100ページ
定価:2300円(税込)

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ペンタックスK-mを使う。

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▲APS?Cサイズに相当する撮像素子を搭載した有効1000万画素以上のデジタル一眼レフとしては最小のボディのペンタックスK-m。6kg/mレールと比べてもこの小ささ。
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10月下旬に新発売となったペンタックスのデジタル一眼レフ“K-m”をお借りして試用しています。「手ぶれ補正機能内蔵で、世界最小ボディ」が謳い文句のペンタックスK-mですが、実物を手にしてみると、その小ささに改めて驚かされます。ボディ本体は大きさ約122.5×91.5×67.5㎜に質量約525gと、フラッグシップ機のK20Dより3割ほど軽く、それでいて有効約1020万画素を実現しているのです。

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▲コンパクトなボディはそのまますっぽりと手の中に収まってしまう。装着しているレンズは“K-mレンズキット”のDA L18-55㎜F3.5-5.6AL。
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キャッチコピーに「ママ想いの世界最小」とあるように、デジタル一眼ビギナーの女性層をメインターゲットとしているだけあって、さまざまな配慮がされています。背面の操作ボタン類はコンパクトデジカメと同様に右手ワンタッチで操作できるように右サイドに集約されており、軍艦部の液晶パネルも思い切りよく廃して、すべての撮影情報を背面の液晶モニターに集中させています。心憎い配慮はメインスイッチ手前に位置する「?」マークの“ヘルプボタン”で、機械的作用のレンズ交換用ボタン以外、触ったすべてのボタン・スイッチ類の役目と使用方法を液晶モニター上で懇切丁寧に説明してくれます。言うなれば「取説」が内蔵されているわけです。

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あまりに小さく、かつ質量も軽いとあって、ハイエンド機を使い慣れた手には、最初は少々頼りなく感じられますが、ホールディング感は実に良く、一日持ち歩いているだけで充分手に馴染んできます。また、独自のボディ内蔵手ぶれ補正機構(SR=シェイクリダクション)とあいまって、試写中もかなりの低速シャッターでも安心して使うことが出来ました。
▲液晶モニターは2.7型TFT(約23万ドット)。ボディ本体が小さいため背面のかなりの面積を液晶モニターが占め、すべての撮影情報がこのモニターに集約されている。ただ、ライブビュー機能が省略されているのは残念。
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さてこのペンタックスK-m、電源はK20Dなどで用いられているリチウムイオン充電池ではなく単3電池4本です。一瞬、耐久性に不安を感じる方もおられるでしょうが、単3リチウムでの一般撮影(気温23℃)での撮影可能枚数は約1650枚(メーカー公表値)と充分です。それよりも私が単3電池と聞いて連想したのは海外での使用です。ご存知のようにコンセント形状は国によって異なっており、事前にリサーチしてアダプターを用意しても、いざ現地に着いてみると充電器が使えない…などという泣くに泣けない事態も起こりかねません。その点「単3」であれば、たとえ電気が来ていない場所であろうと、バザールに行けば間違いなく入手することができます。軽量・コンパクトなボディに1000万画素オーバーのクオリティ、そして単3電池電源と、海外へ持ってゆくには絶好の機種ではないでしょうか。

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▲大仰なプロユース一眼レフと違って、ショルダーバッグに入れて気軽に持ち出せるメガピクセル一眼がペンタックスK-m。名残の紅葉をバックに京阪石山坂本線を行く600形。'08.12.7 三井寺 (ペンタックスK-m/DA L18-55㎜F3.5-5.6AL)
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さらに白とびを抑えるダイナミックレンジの拡大、暗部のディテールを出すシャドー補正など、鉄道写真にもありがたい機能も盛り込まれています。しかも連続撮影はK20Dを凌ぐ約3.5コマ/秒。小ささとこれらの機能を活かして、鉄道撮影にも活躍してくれるに違いありません。
※メーカーの特設サイトは→こちら

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雪待ちの沼尻へ…。(下)

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▲夕日に照らされて沼尻のグレードがどこまでも続く。耕地整理で一部区間は判別がつかなくなってしまっているものの、路線の大半は道路や畦道となって辿ることができる。'08.12.10
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やきもきしながら降雪を待っている地元の皆さんには申しわけありませんが、訪問当日はコートなしでフィールドワークができるほどの気温。ご案内いただいた安倍なかさんの運転するジムニーは、普通自動車ではとても走破できそうもない軌道跡をぐんぐんと進んでゆきます。

