鉄道ホビダス

2008年6月アーカイブ

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▲昨日のトップ写真とほぼ同位置の現在。阪神本線との連絡線(右奥への分岐)付近には踏切が設けられている。'08.4 P:古村 誠
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懐かしさもあって、その後も何回かこの武庫川線界隈を訪れていますが、1984(昭和59)年に州先ー武庫川団地間が延長されるまでは、かなりの区間で専用線時代の面影がそのまま残されていたと思います。

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▲北側の廃線跡から武庫川駅方向をのぞむ。架線柱は引き上げ線部分で途切れているのが遠望できる。現在この土地は看板のように阪神電気鉄道土地経営部の管理下に置かれている。'08.4 P:古村 誠
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甲子園口から武庫川への線路敷は全区間阪神が買い取ったと聞いており、ところどころに看板がありましたが、フェンスができたのは最近のことで、それまでは線路跡には自由に入れました。敷地間際まで文化住宅がたて込んでいていた場所もあり、格好の洗濯物干し場となっていたものです。

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▲堤防下の軌道跡の一部は団地の駐車場に転用されたりしてはいるものの、かなりの区間が右の写真のように“いかにも”な雰囲気で残されている。'08.4 P:古村 誠
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1995年の阪神淡路大震災で被災したのちの復興の一環で沿線が整備され、廃線跡に住宅が建設されたりして徐々に見つけにくくなっていますが、現在でもまだまだ跡をたどることは可能です。 本年4月に訪れた時も、阪神武庫川線は相変わらず時間が停まったかのようにゆったりと走っていました。

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▲すっかり近代的な通勤駅となった現在の武庫川線武庫川駅ホーム。しかし今でも営業距離わずか1.7kmのミニ路線ならではの魅力が随所に見られる。'08.4 P:古村 誠
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蛇足になりますが、武庫川の隣の阪神甲子園駅はホームの構造など当時とほとんど変わっておらず、行くたびに懐かしく思います。また関西にはこの阪神武庫川線のほか、阪急嵐山線、南海本線(汐見橋駅)など味のある路線が残っており、今ではそれらを訪れるのが楽しみのひとつとなっています。

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▲終点洲先からしばらく行くと甲子園浜に出る。埋め立て前の甲子園浜は夏ともなれば多くの若者で賑わっていた。この日も少女たちが無邪気に遊んでいた。1979年夏 P:古村 誠

古村さんありがとうございました。正直なところ、私は阪神武庫川線を訪れたのはこれまで一度きり、しかも武庫川団地付近にお住まいの著者の方を訪ねてアクセス手段として利用したに過ぎず、ほとんど記憶に残っていません。それだけに逆に幼い日々を過ごした武庫川線への思いがひしひしと伝わってくるお便りで、こういった思いこそが趣味の原点なんだなぁと、改めて感じ入った次第です。皆さんの“原点”はどこにありますか…。

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▲“わんぱく”を絵に描いたような子供たちの遊び場と化していた武庫川駅専用線方構内。三線軌条だった左側の線には三線分岐の痕跡が残る。1979年夏 P:古村 誠

先週の「43年前の武庫川線と武庫川車輌」をご覧になった茨城県にお住まいの古村 誠さんから、「武庫川線アンソロジー」と題したお便りを頂戴いたしましたので、まるで予知しておられたかのような最新のレポートも交え、今日と明日の2回にわたってお目にかけることにいたしましょう。では、まず古村さんのお便りから…。

080629n2.jpg武庫川線を取り上げた「編集長敬白」たいへん懐かしく拝見しました。と申しますのも、私は親の仕事の関係で、幼稚園年中組だった1962(昭和37)年から翌63年にかけて上甲子園(阪神国道線と浜甲子園線の分岐点のすぐ近く)、63年から1966(昭和41)年にかけて甲子園口に住んでいて、国鉄西宮から甲子園口を経て武庫川沿いに河口まで続く廃線跡と阪神武庫川線、それに阪神国道線には無量の愛着があります。同地を去ってからもこれまでにも数回訪れ、直近ではこの4月にも訪れたばかりです。
▲武庫川団地前駅ができる前のこの頃、洲先駅から先にはまだ三線軌条が残されていた。1979年夏 P:古村 誠
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▲武庫川駅を武庫川の堤防上から覗く。当時はまだ阪神本線武庫川駅とは構内連絡しておらず、一度改札外に出て乗り換えねばならなかった。1979年夏 P:古村 誠
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1964(昭和39)年といえば東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開業した年です。我が家には初めて自家用車(700ccのパブリカ)が来て、ドライブに連れて行ってもらいました。ガソリンはリッター50円程度だったと記憶しています。当時は廃工場や防空壕跡など“トワイライト”なものがまだ多く残っていましたが、その中でもこの廃線跡は気になる存在でした。

080629n5.jpg私が住んでいた頃、国鉄緩行線は旧型3扉車で、モーター音を唸らせて走っていました。その当時、この武庫川沿いに続く線路は、もとは西宮で東海道線から分岐していたと聞きました。私が小学1~2年の頃、甲子園口駅に緩行の折り返し線を増設した際、下りの列車線を南にずらすのにその跡を使用したと聞いており、私が意識した頃には西宮-甲子園口間の痕跡はなく、甲子園口から武庫川沿いに線路跡が残っていました。

▲海が近いことを思わせる松林の中を続く軌道跡。1979年夏 P:古村 誠
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▲かつては武庫大橋で国道線(野田~東神戸間26.0km)とも連絡していた。写真はさらにその先、北大阪線(野田-天神橋筋六丁目間4.3km/1975年廃止)を行く31形34号。P:古村 誠
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時は過ぎて1979(昭和54)年の夏休み、鉄研仲間でもあった親友が郷里の広島から東京まで車で戻るのに同乗させてもらったとき、再びこの廃線跡を訪ねました。武庫大橋の駅はもう残っていませんでしたが、線路跡は大方が残っておりました。武庫川駅~洲先間の営業線も時代から取り残されたようにゆったりと走っていたのが記憶に残っています。この時点では、まだ武庫川団地前駅は開業しておらず、洲先から先は廃線跡のままで、その区間にデュアルゲージの線路が残っていました。

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書泉グランデでサイン会。

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今日は昼過ぎから東京・神田神保町の「書泉グランデ」6階で、書籍『編集長敬白』出版記念のサイン会(!)が開催されました。常日頃たいへんお世話になっている書泉グランデさんからのお誘いだけに、面はゆい思いながらお引き受けしたものの、どなたもお出でにならず閑古鳥だったら…と一抹の不安がよぎっていたのも正直なところです。
▲ありがたいことに14時のオープン前にはすでに20名を超える方がお並びいただいた。ただただ感謝…。'08.6.28

ところが時間になってびっくり。整理券を手にした方が20人以上も並んでおられるではないですか。他のジャンル、ことに文芸書とは違って、この世界では著者のサインさえ「書き込み有り」と古書価値さえ下げかねないだけに、これには逆に私本人が驚くやら嬉しいやら。お一人ずつお名前をお聞きして書き込ませていただきましたが、なかには編集部宛にお送りいただいた写真を「編集長敬白」で使わせていただいた方も複数おられ、これまた感動的な初対面となりました。

080628n31.jpgもうひとつ驚かされ、そして励まされたのがナローゲージ・ファンの方が予想以上に多かったことです。これまでのページビューの動向からすると、ナローもの、特に海外のナロー関係などは途端にページビューが落ちてしまい、個人的には非常に残念な思いをしてきました。ところが今日お集まりいただいた皆さんはかなりの確率でそんな記事にも、いやそんな記事にこそシンパシーを感じられ、熱い声援を送ってくださいました。
▲限られた時間ながら、お一人ずつ趣味対象などをうかがうこともできた。'08.6.28
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さらには今週ご紹介した武庫川線と武庫川車輌のような“トワイライトゾ?ン”にも、「あれは良かったですね」とお声掛けくださる方もおられ、期せずしてこちらが活力をもらうサイン会となりました。
お集まりいただいた多くの皆さんにもう一度あつくお礼申し上げます。

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▲全国の書店の皆さんのご協力にも感謝感謝! 左は有隣堂AKIBA店店頭での圧倒的な大展開(来月20日まで)、右は大阪のブックファースト梅田店での心温まる手作りのPOP。P:久保田 大

さて、実は来月7月17日(木曜日)夜には、今度はジュンク堂書店池袋本店で、『編集長敬白』出版+RM300号達成記念として広田尚敬さんとのトークセッション(下記フライヤー参照)を行います。会場は4階の喫茶ルームですが、スペースの関係から40名様限定での開催です。料金はドリンク付きで1000円となりますが、それ以上のお土産を用意いたしておりますので、ぜひご参加ください。ただし、ネットでのお申し込みはできず、同店案内カウンターに直接お申し込みになるか、電話での予約となりますのでご注意ください。