081213n002.jpgさて、今回の目的のひとつは沼尻にお住まいの田中新一さんを訪ねることにあります。田中さんはもと日本硫黄の総務部長さん。1942(昭和17)年に日本硫黄に入社以来、一貫して財務・総務・労務畑で活躍され、会社倒産の際も矢面に立って並々ならぬご苦労をなさった方です。なおかつその後は散逸を防がれた膨大な会社資料を基に、自ら沼尻鉱山の歴史を後世に伝えるべく研究に取り組まれており、先ごろ総ページ500頁を超える日本硫黄史を上梓されています。この大冊、財務諸表はもとより取締役会議事録といった一次資料まで収録されており、沼尻鉱山開発前夜から会社清算にいたるまでの実に生々しい記録です。田中さんは上製本オフセット印刷のこの本を自費で極めて小部数製作され、地元の図書館や学校に寄贈されたそうで、その熱意には頭が下がる思いです。
▲各駅跡には猪苗代町による往年の写真入り駅名標が設置されており、廃線跡巡りの人たちの良い道しるべとなっている。'08.12.10
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▲旧沼尻駅構内には本屋(写真中央)と倉庫(左)が残されている。ただし駅本屋は移設されており、本来の位置とは異なっているので注意が必要。'08.12.10
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田中さんは“耶麻軌道”時代の申請書類や陳情書などの原本まで保管されており、これによってこれまで知られていなかった意外な事実も判明いたしました。ただ、青木栄一先生と遠路はるばる田中さんをお訪ねしたのは、一次資料を拝見するのが趣旨ではなく、これまで様々な憶測が乱れ飛んでいた日本硫黄、いや「磐梯急行電鉄」の廃止にいたる“真相”を伺いたかったからにほかなりません。

081213n004.jpg昭和20年代には“黄色いダイヤ”とまでもてはやされた天然硫黄ですが、昭和30年代に入って石油から脱硫装置で硫黄を取り出す技術が普及すると急速に市場価値を失い、硫黄鉱山そのものが存亡の危機に陥ります。沼尻ももちろん例外ではなく、田中さんご所蔵の一次資料でも、昭和30年代半ばにはすでに資金繰りの悪化による経営難が察せられます。
▲猪苗代町「緑の村」に保存されているDC121とボサハ12+ボサハ13。すでにシートを巻かれて“冬眠”の準備に入っていた。'08.12.10
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▲車輌は極めて状態良く保存されている。DC12とボサハ12の連結部(左)と協三工業で修復された際に再生された銘板(右)。'08.12.10
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081213n007.jpgそんな状況のなか、巨額の株式第三者割当を引き受け、さながら救世主のごとく経営に加わってきた東京の人物によって日本硫黄は、そして沼尻鉄道部は翻弄されてゆくことになります。いずれは電化して一大リゾート鉄道へ…と社名を「磐梯急行電鉄」に変更したのも同時期で、当時の生々しい取締役会議事録や組合との団交記録を目の当たりにすると、私たちの目には“のどかな軽便”にしか見えなかった沼尻鉄道が、どれほどの苦難に直面していたのかが痛いほど伝わってきます。田中さん自らの口から語られる会社清算の顛末は、最後のピンチを救ってくれる義侠心に溢れる公証人の登場など、まさに企業ドラマそのもの、いやそれ以上と言えましょう。
▲展示線のレールには1914年カーネギー製を示す陽刻が読み取れる。“40”とあるのは斤量(40ポンド=約18㎏/m)であろうか。沼尻が馬鉄から動力化した際に導入したレールと思われる。'08.12.10
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▲安倍なかさんらの呼びかけで、今では“沼尻軽便”を顕彰し、後世に伝えようとさまざまな取組みが行われている。350名もの参加を得て大好評だったウォーキングイベントと「沼尻軽便バス」の誕生を伝える本年9月29日付け『福島民報』。(「沼尻鉱山と軽便鉄道を語り継ぐ会」提供)
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RMライブラリー『日本硫黄沼尻鉄道部』下巻では、今回の現地調査も踏まえて補筆すべく、現在、青木先生が最後の手直しに入っておられます。上巻は今月下旬、下巻は来月1月下旬には全国の店頭に並ぶはずです。どうかお楽しみに…。

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雪待ちの沼尻へ…。(上)

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▲郡山で発車を待つ会津若松行き1211M「あいづライナー1号」。急行「ばんだい」で足しげく通った頃の郡山駅とはまったく別の駅のようで“今浦島”の気分。'08.12.10
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年末に発売となるRMライブラリー第113巻は青木栄一さんによる『日本硫黄沼尻鉄道部』です。およそ2年ぶりとなる軽便鉄道をテーマとしたライブラリーですが、後世に残したい写真・資料がふんだんに集まったこともあって、1月発売とあわせて上下巻2冊での刊行となります。