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■重点販売ご協力書店 (※全国の書店でお求めいただけますが、ことに下記書店では面展開で重点販売していただいております。)
札幌市/コーチャンフォー美しが丘店、紀伊國屋書店札幌本店、丸善札幌アリオ店、コーチャンフォーミュンヘン大橋店 盛岡市/ジュンク堂書店盛岡店 仙台市/ジュンク堂書店仙台店 秋田市/ジュンク堂書店秋田店 いわき市/鹿島ブックセンター ひたちなか市/ささもと書店 宇都宮市/喜久屋書店宇都宮店 下野市/うさぎや自治医大店 前橋市/戸田書店前橋本店 さいたま市/アシーネ東大宮店 習志野市/丸善津田沼店 千葉市/文教堂書店都賀店 船橋市/ときわ書房本店 国立市/増田書店 渋谷区/啓文堂書店渋谷店 新宿区/紀伊國屋書店新宿本店、ジュンク堂書店新宿店 千代田区/丸善丸の内本店、栄松堂書店東京駅一番街店、有隣堂ヨドバシAKIBA店、書泉グランデ 台東区/明正堂アトレ上野店 豊島区/リブロ池袋本店、ジュンク堂書店池袋本店 町田市/久美堂小田急町田店、啓文堂書店鶴川店 調布市/書原つつじヶ丘店、真光書店本店 武蔵野市/啓文堂書店吉祥寺店 立川市/オリオン書房立川北口店 綾瀬市/文教堂書店海老名第一支店 横浜市/栄松堂書店相鉄ジョイナス店、有隣堂本店 厚木市/有隣堂厚木店 川崎市/丸善ラゾーナ川崎店 相模原市/啓文堂書店相模原店、啓文堂書店小田急相模原店 新潟市/本の店英進堂、ジュンク堂書店新潟店、紀伊國屋書店新潟店 甲府市/朗月堂本店 長野市/平安堂長野店 大垣市/いまじん大垣店 一宮市/カルコス一宮店 豊橋市/精文館書店本店 名古屋市/三省堂書店名古屋テルミナ店 名古屋市/三省堂書店名古屋高島屋店、星野書店近鉄パッセ店、未来屋書店ナゴヤドーム前店、磨里書房 四日市市/シェトワ白揚書籍館 京都市/ブックファースト京都店、ジュンク堂書店京都店、ジュンク堂書店京都BAL店、アバンティブックセンター京都店 高槻市/大垣書店高槻店 堺市/キャップ書店堺東店 大阪市/紀伊國屋書店本町店、ジュンク堂書店天満橋店、旭屋書店なんばCITY店、ジュンク堂書店難波店、正和堂書店鶴見店、高坂書店鶴橋駅前店、紀伊國屋書店京橋店、紀伊國屋書店梅田本店、旭屋書店本店、ジュンク堂書店大阪本店、ブックファースト梅田店、ジュンク堂書店梅田ヒルトンプラザ店、ブックスキヨスク新大阪店、スーパーキッズランド本店、丸善なんばOCAT店 東大阪市/高坂書店池島店、高坂書店石切店 八尾市/高坂書店八尾店 和泉市/木下書店エコール店 神戸市/ジュンク堂書店三宮駅前店、ジュンク堂書店三宮店、ブックスキヨスク神戸店、ブックスキヨスク兵庫店 橿原市/ザ・リブレットダイヤモンドシティアルル 奈良市/文教堂書店押熊店、啓林堂書店奈良店 米子市/今井書店錦町店、本の学校今井ブックセンター、BookYardCHAPTER2 出雲市/今井書店出雲店 松江市/今井書店グループセンター店 岡山市/NET21セルバ岡山店 倉敷市/喜久屋書店倉敷店 安芸郡府中町/フタバ図書TERA広島府中店 広島市/紀伊國屋書店広島店、ジュンク堂書店広島店 福岡市/ジュンク堂書店福岡店、紀伊國屋書店福岡本店 大分市/ジュンク堂書店大分店

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▲開館から8ヶ月経った平日、しかも雨模様にも関わらずこの日も館内は多くの入場者で大賑わい。ギャラリーでびっしりの二階回廊から15時の転車台回転デモンストレーションを見下ろす。'08.6.26
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昨日は鉄道博物館で「鉄道博物館を撮ろう!広田尚敬写真教室」が開催され、たいへんな好評裏に幕を閉じました。えっ、聞いてない…とおっしゃる方も多いかと思いますが、実はこのイベント、鉄道博物館の会員組織「Teppa倶楽部」の会員限定イベントとして開催されたものです。

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▲「鉄博ホール」の巨大なスクリーンで広田さんの作例が投影されると、集まった参加者の皆さんも釘付けに…。'08.6.26

鉄道博物館が主催、私どもRMがコーディネートさせていただき、ニコンイメージングジャパンとエプソン販売のご協力を得て実現したこのイベント、鉄道博物館としても初めての試みだけに、ここ数ヶ月手探りの状態での準備が進んでいましたが、幸い限定30名様の募集に対して実に11倍を超える応募をいただきました。

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▲開会の挨拶に立つ鉄道博物館沢登副館長。イベントのMCは私が務めさせていただいた(右)。'08.6.26
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このイベント、広田さんの講演ののち、参加者全員にニコンD300が渡されて自由に館内を撮影し、今度は撮影したばかりの画像をエプソンのプリンターで出力、その作品を最終的には広田さんが講評してくれるというまさに夢のような企画で、応募倍率も高くなるはずです。ただし、貸出機材の数量やプリント出力+講評の所要時間などの事情もあって参加者を増やせず、抽選から漏れた皆さんには失礼をいたしました。

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▲今日の試用機材はニコンD300。まずは小山伸也さんがユーモアたっぷりのトークで使い方をレクチャー。'08.6.26

開館とともに「鉄博ホール」で始まった広田さんの講演は、巨大なスクリーンに旧作・近作を交えて作品を投影しながら鉄道写真の魅力を柔らかい口調で語っていただくたいへん印象深いものとなりました。200人から入るシアター風のこのホールを幸運な30名の皆さんが独占できるのですから、開会時から印象に残るイベントとなったのではないでしょうか。

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▲多くの歴史的車輌が“情景再現展示”されているヒストリーゾーンは被写体の宝庫。館内に散った参加者の皆さんも自ずと力が入る。'08.6.26
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080627n115.jpg広田さんの講演が終わると、場所をラーニングゾーン2階のライブラリーに移し、いよいよ待望のD300が手渡されます。ニコンさんからは6名のサポートチーム、エプソンさんは7台のプリンターと2名のインストラクターが来館され、小山伸也さんのレクチャーでいよいよ撮影開始。皆さん3時間余りをかけて思う存分に館内を撮影されていました。慣れない機材とはいえ、これだけサポート体制が整っていると実に安心です。プリントも驚くほど手早く、さらに信じられないほど美しく出力され、デジタル写真に不慣れな方もストレスなく作品創りができたようです。
▲一人ひとりの作品を丹念に講評される広田さん。意外なほど女性参加者が多かったのも印象的。'08.6.26
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▲最大の楽しみは、さっそくプリントアウトした作品を広田さんが直接講評してくれること。自分の作品のみならず、他の参加者の作品講評も大いに参考になったはず。'08.6.26

080627n2.jpgそしてこのイベントの白眉とも言えるのが広田さんによるそれぞれの作品の講評です。これも30人という小人数だからこそ可能なプレミアムで、一人ひとりがA4出力した作品を手に“ステージ”に…。撮影意図からテクニック、さらにはこうすればもっと良くなった…という具体的なアドバイスにまで及ぶ広田さんの講評は、本人以上にほかの参加者の皆さんが大きな参考となったはずです。
▲講評が終わるとそれぞれ広田さんとのツーショット記念撮影も…。皆さん大満足の一日となった。'08.6.26
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今回は「Teppa倶楽部」の会員限定イベントとなりましたが、鉄道博物館では今後も折りをみてはこういった参加型のイベントを企画していかれるようです。開館後初めての夏休みも目前となってきた鉄道博物館から、これからも目がはなせません。

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※サイン会のお知らせ
明日「書泉グランデ」においてサイン会を行ないます。
日時:6月28日(土曜日)14時から
場所:書泉グランデ6F
当日『編集長敬白』をお買い求めいただいた方には些少ながらお土産も用意しておりますのでぜひお越しください。

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▲武庫川車輌構内裏手に置かれていた阪神816と825の廃車体。台車が抜かれたいわゆる“だるま”状態で、倉庫代用としてでも使われていたのだろうか。背後の工場建屋には2番、3番の標記が見える。'65.8 P:澤田節夫
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武庫川駅での阪神本線との接続状況を記録されたのち、澤田さんは愛車“ホンダ・ベンリィ”を蹴ってさらに洲先方面を目指します。といっても甲子園口?武庫川間と違ってこの区間は武庫川線として立派に営業中ですから線路敷を走るわけにはゆかず、当然沿道を迂回して終点を目指すことになります。