081212n002.jpg昨日、その沼尻へ青木先生と行ってまいりました。最終チェックの段階で、やはり現地を訪ねてお聞きせねばならない疑問点が生じたためで、地元・猪苗代町商工観光課におられる「沼尻鉱山と軽便鉄道を語り継ぐ会」事務局の安部なかさんに現地のコーディネートをお願いいたしました。
12月も中旬とあって、猪苗代は当然ながら雪景色と思って磐越西線に乗り込んだものの、雪の片鱗さえなく、辺りは晩秋の風情。安部さんのお話では、今年は例年になく雪が遅いそうで、クリスマスシーズンを前に、町内のスキー場は落ち着かない日々が続いているとのこと。しかも来年3月にはFISフリースタイルスキー世界選手権猪苗代大会が控えており、町役場もやきもきして雪待ちの毎日だそうです。
▲1983(昭和58)年に無人化された川桁駅は、今ではこんなささやかな駅舎となってしまった。「磐梯急行電鉄」接続駅だった賑わいは今いずこ。'08.12.10
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▲川桁駅前には3年ほど前に沼尻鉄道を顕彰する立派な碑が建てられた。後ろに見える由緒ありそうな建物はもとの「滝見屋旅館」で、沼尻を訪れた多くのファンがお世話になったという。立っておられるのは青木栄一先生。'08.12.10
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さて磐越西線の川桁と硫黄鉱山のある沼尻を結んでいた沼尻鉄道、正確には廃止時は「磐梯急行電鉄」は、今からちょうど40年前の1968(昭和43)年10月に会社倒産という悲運のなか運転を休止しました。交通体系の変化で惜しまれつつお別れ運転が行われるという一般的な廃止と違い、各方面にしこりを残した幕切れだっただけに、これまで地元では顧みられる機会は決して多くはなかったといいます。

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▲かつては鬱蒼とした森に囲まれていた会津下館駅跡。地元猪苗代町の手によって沿線各駅の跡地には駅名標が建てられている。'08.12.10
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そんななか、近年になって郷土の歴史の核をなした“沼尻軽便”をもう一度見直してみようという気運が生まれ、安部さんを中心にして地道な活動が始まりました。18キロの線路跡を歩くウォーキングイベントは今年で10回目を迎え、行政もその記録と記憶を後世に引き継ごうと、各駅跡に写真入りの駅名標を設置するなど、その伝承に乗り出しつつあります。

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▲木造の建造物が多かったこともあってか、途中に残された遺構は少ない。これは珍しく往時のままの状態を保っている会津下館駅の便所。妻面に大書された「WC」のペンキ書きも沼尻現役時代からのもの。'08.12.10
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081212n007.jpg「まずは線路跡を辿ってみましょう」と安部さんのご案内で川桁からスタート。かつては軽便とは思えないほど広い構内と荷役設備があった川桁駅ですが、今では人気もなく静まりかえっており、往時の活気を偲ぶ縁さえ見当たりません。3年前に建立されたという「沼尻軽便鉄道記念碑」だけがこの地に軽便鉄道があったことを伝えてくれています。
▲“雪隠”という言葉が思い浮かんでしまう昔ながらの便所。便器もなんと陶器製の年代モノ。'08.12.10
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川桁を出ると、往時から桜で有名だった観音寺川を渡り北を目指します。白津、内野としばらくは併用軌道となっていたはずで、路上だけに通常ならば駅跡を同定することさえ困難なはずですが、そこは町が設置してくれた駅名標で簡単にその位置を知ることができます。会津下館駅跡にはかろうじて木造の便所が残されていますが、この建物も原形を崩さないように修復を重ねてきているとのことで、地元の皆さんのひたむきな努力あってこその歴史の継承と言えましょう。

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近鉄新特急車22600系を発表。

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▲今日発表された22600系ACEの完成予想図。“高水準の快適車内空間を実現し、近鉄特急ブランドを継承・進化させます”とのこと。(近畿日本鉄道提供)
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本日、近畿日本鉄道から「アーバンライナー・ネクスト」導入(2003年)以来6年ぶりとなる新型特急車輌「22600系ACE(エース)」が発表となりました。

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▲その室内。座席間隔や背もたれ高を拡大したプライベート感を重視したものとなっている。(近畿日本鉄道提供)
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081211n003.jpg近鉄の発表では、この特急車輌は、特に車内の快適性にこだわり、座席間隔や背もたれ高を拡大したプライベート感のあるシート、落ち着きと高級感を意識したインテリアデザイン、同社初となる温水洗浄便座の導入やコンセントの設置、分煙強化など高水準の快適空間を実現する予定だそうです。一方、外観は、伝統的な近鉄特急のイメージカラーを踏襲しつつ、丸みを帯びた凹凸のない形状で、滑らかさとスピード感を強調したものとなります。
▲分煙化を図るために1号車には喫煙室が設けられる。(近畿日本鉄道提供)
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この22600系ACEは、特定の路線ではなく、広く各路線に運用されるもので、これからの近鉄特急サービスのスタンダードとなる特急車輌と位置付けられています。まずは来年4月1日に10輌が先行導入され、平成22年度中にはさらに22輌を導入、その後も逐次旧型特急車輌との入れ替えが進められる予定とのことです。

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▲22600系ACEの車内レイアウト。4輌編成と2輌編成の2種類が誕生する。(近畿日本鉄道提供)
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1:名称 「22600系ACE(エース)」
※現在の汎用特急車輌「22000系」の愛称「ACE」を踏襲。
2:導入時期 平成21年4月1日
3:運用路線 特定の路線ではなく、広く各路線に運用。
4:新造輌数 4輌編成×2編成、2輌編成×1編成 計10輌
5:建造費 約19億円(10輌分)

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▲秋の夕日に…♪ 思わず懐かしい童謡を口ずさんでしまいそうなシグナス森林鉄道の夕暮れ。最終列車がトコトコと起点ベガ駅を目指して帰ってゆく。'08.12.6
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念願かなって乗車することができたシグナス森林鉄道ですが、“遊園地鉄道”の枠を超えて、いろいろな面で感心することしきりでした。整地すれば解決できそうな地形に、わざわざラック区間を設けるこだわりようもさることながら、小さな車輌にぎっしりと詰まったアイデアには惜しみない拍手を贈りたいと思います。

081209n006.jpg聞けばこのプロジェクトの発端となったのは、同じ能勢電鉄沿線で素晴らしい庭園鉄道を展開されている持元節夫さんの「桜谷軽便鉄道」だったのだそうです。本誌をはじめテレビ・新聞等で「桜谷軽便」が大きく取り上げられるにつけ、能勢電鉄の皆さんも専門知識を活かして自らの15インチ鉄道を創設しようと取り組まれたというわけです。

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▲機関車・客車ともに全長1600㎜と両手を伸ばせば届いてしまうほど小さい。それでも1編成で機関車2名、客車4名×2輌、合計10名の大人を運ぶことができる。'08.12.6
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能勢電鉄平野工場の電気・機械の専門スタッフが分担して計画を練り、バッテリー式の機関車の駆動装置には系列ゴルフ場で使用されていたモノレール型ゴルフカートのモーター、電磁ブレーキ、バッテリーなどを流用するなど、リサイクルにも配慮されています。

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▲各所に能勢電の廃車発生品が流用されている運転室回り(左)。動力源でもあるバッテリーは4基。ボンネットのほかキャブ床下にも収納されている(右)。'08.12.6
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▲社紋(?)は箕面有馬電気軌道の唐草模様をモチーフとしたもの(左)。検査標記には平野工場製造の文字が見られる(右)。'08.12.6
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さらにボンネット内に収められた主抵抗器は廃車となった1000系の発生品を再利用、ブレーキハンドルにいたっては単車時代の61号で使用されていた由緒正しき逸品を活用するなど、いたるところに能勢電を愛するプロならではの心憎い演出がなされています。

081210n006.jpg客車(M車)の木製車体ももちろん手作りで、制輪子はこれまた能勢電発生品を小さく切って再利用しているそうです。機関車キャブ側面に付けられた“シグナス森林鉄道”の社紋(?)はよくよく見ると箕面有馬電気軌道の由緒ある唐草模様の社紋を模したもので、こんなところにも遊び心が活きていて、見ていてほのぼのとした気持ちにさせられます。
▲アルタイル駅で発車を待つ。客車はオープンタイプのため、荒天の場合は運行を見合わせるという。'08.12.6
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▲シグナス森林鉄道車輌主要諸元表。(本誌2001年9月号より)
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▲フォトストップを終えてアルタイル駅を発車する列車。身を屈めるように乗り込むと大人も子どもも皆が笑顔になる。'08.12.6
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なおこのシグナス森林鉄道、アクセスの妙見ケーブルともどもすでに冬季運休に入っており、再びその愛らしい走行シーンを目にできるのは来年の行楽シーズンということになります。

※このシグナス森林鉄道のプレオープンは2001年5月で、今年で「8年目」となります。「7年目」と記してしまいましたが、昨日の表題とともに訂正させていただきます。

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▲晩秋の妙見山麓をゆく“シグナス森林鉄道”。敷設から8年目を迎え、新設軌道もすっかり周囲の自然にとけ込んで素晴らしい雰囲気を醸し出している。'08.12.6
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かねてより機会があれば一度訪ねてみたいと思っていたのが、妙見山の山麓にあるという“シグナス森林鉄道”です。森林鉄道といっても、もちろん本来的な意味での“林鉄”ではなく、地元の能勢電鉄が運営するいわば遊覧鉄道ですが、途中には何とラック区間も設定されており、あなどりがたい魅力溢れるミニ鉄道です。