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▲工場正門付近から見た武庫川車輌構内。1番、2番の建屋内では車輌構体を建造中。番線標記から上の写真と逆側であることがわかる。画面右端に見えるのは国道線11号の廃車体。'65.8 P:澤田節夫
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▲工場入口付近に置かれた851号廃車体の定点観測。左は1965(昭和40)年8月の撮影で、休憩室にでもなっていたのか車体のみが無造作に置かれた状態。右は約5年後の1970(昭和45)年6月の撮影で、隣には861が寄り添うように増え、木製の屋根も架けられている。P:澤田節夫
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1965(昭和40)年当時の武庫川線はまだ600Vで(昇圧は1967年)、現在の終点である武庫川団地前駅も開業しておらず(同駅の開業は1984年)、洲先駅から先は武庫川車輌への専用線となっていました。この専用線は線路内に直接バイクを乗り入れられた(!)ため、澤田さんはご友人と二人乗りでずんずんと犬走りを走り抜け、辿り着いたのがくだんの木製2軸凸電が捨てやられた武庫川車輌のバックヤードだったのです。

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▲阪神国道線11号の廃車体。この廃車体にもまるで建物のような立派な屋根が誂えられている。'65.8 P:澤田節夫
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080626n5.jpg武庫川車輌(正確には武庫川車両工業株式会社)は戦時中に阪神の車輌修繕を主たる業務に設立された会社を母体とし、戦後は川西航空機の民需転換の思惑もからんで摂津車輌を名乗っていました。しかし工場が火災によって全焼、再出発を期して1957(昭和32)年に新たな会社として設立されたのが武庫川車輌でした。5001形、7001形、8000系をはじめとした阪神基幹形式の数々や、ローレル賞を受賞した叡山電鉄デオ900形(「きらら」)など電鉄系メーカーとは思えない輝かしい実績を積んできた同社でしたが、2002(平成14)年に会社解散となって歴史の彼方へと消えていってしまったのは記憶に新しいところです。
▲再利用を待っているのだろうか、雨よけの板を載せられたボールドウィンタイプの台車。澤田さんによれば阪神881のものだったとのこと。'70.6.28 P:澤田節夫
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同社は1983(昭和58)年に西宮市鳴尾浜産業センターに移転し、武庫川線とは直接縁がなくなってしまいますが、今日ご紹介した澤田さんの写真は、そのはるか以前、まだ川西航空機の残像を感じられる貴重な時代の記録です。改めて澤田節夫さんにはお礼申し上げたいと思います。

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お恥ずかしい限りではありますが、下記日程でサイン会を行ないます。
日時:6月28日14時から
場所:書泉グランデ6F
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▲武庫川駅北方(昨日の地図8地点)より阪神本線との交差部を見る。本線ガードの先に武庫川線ホームが見える。下の写真と比較すると、この時点ですでに三線軌条はなくなっているのがわかる。なお、右に分岐するのは本線との連絡線。'70.6.28 P:澤田節夫
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▲上の写真の5年前の状況。武庫川線ホームには881号が到着しようとしている。まだ武庫大橋からの線は三線軌条のまま残されており、左手前には珍しい三線分岐があるのがわかる。'65.8 P:澤田節夫
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甲子園口から武庫川右岸を進んだ3’6”軌間の専用線は、昨日ご紹介したように武庫大橋で国道線と接続し、今度は三線軌条となって阪神本線の武庫川駅を目指します。今日は引き続いて澤田さん撮影によるその武庫川駅の写真をご覧いただきましょう。

080625n103.jpgお送りいただいた写真は1965(昭和40)年8月撮影のものと、ほぼ5年後の1970(昭和45)年6月に撮影されたもので、見事に「定点観測」となっています。この5年間で最大の変化は、武庫川線の車輌の交代はもとより、国鉄からの直通貨物輸送用の三線軌条が撤去されたことでしょう。軍需工場への物資・人員輸送という本来の使命を物語る痕跡は1960年代後半に消え去ったことになります。

▲阪神本線との交差部を南側から見る。東側(川側)の線路のみ三線軌条となっているのがわかるが、前方左手にカーブしてゆくあたりはすでに草生してしまっている。'65.8 P:澤田節夫
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▲武庫川線武庫川駅に停車中の881号。この時点では手前の線路はまだ三線軌条のまま残されている。'65.8 P:澤田節夫
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080625n105.jpgこの武庫川駅以南、つまり現在の阪神武庫川線に相当する区間は1943(昭和18)年7月からわずか100日余りの突貫工事で建設されたものだそうで、「戦時下貴重な銅線の使用をやめ、本邦最初の試みとして電車線に軟鋼を、パンタグラフの摺板に炭素を同時に用いたこと、さらに乗客の大量輸送のため座席なしの立ん坊電車とした」と伝えられています(レイルロード刊『阪神電車形式集2』所収「輸送奉仕の50年」)。
▲上の写真よりほぼ5年後の同ポジション。車輌は3302に代わり、手前の三線軌条は撤去されてしまっている。'70.6.28 P:澤田節夫
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▲洲先にむけて武庫川駅を発車してゆく3302。左側(川側)の線がかつては三線軌条となっており、西宮(甲子園口)からの国鉄直通貨物列車が行き来していた。'70.6.28 P:澤田節夫
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やはり同書によれば、空襲で頓挫しなければ武庫川尻付近で川を渡り、尼崎の工場地帯を貫いて海岸線に連絡する計画だったそうで、「数基の橋脚を建てただけで間もなく終戦となったので中絶された」と記されています。ひょっとすると武庫川線を核とする臨海鉄道網が実現していた可能性もあったわけです。

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▲東海道本線の車窓より武庫川右岸をゆく洲先への軌道をのぞむ。'64.9.11 P:澤田節夫

それでは澤田さんからお寄せいただいた貴重な写真をもとに、43年前の甲子園口?武庫川車輌(洲先)間を辿ってみることにしましょう。非常にわかりやすい地図もお作りいただきましたので、ポップアップしてこの地図と照らし合わせながらご覧いただくとよりわかりやすいかと思います。

080624n1.jpgさて、まずはこの甲子園口?武庫川車輌間を結ぶ線路の生い立ちからおさらいしてみることにいたしましょう。現在、武庫川?武庫川団地前駅間1.7kmを結ぶ阪神武庫川線として一部が残されているこの線は、もともと現在の武庫川団地周辺にあった川西航空機への軍需資材・人員輸送用として1943(昭和18)年に急造されたものでした。翌年には国鉄からの貨車を直通させるために西ノ宮(甲子園口)から武庫川右岸に専用線を敷設し、阪神国道線との接続駅である武庫大橋駅からは3線軌条となって洲先(現在の武庫川団地前)へと至っていました。しかし開通いくばくもなく1945(昭和20)年6月には重要軍需工場である川西飛行機への空襲で線路そのものも破壊され、全線供用開始後わずか一年ほどで運転不能となってしまいます。
甲子園口の国鉄分岐からの総延長は6.9km。戦時中の1944(昭和19)年夏からは武庫大橋?洲先間の電車による旅客輸送も始まっていましたが、もちろんこれも途絶え、武庫大橋?武庫川間の旅客営業は戦後も復活することはありませんでした。
▲進駐軍撮影の航空写真に甲子園口?武庫川車輌間の軌道をトレースするとこうなる。国道線と接続していた武庫大橋駅と洲先駅間は3線軌条化されて国鉄からの貨物列車は甲子園口?武庫大橋間を結ぶ専用線を経由してそのまま洲先へと直通していた。なお、図中の番号は写真撮影地点。作成:澤田節夫
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▲甲子園口?武庫大橋間の専用線はこのように武庫川の堤防下を走っていた(地点2)。'65.8 P:澤田節夫
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▲左は地点2から南側を見たところ。写真右は地点4から武庫大橋駅方を見る。前方の高架橋は国道2号線。'65.8 P:澤田節夫
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080624n6.jpg戦後、1946(昭和21)年1月には川西航空機を接収した進駐軍用として貨物輸送が再開され、続いて1948(昭和23)年10月には武庫川?洲先間の旅客営業も復活を果たします。国鉄からはくだんの専用線を経由し、C12が無蓋車を牽引して洲先へと入ってきた記録が残されていますが、実際の貨物輸送がいつまで行なわれていたのかはわかりません。貨物営業の正式廃止は1970(昭和45)年11月とされていますが、すでに昭和30年代初頭には使われなくなっていたようで、今回お見せする1965(昭和40)年撮影の澤田さんの写真でも甲子園口?武庫大橋間の3'6”区間はかなり荒廃してしまっているのがわかります。
▲国道2号線と交差する武庫大橋駅付近(地点5)から甲子園口方をのぞむ。'65.8 P:澤田節夫
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▲荒廃しながらもかろうじてその姿を留めていた武庫大橋駅。阪神国道線との連絡駅で、ここから線路は3線軌条となって洲先方面へと続く。'65.8 P:澤田節夫
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甲子園口?武庫大橋間は武庫川の堤防下をかなり劣悪な線路状態で進み、国道2号線と合流する地点に国道線との接続駅であった武庫大橋駅が設けられていました。この武庫大橋駅は戦後も武庫川線の駅として復活することはなく、この1965(昭和40)年当時も廃墟となってその姿を残していたことがわかります。