081209n003.jpg今回ご案内いただいたのはRMライブラリー『能勢電むかしばなし』の著者でもある髙間恒雄さん。このシグナス森林鉄道についても、“開業”直前の本誌2001(平成13)年9月号誌上で詳細なレポートをお書きいただいているだけに、願ってもない案内役です。訪れたのは今年の運行最後となる先週土曜日。うれしいことに周囲の山々にはまだ色鮮やかな紅葉が残り、好天にも恵まれて“森林鉄道”を堪能することができました。
▲終端ループ線“アルタイル”駅を目指す。紅葉の谷を渡る風が心地よい。'08.12.6
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▲起点ベガ駅を発車する列車。すぐに最急勾配のラック区間に入る。画面手前にラック軌条のエントランス部が見える。'08.12.6
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▲起点ベガ駅の駅名標(左)と、リッゲンバッハ式を模したラック軌道部(右)。エントランス部はバネにより上下動するようになっている。'08.12.6
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“シグナス”とは「はくちょう座」の学名。「妙見」が古来「北極星」をさすことから、星に由来した名前を…ということで夏の星座「はくちょう座」を名乗ることとなったのだそうです。ちなみに起点駅は「ベガ」、終端ループ駅は「アルタイル」とこちらも七夕伝説にちなんだ名称となっています。

myokenmap1n.jpgこのシグナス森林鉄道は能勢電鉄が自ら敷設したもので、なんと車輌も自社平野工場で“自作”されています。ゲージは15インチ、つまり381㎜。機関車が2輌の客車を牽引するかのように見えますが、実は被牽引車に見える客車にもモーターが仕込まれており、いわばMc+M+Mの全動力車3輌編成となっています。線型は起点(ベガ駅)側と終端(アルタイル)側にそれぞれループ線を持つ延長340m(両ループ間の直線延長113m)で、特筆すべきはその勾配の厳しさです。直線区間の勾配が能勢電の最急勾配に匹敵する40‰、始発のベガ駅を出て直線区間に至るまでは何と最大138‰という信じ難い勾配となっているのです。
▲妙見山案内図。シグナス森林鉄道の乗り場(ベガ駅)は妙見ケーブル山上駅からリフト乗り場へゆく途中、クッキングセンターの横に位置する。(能勢電鉄リーフレットより)
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▲終端アルタイル駅のループ線。まるで模型のような急曲線を描く。ちなみにこのアルタイル駅ではフォトストップが設定されており、この日も親子連れが記念撮影に興じていた。'08.12.6
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そしてこの勾配を克服するために導入されたのがリッゲンバッハ式を模したラック軌条です。機関車の第2軸にはこのラックレール用のピニオンギアが取り付けられており、エントランス部ではカタカタとピニオンギアがラックを噛む音も耳にすることができます。かつて「りんどう湖ファミリー牧場」のラック式鉄道をご紹介したことがありますが(アーカイブ「知られざるアプト式鉄道」参照)、ここにもささやかながらラック式は“現役”なのです。

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▲30000系2輌編成は全3編成が小手指車両基地に集結し、現在、各種試験を行なっている。'08.12.5 小手指車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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本日午後、西武鉄道小手指車両基地で同社の30000系2輌編成32101Fの報道公開が行なわれましたので、さっそくその様子をお目にかけることにいたしましょう。

081205n002.jpg“スマイルトレイン”として親しまれている西武鉄道30000系はこれまでに8輌編成5本が落成し、池袋線系統および新宿線系統で営業運転を行なっていますが、今回登場したのはその2輌編成バージョンです。新2000系2輌編成の製造以降、久しぶりに西武線に2輌編成が登場したことになります。基本的には8輌編成を踏襲していますが、外観上の大きな特徴はなんといっても飯能方先頭車にシングルアーム式パンタグラフが搭載されていることでしょう。親しみのある卵形の顔にシングルアームパンタはなんともトイ・トレインのようで、ファンのみならず今後は親子連れの人気も博しそうです。
▲パンタグラフを搭載した飯能側先頭車32101の正面。なお、正面のブルーとグリーンのグラデーションのグリーン部分が多少拡大している。'08.12.5 小手指車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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▲32101+32201の2連。飯能側の先頭車がパンタグラフの設置されている車輌である。'08.12.5 小手指車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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この30000系2輌編成は、日立製作所笠戸工場で製造され、去る10月26日に西武線内に到着、現在、試運転を繰り返しており、今後、順次営業運転に充当されるとのことです。

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▲客室内。袖仕切りや吊り手をはじめ、車内のデザインも各所に卵形のモチーフが多用されている。'08.12.5 小手指車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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▲32101の運転席後方には車椅子の設置スペースが設けられている(左)。右は32101の貫通扉で、よく見ると卵の模様のうちひとつは“孵化”の絵柄となっている。心憎い遊び心といえよう。'08.12.5 小手指車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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※明日より出張のため、お楽しみいただいている「編集長敬白」は8日まで休載とさせていただきます。9日より再開いたしますので、あしからずご了承ください。

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名鉄1700系12月27日デビュー。

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▲12月27日ダイヤ改正からデビューする1700系。塗装の変更に加え、1600系時代の自動幌や自動解結装置、愛称表示器の撤去、スカートの形状も変更され、大きくイメージが変わった。’08.12.2 舞木定期検査場 P:RM(高橋一嘉)
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「パノラマカー」の引退が大きく注目されている12月27日の名鉄ダイヤ改正ですが、最大の変更点は特急列車の運転形態の変更です。それに合わせてデビューする1700系が完成し、先日報道公開されました。

081204n000.jpgすでにご存知の通り、この車輌は在来の特急車である1600系を改造したものです。1600系は1999(平成11)年、当時津島線-西尾線系統の特急用として残っていた7000系白帯車の置き換え用としてデビューしたもので、全車特別車の3輌編成(名鉄岐阜←Mc-T-Tc→豊橋)4本が在籍しましたが、名鉄が進める「特急政策の変更」により、2000系“ミュースカイ”以外の特急車輌は特別車と一般車を連結した「一部特別車編成」に統一されることになり、全車特別車の1600系は今年6月28日ダイヤ改正で一旦運用を離脱していました。

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▲登場時の1600系。写真先頭のTc車は今回廃車となり、台車は新造のT2車2400形に転用されている。’99.4.27 豊明検査場 P:RM
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▲一般車2300系側から見る(左)。これまでの2200系一般車に準じたもので、行先・種別表示がLCDからフルカラーLEDに変更されている。右はパンタグラフが撤去された2号車の1650形。扉上にあった号車表示はマグサインからシールに変更されている。’08.12.2 舞木定期検査場 P:RM(高橋一嘉)
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▲特別車の客室内。四隅にあった一人掛けの腰掛はT車の1ヶ所(車椅子対応)を残して撤去され、荷物置場(写真左下)が新設されている。’08.12.2 舞木定期検査場 P:RM(高橋一嘉)
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081204n005.2.jpg今回の改造工事は1600系の豊橋方のTc車を廃車、名鉄岐阜方のMc-Tを方向転換して豊橋向きとしたうえで、岐阜方に新造の一般席車2300系4輌を連結するというもの。車内は客室内に荷物置き場が新設されたほか、T車デッキの自動販売機が撤去されているのが目立つ変更点です。なお、系列名は変わったものの、車号は1600系時代と変わりありません。また、新造の2300系は一部機器が1600系から再利用されているものの、基本的には2200系2次車の一般席車に準じたもので、形式は同一、車号のみ30番代に区分されています。

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▲一般車の車内。2200系2次車と同一で、2+1列の転換クロスシートとロングシートが交互に配置されている。’08.12.2 舞木定期検査場 P:RM(高橋一嘉)
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なお、「特急政策の変更」の仕上げとなる12月27日ダイヤ改正では、全車特別車の2000系使用の列車が特急・快速特急から分離され新種別「ミュースカイ」となり、特急・快速特急は乗車券だけでも乗車できる一部特別車編成による列車の種別となります。また、これに合わせて1000系の全車特別車編成による運用が消滅することとなります。

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▲誕生直後のEF510形1号機。まだ側面の“RED THUNDER”のロゴはない。なお、2号機以降は細部に設計変更が施されている。P:RM

昨日、JR東日本から同社が現在使用しているEF81形置き換え用として、EF510形15輌を新製すると発表がありました。言うまでもなくEF510形はJR貨物が2001(平成13)年に1号機を完成させた3電源方式の交直流電気機関車で、当初からEF81形の置き換え用として開発されたものです。現在、全機13輌が富山機関区に集中配置されており、大阪(タ)~青森(信)間で運用されています。

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▲今朝の“レッドサンダー”はトップナンバー。しかも女性運転士さんでした。'08.11.6撮影 奥羽本線大館―白沢 菅原 修さん(秋田県) 「今日の一枚」より

EF510形はもともとEF210形の交直流版として日本海縦貫線での使用を想定して開発されただけに、耐寒・耐雪機能の強化も施されており、JR東日本はそのポテンシャルに注目して、会社を超えて自社のEF81形置き換えに起用することとなったものです。

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▲在来のEF81とEF510との比較。なお、JR東日本としては発足以来初めての電気機関車の新製となる。(JR東日本プレスリリースより)
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新製輌数は15輌。2010(平成22)年春以降に使用を開始する予定だそうで、現在田端運転所のEF81が受け持っている寝台特急「カシオペア」や「北斗星」などもこの時点でEF510形に置き換えられると予想されます。JR貨物所属機は赤色を基調とした車体の裾部に白帯、下回りがグレーといったいでたちで、JRFのロゴとともに愛称であるエコパワー“RED THUNDER”のレタリングが入れられていますが、新たに登場するJR東日本機は当然これとは別デザインとなるものと思われ、果たしてどんな意匠となるのか今から楽しみでなりません。