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▲武庫川線との連絡口付近で“行き倒れて”いたもと尼崎車庫入換用の2軸凸型電動貨車。背後には川西製と思しきコンクリートミキサーの本体(?)が多数転がっている。手前の仮台車も気になるところ。'65.8 P:澤田節夫
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いよいよ発売となった単行本『編集長敬白』には早くもさまざまな反響が寄せられていますが、今日は拙著所収「阪神の奇怪な電動貨車たち」をご覧になった澤田節夫さんからのお便りと写真をご紹介してみたいと思います。澤田さんは、私が“フリーランスの模型にしても荒唐無稽すぎて現実味がなさそう…”と記した尼崎車庫入換用の2軸凸型電動貨車の末期の姿を武庫川車輌の構内で撮影され、なおかつ自ら主宰される模型メーカー「モデル8」で製品化も検討されたとか…。まずはその澤田さんのお便りからご覧ください。

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▲いつから使われていないのだろうか、荒廃しきった姿を晒していた2軸凸型電動貨車。連結器はプリミティブなピンリンク式。'65.8 P:澤田節夫

当時は高校生でしたが、同級生から国鉄甲子園口から浜の方まで使われていない引き込み線が有り、途中から阪神が使っていて三線軌道になっているというのを聞いたのがきっかけです。昭和40年8月、免許を取り、単車(ホンダベンリイC91 125cc)に乗り始めて半年ほどしたころで、電車では行きにくいのと、夏の暑いとき歩くのが嫌だったので、その連れと一緒に単車に二人乗りで見に行きました。

mukosya2.jpg東海道線の付近から撮影を始め、最後の洲先付近からは線路に入れたため、線路上を単車で行けるところまで行ったら線路を遮る木製の柵に出ました。そこから見えたのが何の工場か分からない廃墟のような構内でした。まるで大阪砲兵工廠跡の雰囲気で、その手前の草生した線路には奇妙な木製2軸凸電が捨てやられていました。これが「編集長敬白」で紹介された高橋 弘さんが昭和26年に尼崎車庫で撮影された車輌の断末魔の姿だったようです。ちなみに廃墟さながら(失礼…)の構内を通り抜けて正門を出てから看板を見ると「武庫川車輌」とありました。何のことはないバックヤードから入り、表玄関に抜け、構内を一周したわけです。この時は日曜だったと思いますがなんとも長閑な時代でした。なお、工場内には阪国1形と801形2輌と851の車体が置いてあり、折しも7801形が建造中でした。
▲荷台にはエアタンクだろうか…。中央運転台の下は空洞になっているはずだが、すでにいろいろなものが詰め込まれてしまっている。'65.8 P:澤田節夫
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その後昭和45年6月に再訪した際にはB凸は無く、851の隣に861が並んで、屋根が付いていました。2回とも洲先に車輌がいなかったため洲先駅の写真がないのが残念です。

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▲集電装置は尼崎時代の極端に短いポールから国道線同様のYゲルに換装されているのがわかる。しかもこのYゲルもやたらと棹が短い。'65.8 P:澤田節夫

澤田さんはこの甲子園口から武庫川車輌へと続く線路も克明に記録されており、2軸凸電とともにその写真も数多くお送りくださいました。たいへん貴重な記録ですので、明日はこの専用線+武庫川線の往時の様子を澤田さんの写真でご紹介してみることにいたしましょう。

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ブルーリボン賞はN700系。

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▲富士とN700系。早くも日本の鉄道を代表する風景となっている。'08.2.16 新富士?三島 写真:石原一正さん(「今日の一枚」より)

先週、2008年「ブルーリボン賞」が鉄道友の会(会長・須田 寛)から発表され、51回目となる今年の同賞は18車種のエントリーの中から、JR東海・JR西日本のN700系新幹線電車が受賞いたしました。同じく性能・デザイン・製造企画・運用などの諸点に卓越したものがあると選定委員会が認めた車輌に贈られる「ローレル賞」は、JR東日本のE721系(一般仕様0番代車はアーカイブ「E721系に0番代車登場」参照)と同系の仙台空港鉄道SAT721系、さらにJR東日本のハイブリッド気動車キハE200形(アーカイブ「ハイブリッド車キハE200いよいよデビュー」参照)が受賞することとなりました。

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▲2008年「ブルーリボン賞」に決まったJR東海・JR西日本のN700系。写真:鉄道友の会提供

改めてご説明するまでもなく、N700系は新幹線初の車体傾斜装置を採用して曲線通過速度の向上を図るとともに、車内環境の快適性アップや省エネ化など、次世代を担うわが国を代表する鉄道車輌として選定されたもので、有効投票数2512票のうちトップの629票を獲得しての受賞だそうです。ちなみにこのN700系、車輌そのものの誕生は2006年ですが(アーカイブ「次世代新幹線N700系に乗る」参照)、ブルーリボン賞・ローレル賞は前年中に“営業運転に就いた”新車を対象としているため、昨年7月から営業を開始したN700系は今年のノミネートとなったものです。

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▲ローレル賞はJR東日本のE721系(左)と、同系の仙台空港鉄道SAT721系(右)。写真:鉄道友の会提供
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全会員の投票ではなく選定委員会によって選ばれるローレル賞は、2系列3形式が選出されました。JR東日本のE721系と同系の仙台空港鉄道SAT721系は、昨年3月に開業した仙台空港線用に開発された兄弟車で、小径車輪を用いることによって低いホーム高(線路からの高さ920mm)にも段差を少なくして対応できるなどの配慮が、「前例にとらわれない発想転換を伴う地域利用者本位の設計コンセプト」、「様々な工夫と機器の小型化による低床電車の実現」、「首都圏レベルの輸送サービスの地域展開」と評価されたものです。

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▲自然豊かな小海線を活躍の舞台とするハイブリッド気動車キハE200。'07.8.15 甲斐小泉?小淵沢 写真:渡邉健彦さん(「今日の一枚」より)

080622l3.jpgもう一方のJR東日本のキハE200形は、「シリーズ式ディーゼルハイブリッドシステム」を採用した、営業用車輌としては世界初となるハイブリッド気動車で、走行状態や蓄電状況に応じて、きめ細かくエンジンとバッテリーの負担割合を変化させることにより、燃費向上・排ガス低減・騒音低減を実現しています。現在使用されている小海線のように、勾配が多く路線条件の厳しい線区においても、ハイブリッドシステムによる効果は十分発揮されており、将来の非電化区間のあり方を一変させる可能性を秘めた車輌と、その技術が高く評価されたものです。選定委員会は「環境世紀にふさわしい最新技術を用いたハイブリッド気動車の実現」と選定理由を発表しています。
▲営業用車輌としては世界初となるハイブリッド気動車・JR東日本のキハE200形もローレル賞を受賞。写真:鉄道友の会提供
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なお、昨年のブルーリボン賞は富山ライトレールの0600形でした(アーカイブ「ブルーリボン賞に富山ライトレール0600形」参照)。来年はブルーリボン、ローレルともに強豪揃いの予感がします。果たして次の栄冠を手にするのはいったいどの車輌でしょう…。

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▲全体の錆落としを終え、ボンネットリッドを取り外したホイットカム。キャブ手前に見えるのは砂箱で、左右の砂箱に挟まれる形でフューエルタンクが配置されている。'08.6.15 P:宮澤孝一
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先週の日曜日、梅雨のさ中とは思えないさわやかな青空の下、「よみがえれボールドウィン実行委員会」のホイットカム製古典ガソリン機関車(アーカイブ「今年も始まる沼田の修復プロジェクト」参照)修復作業の第2回目が行われました。例によって広報担当の木村一博さんから詳細なレポートをお送りいただきましたが、当日現地を訪れた趣味の大先輩・宮澤孝一さんからも写真を頂戴しましたので、今回は宮澤さんの写真で当日の様子をご覧いただきましょう。

080621n41.jpg前回ほぼ丸一日を費やして展示線の最前列へと移されたホイットカムですが、今回はいよいよ車体の解体作業が始まりました。丸山会長からいただいたお電話では、5月25日付けの小ブログでご紹介した、車体を外してパワートレーンを露出させたカタログ写真の状態にまで作業を進めるのが目標とのことで、午前中にはボンネットカバーとリッドが外され、加藤製作所製のガソリンエンジンがその全容を現しました。

▲清々しい高原の空気に包まれて、当日は絶好の修復日和となった。'08.6.15 P:宮澤孝一
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▲浮いた塗膜を丁寧に剥がしてゆくと下からは濃い緑色の塗装が見えてきた(左)。右は外したキャブ下から現れた変速機・逆転機。'08.6.15 P:宮澤孝一
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1926(大正15)年製のこのホイットカム、本来は米国ブダ製ガソリンエンジンが搭載されていましたが、戦後、国産の加藤製作所製機関(K-A形・40ps/1200rpm)に換装されています。国産とはいえ、自動車メーカー以外の、ことに加藤製作所製ガソリンエンジンは残存数も少なくこれまた貴重です。

080621n31.jpg午後からはいよいよキャブ回りの撤去。イス、メーターパネル、そして床板を外し、台枠との締結ボルトを抜いてキャブ本体を外すと、カタログ写真のようなパワートレーンが姿を現しました。何とミッションケーシングには“SKW”つまりは酒井工作所の陽刻が見つかり、このホイットカム君、機関は加藤、変速機は酒井、そしてラジエーターは山田機械と、80年あまりの歳月の中でさまざまな改造が施されてきたことが知れます。