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竹中泰彦さんの本とビデオ。

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慶應義塾大学鉄研OBで、昭和20年代からスチルとムービーで主に私鉄を撮影してこられた竹中泰彦さんの作品集が、Models IMONからあいついで発売されました。いずれも私鉄ファンのみならず多くの皆さんにご覧に入れたい素晴らしい作品集ですので、今日はそのアウトラインをご紹介してみることにいたしましょう。

081202n002.jpgまず上梓されたのが『私鉄の風景』と銘打たれた立派な写真集です。A4判正寸144ページのこの写真集は、東は釧路臨港鉄道から西は淡路交通まで、規模の大小に限らず昭和30年前後の私鉄と専用線の情景をまとめたもので、収録写真枚数は実に230枚あまり。「モノクロ写真集」と控えめに表現されてはいますが、ダブルトーン印刷を用いたたいへん贅沢な作りとなっています。
▲夏の日の二子玉川園駅に到着した200形の「直通プールゆき」。隣には旧塗色時代の80形91号の姿も見える。(『私鉄の風景』より)
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「首都圏ではカルダン車が登場する直前で戦前からの電車が数多く残り、各地で森林鉄道が現役、ローカル私鉄では 明治期の客車・機関車が残っていた時代」と出版案内に謳われていますが、改めて本書を開いてみると、昭和30年前後の私鉄・専用線がどれほど心ときめくものだったかが実感として知れます。寿都鉄道では8100転入以前の7205が煙を上げ、東武鉄道伊香保軌道線では榛名山をバックにトロリーポールの単車が快走し、かたや東京では「直通プールゆき」の方向板を掲げた新製間もない東急玉川線200形が子どもたちの歓声に包まれる…しかもムービーの心得のある竹中さんのカメラアイは、単なる車輌写真にとどまらず情景の中に“時代”を写しとっておられ、思わず見入ってしまいます。

081202n003.jpg『私鉄の風景』収録路線
雄別炭礦鉄道/釧路臨港鉄道/日曹炭礦/日本甜菜製糖/雄別炭礦尺別鉄道/三菱上芦別専用線/上芦別森林鉄道/三井芦別鉄道/美唄鉄道/定山渓鉄道/運輸工業/札幌市電/寿都鉄道/東急電鉄/営団地下鉄/小田急電鉄/京王帝都電鉄/京浜急行/西武鉄道/東武鉄道/埼玉県営砂利/京成電鉄/新京成電鉄/相模鉄道/草軽電鉄/王滝森林鉄道/東武鉄道伊香保軌道線/江戸川改修工事/花見川開削工事/産業用機関車/江ノ電/東京都電/川崎市電/横浜市電/常総筑波・常総線/鹿島参宮・龍ヶ崎線/鹿島参宮・鉾田線/茨城交通湊線/小湊鉄道/日本ニッケル鉄道/東野鉄道/駿豆鉄道/名古屋鉄道/阪急電鉄/能勢電鉄/野上電鉄/淡路交通/番外
写真集『私鉄の風景』
2,980円(税込)

▲草軽電鉄のページから。草軽、王滝森林鉄道、それに伊香保軌道線にはそれぞれ10ページ以上があてがわれており、竹中さんの入れ込み様が伺える。(『私鉄の風景』より)
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そして、この写真集に続いて竹中泰彦映像集「昭和30年代の鉄道」としてDVDが発売となりました。こちらは私鉄に限らず国鉄線の貴重な動画もふんだんに収録されています。すでにパート1は発売となっており、引き続き今月中にはパート2がリリースされる予定だそうです。

081202n004.jpg竹中泰彦映像集「昭和30年代の鉄道」パート1チャプターリスト
①上野昭和34年春/②扇町三井埠頭・浅野日本鋼管/③常磐線佐貫/④高島C56・浅野日本鋼管/⑤日暮里・五反野・松戸C62「はつかり」/⑥東横線都立大学駅立体交差化工事/⑦常磐線天王台・日立/⑧京成高砂・東中山、東横線都立大学、四ッ谷/⑨中央本線甲府駅/⑩山梨交通/⑪東武鉄道葛生/⑫草軽電鉄
映像時間:55分 発売中/3780円(税込)
▲農林省所管の花見川(千葉)開削工事軌道(昭和29年)。森林鉄道はもとより、江戸川改修工事や埼玉県営砂利軌道といった産業用軌道も丹念に記録されているのには脱帽するばかり。(『私鉄の風景』より)
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竹中泰彦映像集「昭和30年代の鉄道」パート2チャプターリスト
①仙北鉄道/②奥羽鉄道/③淡路交通/④磐越西線・東北本線 奥中山/⑤碓氷峠ED42/⑥山形C51・仙山線ED14・仙台市電/⑦秋保鉄道/⑧鹿島参宮鉄道 鉾田線/⑨日本ニッケル鉄道
映像時間:59分 12月発売予定/予価3780円(税込)