▲軸箱蓋を開けるとベアリングの内輪に“USA”の刻印を発見。'08.6.15 P:宮澤孝一
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今後の予定は以下のとおりで、今年も飛び込みでの参加、見学が可能とのことですので、興味のある方はぜひお出でになってみられては如何でしょうか。
・第3回修復作業 7月13日(日曜日)
・第4回修復作業 8月17日(日曜日)
・第5回修復作業 9月14日(日曜日) 
・第6回修復作業 10月5日(日曜日)
※いずれも9:30受付/10:00作業開始

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▲台枠からキャブを外すと前回このブログで紹介したメーカーカタログの解説写真の状態に…。'08.6.15 P:宮澤孝一
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なお、先般もご紹介いたしましたが、秋には「根利森林鉄道まつり」が今年も予定されています。
・「2008 根利森林鉄道まつり」(予定)
10月19日(日曜日)/ただしホイットカムの修復作業の進捗状況によっては10月5日(日曜日)に開催の可能性も。詳しくは決定次第、改めて小ブログでもお知らせいたします。

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▲C55 37の牽く大阪行き臨時急行「第2日向」が夕暮れの小丸川橋梁を行く。'67.8 P:長谷川進吾(『国鉄時代』vol.14より)

年4回、春夏秋冬、首を長くしてお待ちの方も多いと思いますが、季刊『国鉄時代』vol.14が6月21日に発売となります。今号の特集は「C55・C57(上)」、流麗なライトパシフィックの魅力を凝縮した一冊です。

kokutetujidai14n1.jpg最後まで美しい姿を保っていた日豊本線のC57は、蒸気機関車末期の華でした。巻頭グラフ「日向路の煙」は、宮崎~都城間のC57を情熱をかけて追いかけた谷口孝志さんの若き日の記録。日向杉の美林に囲まれた山中や、南国の陽射しも眩しい日向平野に響いたブラストが誌面に甦ります。また、北の果て宗谷本線にC55を求めて果敢にも冬季、車でアタックした齋藤 晃さんの「最北の行路」は、雪原の彼方に浮かぶ利尻富士が実に印象的。氷雪の道に生きた北国のクイーンに思いを馳せてください。

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▲伝説の1211レ急行「日南3号」の先頭に立つC57 113。'74.1.24 清武-日向沓掛 P:谷口孝志(『国鉄時代』vol.14より)

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▲齋藤 晃さんの「最北の行路」は宗谷本線旭川~稚内間259.4キロに晩年のC55を追った記録。(『国鉄時代』vol.14より)

C57は昭和30年代、C59やハドソン機に追われ次第に活躍の場を亜幹線やローカル線に移していきますが、佐竹保雄さんの「北九州の美しき装飾機との出会い」は、まだ鹿児島本線の第一線で活躍していた時代の記録。お召機並に整備されデフや煙突、給水温メ器に施された装飾も眩しく、特急「かもめ」をはじめとする優等列車の先頭に立っていた黄金時代のシーンを通して栄光の日々が甦ります。それと同時代、大分機関区に配属されていたC55 11には何と集煙装置が試験的に装備されており、その貴重な写真も佐竹保雄さんのアルバムに残っていました。敦賀式をアレンジした大型の集煙装置はスリムなボイラーと対象的です。

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▲最終グループ四次型12輌を克明に追った成田冬紀さんの労作「C57四次型を語る」も必見。(『国鉄時代』vol.14より)

ところでC57の最終グループである四次型12輌は、別番代とも言えるほど1~3次型とは形態が異なっていましたが、末期は亀山・梅小路の2輌を除き北海道と九州に配置されたせいもあって、あまり注目されることがありませんでした。「C57四次型を語る」では、12輌全機の写真と配置区の変遷などを元に、その魅力を成田冬紀さんが掘り下げます。村樫四郎さんの長崎本線、根本幸男さんの千葉のC57、福田静二さんの山陰本線馬堀、佐々木裕治さんの旭川機関区時代のC57 130、長谷川進吾さんの南九州のC55、犬山徹夫さんの肥薩線などなど、印象深い写真と記事でライトパシフィックの大いなる魅力に迫ります。

nunohara101.jpg特集外では、もと布原信号場駅長・赤田操三さんの「布原回想録 D51三重連と山峡の信号場」が、蒸機華やかなりし頃の伯備線での鉄道マンとレイルファンのふれあいを軸にした心温まる記事。赤田さんにゆかりの藤山侃司さん、三宅好文さんなど、地元ファンならではの視点からの写真と共に構成されています。
また、今号は門デフに改装されたC57 180牽引の「SLはんえつ物語号」にもスポットを当て、往年を知るベテランファンの方々の写真とともに、民主党副代表・前原誠司さん、スポーツキャスターの屋鋪 要さんにも、その魅力を語っていただきました。さらに、新津運輸区の小野英晴区長にも門デフ改装の秘話を披露していただきました。
▲もと布原信号場駅長が語るブーム最盛期の布原は胸熱くされる方も少なくないはず。(『国鉄時代』vol.14より)
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夏の宵、美しきライトパシフィックC55・C57に思いを馳せてみてはいかがでしょう。
なお、特別付録DVDは初夏の木曽谷を舞台にした三品勝暉さんの「木曽路のD51」、C62、C51から9200、4110まで北海道撮影旅行の記録をまとめた上野 巖さんの「1960年北海道・冬」、宮内明朗さんの「電車特急〈こだま〉〈ひびき〉が輝いた時代」の3本立てでお送りします。

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キハE120形誕生。

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▲新津運輸区に集結した真新しいキハE120形。新潟地区に新型気動車が投入されるのはキハ110系以来15年ぶりとなる。'08.6.16 新津運輸区 P:RM(新井 正)
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すでに昨年から水郡線に投入されている片側3扉のキハE130系に続いて、キハ58系などの在来旧型車淘汰用として片側2扉のキハE120形8輌がこのたび新潟地区に登場しましたので、まずは速報としてその概要をお知らせいたしましょう。

3N3H0610n.jpgキハE120形はキハ110形と同様の片側2扉(両引戸)で、両運転台、トイレ付き。床面高さをE233系などと同様のレール面上1130mm(キハ110系から45mm下げ)とすることによって、2000(平成12)年に制定された交通バリアフリー法に則ってステップ高さと床面の段差を低減しています。座席配置はセミクロスシートとされ、運転室は貫通型としてキハ110系との併結運転(協調運転・最大で8輌)が可能となっています。
▲車体側面には「ばんえつ物語号」でもお馴染みの“オコジョ”のイラストが描かれている。'08.6.16 新津運輸区 P:RM(新井 正)
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▲飯豊連峰のブナ林をイメージしたという鮮やかなオレンジが印象的なプロフィール。電気連結器に注意。'08.6.16 新津運輸区 P:RM(新井 正)
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エクステリアデザインは新潟地区オリジナルのもので、側引戸の黄色を考慮した中で、福島・山形・新潟の三県にまたがる“飯豊(いいで)連峰のブナ林”をイメージしたオレンジを基本に配置し、“荒川渓谷のナナカマド(紅葉)”を象徴している赤のラインがアクセントとして入れられています。インテリアデザインはE531系と同様、暖色系としたうえで、出入口部の床敷物や側引戸の室内側はユニバーサルデザインの一貫として黄色とし、注意喚起を促すデザインとされています。

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▲セミクロスシートの車内。シートは片持ち式で、詰め物にリサイクル可能な素材を使うなどメンテナンス、リサイクル性にも考慮がなされている。'08.6.16 新津運輸区 P:RM(新井 正)
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3N3H0701n.jpg機関は新型の総排気量15.24?の4サイクル直列6気筒横型直接噴射式のターボチャージャー・アフタークーラ付エンジンDMF15HZ形が搭載されています。このエンジンは燃料噴射系に高圧電子制御システムを採用することによって、窒素酸化物(NOx)や黒鉛(PM)を低減するなどクリーンな排出ガス性能と低騒音を実現した次世代の環境にやさしいエンジンで、より地球環境に配慮したものとなっています。
▲半室構造の運転台。運転操作に関わるスイッチ類の配置はE721系の機器配置が踏襲されている。'08.6.16 新津運輸区 P:RM(新井 正)
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▲運賃箱・運賃表示器・整理券発行器は従来のキハ110系と同様(左)。右はJIS規格に適合する電動・手動車いすで使用可能なトイレ。トイレ入口付近には手荷物が置けるテーブルも設置されている。'08.6.16 新津運輸区 P:RM(新井 正)
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このキハE120形、8輌が新津運輸区に配置され、米坂線坂町~米沢間、磐越西線新津~会津若松間、羽越本線新津~酒田間、信越本線新津~新潟間、白新線新潟~新発田間で営業運転を開始する予定です。ちなみに、このキハE120形の投入によって現在同地区で運用されているキハ52形、キハ28形、キハ58形(合計11輌)はすべて淘汰されることとなります。
なお、車輌の詳細については、本誌7月発売号誌上にてJR東日本による詳しい解説をご覧いただける予定です。

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▲キハE120形形式図。(JR東日本提供)
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※明日20日金曜日のNHKラジオ第1「金曜旅倶楽部」(→こちら)で15時20分頃から5分ほど、書籍『編集長敬白』でも取り上げた話題を生放送でお話します。全国どこでも受信できますので、お時間のある方はぜひお聞きください。