秋保電気鉄道、山梨交通、淡路交通といった残された映像が少ない路線も収録されており、これまた必見です。写真集、DVDともに発売は首都圏に5店舗を構える模型店Models IMON。先日は池袋店にレンタルレイアウトをオープンした(→こちら)ばかりで、モデルショップ、メーカーとしてばかりでなく、こういったメディアミックスへの今後の展開も注目されます。

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名残のEF55を見送る。(下)

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▲水上の転車台で方向転換を済ませたEF55。電気機関車としては異例中の異例=転車台やデルタ線を必要とするEF55ならではのシーン。'08.11.29 水上
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今回の試運転で大きな見所だったのが水上駅転車台でのEF55の方転です。1エンド側が流線型、2エンド側が切妻となっていて2C+C1という特異な軸配置のEF55にとって、生まれながらの最大のウィークポイントは転向せねばならないことです。

081130n013もちろん2エンド側にも最低限の運転装置は備えられており、本誌今月号では田部井康修さんが逆行運転で高崎線をゆく現役時代の写真を発表してくださっていますが、これは例外中の例外、基本的にはいちいち方転をする必要があります。国鉄工作局編集の『車両の80年』(1952年)でも「前位後位を決定されている為終端駅で転車台にかけねばならぬ点、前部連結器が隠顕式であるなど」「性能良好ならず、且つ取扱が不便」とさんざんな評価です。しかし、趣味的には電気機関車の方転を目にできるのはまさに千載一遇の機会で、沿線での撮影を早めに切り上げて水上の転車台へと急ぎました。
▲磨き抜かれた側面にナンバープレートと製造銘板が光る。その光沢たるやさながら工芸品。'08.11.29 水上
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▲1エンド運転台を使って逆行してきたEF55(左)は転車台に載ると方向転換前にパンタグラフを下ろし、その後、転車台が回転する(右)。→下記動画参照'08.11.29 水上
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ef55_for_blog.jpg旧水上機関区跡にぽつんと残された転車台は、今ではD51 498の運転には欠かせない設備となっており、なおかつ嬉しいことに周囲に見学用のスペースが設けられています。ホームで客車から切り離されたEF55は一旦引き上げ線に入ったのち、後進で転車台へ。蒸気機関車であれば転車台に載りさえすればそのまま回転するのですが、EF55の場合は一度パンタグラフを下ろすという“儀式”が欠かせません。そして転向後ふたたびパンタグラフを上昇…こんなシーンを手にとるように目の前で見られるとは何とありがたいことでしょうか。
今回はハンディカムで動画も撮影しましたので、「今日の一枚 The Movie」でその一部始終をご覧いただけます。ぜひご覧ください。
▲パンタグラフを畳んで方向転換中EF55。'08.11.29 水上
※上の画像をクリックすると動画のアーカイブにリンクします。その後、再生ボタンをクリックしてご覧ください。
再生時間=6分26秒
音声付ですのでクリックする前に周囲の環境にご配慮ください。

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▲とっぷりと暮れた上越線を一路高崎へと急ぐ試9734レ。旧型客車の車窓から漏れる車内灯の光が瞼に沁みる…。'08.11.29 渋川-八木原(試9734レ)
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さて、EF55の今後の運転予定をおさらいしておきましょう。
○快速〈EL奥利根〉 12系6輌(全車指定席) 
 12月6日運転
 上野8:00→大宮8:27→高崎9:58→渋川10:58→沼田11:32→水上12:00
 ※上野→水上 EF55+EF64牽引
 水上15:20→沼田15:52→渋川16:45→高崎17:34→大宮18:53→上野19:19
 ※水上→高崎 EF55+EF64牽引  高崎→上野 EF64牽引
○快速〈さよならEF55みなかみ〉 EF55+12系6輌(全車指定席) 
 12月13・14日運転
 高崎9:58→新前橋10:13→渋川10:58→沼田11:32→水上12:00
 水上15:20→沼田15:52→渋川16:45→新前橋17:05→高崎17:16
○快速〈EF55碓氷〉 EF55+12系6輌(全車指定席)+DD51
 12月27・28日、1月10~12日運転
 高崎10:36→安中10:52→磯部11:03→横川11:18
○快速〈さよならEF55碓氷〉 EF55+12系6輌(全車指定席)+EF64
 1月17日運転
 上野8:00→大宮8:27→高崎9:58→安中10:14→横川10:36
○快速〈さよならEF55横川〉 EF55+12系6輌(全車指定席)+DD51
 1月18日運転 
 高崎10:36→横川11:18
水上駅の転車台での方転シーンを見られるのは12月13・14日に運転される快速〈さよならEF55みなかみ〉が最後ということになります。

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レイル・マガジン

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