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▲釣竿を持った乗客の姿が目立つ夏の新富山駅2番ホーム。富山駅前から市内線を走ってきたデ5038が射水線に乗り入れる。'77.9 P:服部重敬(RMライブラリー『富山地鉄笹津・射水線』より)

毎月ご好評いただいているRMライブラリー、今月発売の第107巻は服部重敬さんによる『富山地鉄笹津・射水線 ?デ5000系ものがたり?』です。射水線については本ブログでも「射水線追想」でその末期の姿をご紹介したことがありますが、本書は両線の成り立ちから廃止までの沿革を主軸としつつ、この両線を走ったデ5000系の消長を辿ったこれまでにない決定版です。

rml107hyou1.jpg現在でも富山県下に鉄道線4路線と市内軌道線を運行する富山地方鉄道ですが、本書で紹介する笹津・射水の両線は、各々成り立ちが異なる路線でした。笹津線は1914(大正3)年に富山?笹津間で開業した富山軽便鉄道を起源としますが、高山本線の開業により堀川新(現・南富山)?笹津間は1933(昭和8)年で一旦廃止されます。それが戦後、1950(昭和25)?1952(昭和27)年にかけて富山地方鉄道の手により600V電化の笹津線として復活。市内軌道線への直通運転による市中心部への乗り入れも開始されます。

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▲射水線の朝。末期でもデ5010形が4輌編成を組んで走るほどの通勤・通学客がいた。'75.3 富山北口?新富山 P:服部重敬(RMライブラリー『富山地鉄笹津・射水線』より)

一方、射水線の前身である越中電気鉄道は1924(大正13)年から1933(昭和8)年にかけて聯隊橋(現・新富山)?新伏木港(現万葉線・六渡寺)間が開業。1943(昭和18)年に富山地方鉄道に統合後、1951(昭和26)年には高岡軌道線が開業して接続、同時に富山軌道線への直通運行も開始され、両端を軌道線とした富山市街と高岡市街を結ぶ都市間連絡路線が形成されることになります。

rml107n7.jpgこの両線の軌道線への直通運転開始に伴い投入された路面電車型のボギー車こそ、本書のもう一つの主役であるデ5000系です。既存の鉄道線を活用して市内軌道線と接続、路面電車型の新造車輌が市街地と郊外を直通運転する…そう、これは現在の「富山ライトレール」に代表されるLRTの要素そのものでした。
▲北へ向かう485系の上を、デ5010形が行く。北陸本線の車窓を彩った数々の私鉄電車も、今では本当に数えるほどになってしまった。'76.1(RMライブラリー『富山地鉄笹津・射水線』より)

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▲雪の笹津線、大久保町での交換。富山近郊とは言え、随所にフォトジェニックな情景が展開されていた。'75.2 P:服部重敬(RMライブラリー『富山地鉄笹津・射水線』より)

rml107n2.jpg富山新港の建設に伴い、富山方の堀岡(のち新港東口まで延伸)と高岡方の越の潟の間が分断されたのが1966(昭和41)年春。以後、軌道線と鉄道線を縦横無尽に使っての富山?高岡連絡は不可能となってしまいましたが、これとても現在は土・日・祝日に実施されている岩瀬浜から「新港東口ライトレール接続線」と呼ばれるバス、さらには県営の富山新港フェリー(無料)を乗り継ぎ万葉線の越ノ潟に連絡する「万葉線・富山ライトレール回遊ルート」として甦っている(アーカイブ「一周年を迎えた富山ライトレール」参照)のですから驚きです。
▲笹津線敷島紡績専用線で入換え中のデキ6502。路面電車型の車輌のみで運行されていた両線だが、貨物輸送には電気機関車が使用されていた。'75.2 P:服部重敬(RMライブラリー『富山地鉄笹津・射水線』より)

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▲笹津線廃止後、笹津線の車輌を射水線に転用するため市内線を介して車輌の入換が実施された。沿線に住まれていた服部さんはこの模様も克明に記録されている。'75.4 P:服部重敬
(RMライブラリー『富山地鉄笹津・射水線』より)

ちなみに著者の服部重敬さんは、国内外のLRT研究に関する発表ですでにご存知の方も多いと思われますが、実は学生時代、富山市にお住まいで、自室の窓からデ5010形を毎日ご覧になられていたとのことです。残念ながら両線はそのほとんどの区間が廃止されてしまいましたが、旧射水線の一部を含む万葉線や、射水線・笹津線が直通した富山軌道線、そして富山ライトレールを訪ねる際には、ぜひ本書をご一読下さい。

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※書籍『編集長敬白』は20日から25日頃に全国書店に並ぶ予定です。今しばらくお待ちください。

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▲まるで現役時代にワープしたかのような雰囲気の機関庫から顔をのぞかせる大夕張営林署27号機(右)と同署で使用されていた札幌営林局S2形運材台車(左)。'07.9.18
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昨年秋にも園内を走る馬車鉄道をご紹介した(アーカイブ「北海道開拓の村の馬車鉄道」参照)野幌森林公園に隣接する「北海道開拓の村」ですが、広大な敷地内の最深部の“山村群”に、その名も「森林鉄道機関庫」と名づけられた施設があり、数輌の林鉄車輌が保存されています。

080615n2.jpg木造の立派な2線矩形庫は、財団法人北海道開拓の村に電話で伺ったところでは、大正後期に築造された置戸町の森林鉄道用機関庫を模して再現したものだそうです。屋根部の煙出しといい、両サイドの補強材といい、まさに模型的な造形で、木々に囲まれたこの機関庫を見ているだけで、遥か昔に消えていった北の台地の森林鉄道に暫し思いを馳せることができます。
▲置戸の機関庫を模して再現されたという木造2線の矩形庫はレプリカとは思えない完成度。豊かな緑に囲まれて、まさにこれからがベストシーズン。'07.9.18
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▲下夕張・夕張岳森林鉄道で1966(昭和41)年まで使われていたという5t機は1950(昭和25)年野村組工作所製の貴重なもの。屋根上には水タンクが載っている。'07.9.18
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080615n4.jpg庫内に保存されている車輌もなかなか異色の顔ぶれで、いずれも大夕張営林署の下夕張・夕張岳森林鉄道で使われていたものながら、2輌の機関車のうちの1輌は、四国の森林鉄道で大活躍した野村組工作所(高知)製、もう1輌は酒井工作所製の10tボギー式ディーゼル機関車で、両機ともに全国的にも数少ない残存機です。前者、野村組工作所製DLは本家・魚梁瀬森林鉄道で動態保存されている(アーカイブ「魚梁瀬森林鉄道の保存機たち」参照)ほかは、熊本城の監物台に後継の土佐造船製機が残されている(アーカイブ「監物台の“土佐造船”」参照)だけです(もう1輌、球泉洞森林館のものは現在移転先不明)。酒井製ボギー式DLも木曽赤沢の森林鉄道記念館と秋田の仁別森林博物館で同系機を見られるものの、これまた極めてレアな保存車といえましょう。
▲野村組製DL=大夕張営林署9号機を後方から見る。エンジンはいすゞDA43形。'07.9.18
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▲酒井工作所製のF42形ボギー式ディーゼル機関車も下夕張・夕張岳森林鉄道で使用されていたもの。エンジンは民生UD6形が搭載されている。'07.9.18
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この北海道開拓の村の保存車輌はいずれも手厚く保存管理されており、木の香漂う木造機関庫内でこころゆくまでそのディテールを見ることができます。林鉄ファンのみならず、モデラーにとっても一見の価値ある保存車輌たちに違いありません。

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▲「自動トロリー」と紹介されているモーターカーは1956(昭和31)年富士重工業製のT3‐4N形。幌こそ失われているものの、室内保管のため状態はすこぶる良い。'07.9.18
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いずれにせよ、園内を走る“今なお現役”の馬鉄といい、この森林鉄道機関庫といい、市内にこんな施設がある札幌の皆さんが羨ましい限りです。本州方面は本格的梅雨に入ろうというこれからの季節、あの緑豊かな北海道開拓の村の清清しさが思い出されてなりません。

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※書籍『編集長敬白』は20日から25日頃に全国書店に並ぶ予定です。今しばらくお待ちください。

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▲屋根上の2灯ライトが目を引くクハ481‐1508を先頭にしたT18編成。塗りたての国鉄特急色が初夏の日差しにまぶしい。'08.6.10 新潟車両センター P:RM(新井 正)
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このたび新潟車両センターの所属の485系T18編成が「いなほ・北越」カラーから国鉄色に変更されました。しかも、この編成の6号車には北海道用クハ481-1508が組み込まれており、今になって予期せぬ1500番代の国鉄特急色車が再来したことになります。

4811508n2.jpg北海道用として製造された485系1500番代は、1973(昭和48)年度第1次債務で製造されたグループで、モハ485-1501?1507、モハ484-1501?1507、クハ481-1501?1508の合計22輌が製造されました。オールモノクラス編成で、道内初の電車特急となったこのグループの製造には複雑な事情があったようですが、その辺の事情に関しては本誌今月発売号で詳報していますのでそちらをご覧いただきましょう。
▲降雪時の視界確保のために取り付けられた2灯ライトは北海道用の証。'08.6.10 新潟車両センター P:RM(新井 正)
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▲クハ481‐1508の客室内。黒いモケットのリクライニングシートが設置されているが、これはモハ485・484‐1074も同様。'08.6.10 新潟車両センター P:RM(新井 正)
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▲ATS?Pやデジタル無線の設置などアップデート改造が施された運転台。ただ、側窓にも熱線ガラスが使用されているのは誕生時からの1500番代の特徴。'08.6.10 新潟車両センター P:RM(新井 正)
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東北地区よりも寒さが厳しく、パウダースノーが入り込みやすい北海道地区での過酷な運転に備え、視界確保のために屋根上に設けられた2灯のライトや熱線ガラス入りの運転台ガラスなど念入りな設計変更が施されたものの、結局道内での活躍は5年ほどで781系にその任を譲り、その後は東北特急の「やまびこ」や日本海縦貫特急の「白鳥」などで使用されてきました。

4811508n5.jpgちなみに、新潟車両センターには115輌の485・489系が配置されていますが、この輌数はもちろん全国最大です。イベント列車用の“のどか”、“きらきらうえつ”を除き、基本的には6輌編成に組成されており、特急「いなほ」「北越」に使用されるリニューアル工事を実施したR21?R28編成、特急「いなほ」「北越」、快速「くびき野」に使用されるリニューアル未施工のT11?T18編成、快速「ムーンライトえちご」で使用される国鉄色のK1・K2編成の3グループに分類されます。今回塗装変更されたT18編成は通常は「いなほ」「北越」に使用されますが、ATS?Pを搭載しており、「ムーンライトえちご」の予備役も担っていることから、これからは東京でその姿を見られる機会があるかもしれません。
▲残念ながら車体側面の形式番号は切抜文字ではなくシールとなってしまっている。'08.6.10 新潟車両センター P:RM(新井 正)
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※書籍『編集長敬白』は20日から25日頃に全国書店に並ぶ予定です。今しばらくお待ちください。

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▲鉄道博物館内覧会でヒストリーゾーンのC57 135の載る転車台回転のデモンストレーションの解説をする岸 由一郎さん。'07.10.1

昨日朝発生した「岩手・宮城内陸地震」でとりわけ甚大な被害となった宮城県栗原市の「駒の湯温泉」に、鉄道博物館学芸員の岸 由一郎さんが宿泊しているとの電話を受けたのは、今朝早朝のことでした。まさか…との思いで検索するネット上のニュース速報には確かに岸さんの名前が。そうこうするうちに日本鉄道保存協会の顧問の皆さんをはじめ、東京のみならず関西方面からも安否を気遣う連絡が次々と入電。ずっとニュースに釘付けになっていましたが、願いむなしく、午後になってご遺体発見の報が…。なんとも残念でなりません。

towada51.jpg岸さんは東京学芸大学で青木栄一先生に師事し、学生時代からわが国鉄道史研究の若手のホープとして将来を嘱望されていました。卒業後は交通文化振興財団の学芸員として交通博物館に勤務、同館閉館後は東日本鉄道文化財団の鉄道博物館プロジェクトの一員として鉄道博物館、ことにヒストリーゾーンの企画実現に深く関わられ、昨年10月の開館まではそれこそ寝食を忘れてその完成に尽力されてきました。また、仕事を離れても歴史的鉄道車輌の保存やそれを活かした地域活性化に積極的に取り組まれ、今回の栗原市訪問も廃線となった「くりはら田園鉄道」の保存活用に関する検討委員会への出席のためだったと聞きます。

いつも穏やかなお人柄ながら、調査研究に関しては徹底した拘りを貫かれ、その幅広い交友とあいまって、RMライブラリー『十和田観光電鉄の80年』に見られるように、きわめて完成度の高い発表をされてきました。鉄道博物館開館直後、「この忙しさが一段落したら、またRMライブラリーで発表したいテーマがあるんです」と語っておられた笑顔がいまさらながら瞼に浮かびます。
享年35歳。今後の日本の鉄道史研究にとって、そして鉄道趣味にとってもあまりに大きい、大きすぎる損失です。深くご冥福をお祈り申し上げます。

keihakuhyoushi.jpgスタートから3年、すでに1000話を遥かに超えてご愛読いただいているこの「編集長敬白」ですが、このたびついに単行本として発売する運びとなりました。かねてより「本にはならないのですか」というお声掛けは多くの皆さんから頂戴していたのですが、常日頃さんざん著者の方々を督促するわりには、いざ自分のこととなると途端に腰が重くなり、今回ようやく形になったというのが正直なところです。

▲表紙カバーは宗谷本線和寒のC55 47〔旭〕。当時手足のごとく愛用していたキヤノンフレックスにFL85mmF1.8で捉えたもの。FL85mmはプリセットでしか使えなかったが、長焦点の描写がニュートラルでお気に入りのレンズだった。
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▲「32年前の“今日”へ ?1974年北海道の旅?」より。遠い過去の同月同日を、現在のカレンダーとシンクロさせて再現する試みはまさにウェッブならではで、ブログのスタート時からいつかはやってみたかった企画だった。

ご承知のようにこの「編集長敬白」は個人的なブログというよりは“媒体”に近く、エントリー内容も新型車輌の紹介や試乗記から、過去の撮影記録、海外の話題、さらには書評めいたものまで多岐にわたっています。もちろん個人的に得意とする特殊なインダストリアル・ナローの話題も少なくなく、書籍化するに当たっては、膨大なアーカイブの中から何をチョイスするかが悩ましいところでした。

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▲「均一周遊券の時代」より。懐かしい周遊券のカバーの数々から、夜行に揺られて全国各地を旅した記憶を甦らせる方も少なくないはず。

結局、なるべく普遍的なテーマを幹に据え、趣味性の高い話題で彩る選択方針としたつもりではありますが、出来上がってみるとやはりかなり“灰汁”の強いものとなってしまいました。まぁ、ある意味それも「編集長敬白」の個性とお許し願えればと思います。

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▲海外情報や専用線などの話題も…。情報としてアップデートが必要な記事に関しては、可能な限り脚注として記載している。
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そんな中で、巻末には70ページほどを割いて、一昨年たいへんご好評をいただいた「32年前の“今日”へ ?1974年北海道の旅?」を収録いたしました。1974(昭和49)年3月23日に上野駅を出発し、周遊券一枚を手に無煙化まで2年を切った道内を巡る足かけ15日にわたる撮影行の詳細で、当時を同時代体験されている方のみならず、若い世代の方にもぜひご一読いただいきたいと願っています。

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▲収録しているのは新車試乗記から“重箱の隅”的話題まで33話+「32年前の“今日”へ ?1974年北海道の旅?」の15話分。

週末に見本が出来てまいりましたが、やはりパソコンのディスプレーで見るのと「本」として手にとって見るのは大違いで、自ら改めて紙媒体の存在感を思い知ることとなりました。なお、書店での発売は20日過ぎになる予定です。書籍ゆえ、発売時期に多少地域差が生じますが、おおむね24日頃までには全国の書店店頭に並ぶはずです。“拙著”という言い方は決して好きではありませんが、どうかぜひ拙著『編集長敬白』を、お手に取ってご覧ください。

『編集長敬白』
A5判オールカラー・232ページ 定価:1500円(税込)

■重点販売ご協力書店 (※全国の書店でお求めいただけますが、ことに下記書店では面展開で重点販売していたたく予定です。)
札幌市/コーチャンフォー美しが丘店、紀伊國屋書店札幌本店、丸善札幌アリオ店、コーチャンフォーミュンヘン大橋店 盛岡市/ジュンク堂書店盛岡店 仙台市/ジュンク堂書店仙台店 秋田市/ジュンク堂書店秋田店 いわき市/鹿島ブックセンター ひたちなか市/ささもと書店 宇都宮市/喜久屋書店宇都宮店 下野市/うさぎや自治医大店 前橋市/戸田書店前橋本店 さいたま市/アシーネ東大宮店 習志野市/丸善津田沼店 千葉市/文教堂書店都賀店 船橋市/ときわ書房本店 国立市/増田書店 渋谷区/啓文堂書店渋谷店 新宿区/紀伊國屋書店新宿本店、ジュンク堂書店新宿店 千代田区/丸善丸の内本店、栄松堂書店東京駅一番街店、有隣堂ヨドバシAKIBA店、書泉グランデ 台東区/明正堂アトレ上野店 豊島区/リブロ池袋本店、ジュンク堂書店池袋本店 町田市/久美堂小田急町田店、啓文堂書店鶴川店 調布市/書原つつじヶ丘店、真光書店本店 武蔵野市/啓文堂書店吉祥寺店 立川市/オリオン書房立川北口店 綾瀬市/文教堂書店海老名第一支店 横浜市/栄松堂書店相鉄ジョイナス店、有隣堂本店 厚木市/有隣堂厚木店 川崎市/丸善ラゾーナ川崎店 相模原市/啓文堂書店相模原店、啓文堂書店小田急相模原店 新潟市/本の店英進堂、ジュンク堂書店新潟店、紀伊國屋書店新潟店 甲府市/朗月堂本店 長野市/平安堂長野店 大垣市/いまじん大垣店 一宮市/カルコス一宮店 豊橋市/精文館書店本店 名古屋市/三省堂書店名古屋テルミナ店 名古屋市/三省堂書店名古屋高島屋店、星野書店近鉄パッセ店、未来屋書店ナゴヤドーム前店、磨里書房 四日市市/シェトワ白揚書籍館 京都市/ブックファースト京都店、ジュンク堂書店京都店、ジュンク堂書店京都BAL店、アバンティブックセンター京都店 高槻市/大垣書店高槻店 堺市/キャップ書店堺東店 大阪市/紀伊國屋書店本町店、ジュンク堂書店天満橋店、旭屋書店なんばCITY店、ジュンク堂書店難波店、正和堂書店鶴見店、高坂書店鶴橋駅前店、紀伊國屋書店京橋店、紀伊國屋書店梅田本店、旭屋書店本店、ジュンク堂書店大阪本店、ブックファースト梅田店、ジュンク堂書店梅田ヒルトンプラザ店、ブックスキヨスク新大阪店、スーパーキッズランド本店、丸善なんばOCAT店 東大阪市/高坂書店池島店、高坂書店石切店 八尾市/高坂書店八尾店 和泉市/木下書店エコール店 神戸市/ジュンク堂書店三宮駅前店、ジュンク堂書店三宮店、ブックスキヨスク神戸店、ブックスキヨスク兵庫店 橿原市/ザ・リブレットダイヤモンドシティアルル 奈良市/文教堂書店押熊店、啓林堂書店奈良店 米子市/今井書店錦町店、本の学校今井ブックセンター、BookYardCHAPTER2 出雲市/今井書店出雲店 松江市/今井書店グループセンター店 岡山市/NET21セルバ岡山店 倉敷市/喜久屋書店倉敷店 安芸郡府中町/フタバ図書TERA広島府中店 広島市/紀伊國屋書店広島店、ジュンク堂書店広島店 福岡市/ジュンク堂書店福岡店、紀伊國屋書店福岡本店 大分市/ジュンク堂書店大分店

副都心線いよいよ開業。

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▲副都心線開業記念式典でテープカットに臨む左から高野之夫豊島区長、中野弘子新宿区長、梅崎 壽東京地下鉄社長、松島みどり国土交通副大臣、石原慎太郎東京都知事、石井義修東京都議会副議長、桑原敏武渋谷区長。'08.6.13 新宿三丁目 P:伊藤真悟
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3日間にわたって試乗記をお伝えしてまいりました東京メトロ副都心線が、いよいよ明日14日始発から営業を開始します。開業当日は初電から通常運行となるため、前日の今日、新宿三丁目駅において開業記念式典が行なわれました。さすがにひさしぶりの東京都心の大型新線開業、しかも戦前から連綿と続いてきた東京都心部の地下鉄建設の最後の区間ということもあって、新聞・テレビをはじめとするたいへん多くの報道陣に見守られながら記念式典が始まりました。

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▲地下鉄十三号線建設促進議員連盟や東京都議会委員長をはじめとした皆さんにによるくす玉開きが盛大に行なわれた。'08.6.13 新宿三丁目 P:伊藤真悟
アニメーション処理でお目にかけています。

fukutoshinkaigyoushiki2.jpg開業記念式典は最初に梅崎 壽東京地下鉄株式会社代表取締役社長、石原慎太郎東京都知事による挨拶から始まり、続いて松島みどり国土交通副大臣による来賓挨拶、さらに来賓の紹介と続きました。テープカット、くす玉開き、花束贈呈と式は進み、招待客を対象とした試乗会も実施されました。
▲10000系側面に貼られた開業記念ステッカー。'08.6.13 新宿三丁目 P:伊藤真悟
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▲石原都知事や東京メトロ梅崎社長の試乗列車2編成には前面にも開業記念ステッカーがさながらヘッドマークのように掲出された。'08.6.13 新宿三丁目 P:伊藤真悟
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試乗列車は2本設定され、10000系10119Fを使用した試乗列車は新宿三丁目?渋谷間を往復、同じく10000系10120Fを使用した試乗列車は新宿三丁目?池袋間を往復しました。渋谷往復の試乗列車には石原慎太郎東京都知事ほかが、池袋往復の試乗列車には梅崎 壽東京地下鉄株式会社代表取締役社長ほかが乗車いたしました。なお、今回の開業記念式典は営団地下鉄時代から続いてきた東京メトロ主催の式典ではなく、東京都との共催となった点も特筆されます。

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▲各駅の位置関係と周辺概要。(東京地下鉄株式会社提供)
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※東京メトロ副都心線試運転列車の動画(池袋折り返し発→(急行渋谷行き)→渋谷到着/7分46秒)が10日付けの「副都心線に試乗。(上)」でご覧になれます。

副都心線に試乗。(下)

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▲渋谷駅到着した副都心線7000系試運転列車。駅名標は東京メトロ管内とは異なるデザインで、アルファベット・簡体字・ハングルも併記されている。現状4本敷設されている線路のうち両側が3・4番線として使用され、内側2線は東横線直通開始時に供用されることとなる。'08.6.12

一昨日の報道試乗会に続いて、今日は東横線・副都心線の“新・渋谷駅”の報道公開が行なわれました。なぜ渋谷駅だけ別に…といぶかしく思われる向きもあるかと思いますが、実は新・渋谷駅は冒頭に“東横線・副都心線の”と記したことでもおわかりのように、東京地下鉄(東京メトロ)と東急電鉄の共用駅で、ホーム中心を境に池袋方が東京メトロ、横浜方が東急電鉄の事業範囲となっています。

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▲「人間と自然の共生」地下に作られたもうひとつの建築=「地宙船」をコンセプトとする新・渋谷駅のイメージ。(東急電鉄提供)

さらに基本的な管理は駅本屋が位置する東急電鉄が行なう形となっており、今日の報道公開も東京地下鉄ではなく東急電鉄のご案内によるものです。後述するように4年後には東横線との直通運転が開始され、現在の頭端式ホームの東横線渋谷駅はその姿を消すこととなります。

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▲新・渋谷駅のシンボルとなる3層吹抜け楕円開口をホーム上から見上げる。'08.6.12
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▲コンコース階から地下5階のホーム階を見下ろす。この3層吹抜け楕円開口が自然換気のキーともなっている。'08.6.12

さて、旧東急文化会館跡地を中核に明治通り地下に建設された新・渋谷駅は、「表参道ヒルズ」などの設計でも知られる建築家の安藤忠雄さんの設計によるもので、「人間と自然の共生」を基本コンセプトに、巨大な吹抜けを利用した自然換気・放射冷房を導入したのが大きな特徴です。

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▲各階と3層吹抜け楕円開口を利用した自然換気の概念図。(東急電鉄提供)

地下に作られたもうひとつの建築=「地宙船」をイメージしたというデザインは、「3層吹抜け楕円開口」と呼ばれる地下2階コンコースから地下5階のホーム階までを貫く巨大な吹抜けを中心に、「心象に残る駅」を目指して各所に“地宙船デザイン”が反映されています。今日はその一部をダイジェストでご覧いただきましょう。

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▲田園都市線・半蔵門線連絡コンコース(左)と東横線・副都心線中央改札口(右)。'08.6.12
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▲“地中”にある“宇宙船”=“地宙船”をデザインコンセプトとしているだけあって、エスカレータなども未来を予感させる。'08.6.12
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▲各所に配されたピクトグラムと照明が機能的な中にもスタイリッシュな印象を生む。'08.6.12
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▲ホーム壁面の路線図。渋谷駅は東急の管理駅であるため、東京メトロ所管の副都心線各駅とはデザインが異なる。'08.6.12

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▲4番線ホーム。ベンチもコンセプトである“地宙船”の楕円形をイメージしたものとなっている。'08.6.12

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▲東急東横線との直通運転開始時(平成24年度開始)のネットワーク概念図。(東急電鉄提供)

さて、今後はこの新・渋谷駅から東横線代官山まで約1.5㎞の地下線建設が東急電鉄の手によって進められ、2012(平成24)年度に東横線との直通運転が開始される予定です。この直通運転開始の暁には、東京メトロ副都心線を核に東武東上線、西武池袋線(西武有楽町線)、そして東急東横線(みなとみらい線)が相互乗り入れを開始することとなり、東京都心部に建設を予定されていた地下鉄網はついに“完成形”を迎えることとなります。

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▲東横線直通開始時には島式2面となる予定で、線路はすでに敷設されている。2面のホームは現在は仮設通路でつながっている。'08.6.12

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▲3番線ホームから敷設済みの中線を跨いで4番線を見る。現在は両端が3・4番線となっているが、4線供用開始時には端から1?4番線となるものと思われる。'08.6.12

※東京メトロ副都心線試運転列車の動画(池袋折り返し発→(急行渋谷行き)→渋谷到着/7分46秒)が一昨日の「副都心線に試乗。(上)」でご覧になれます。

副都心線に試乗。(中)

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▲新宿三丁目駅に進入する報道公開試乗列車。新聞各社、テレビ各局の記者やクルーでたいへんな賑わいで、いかに副都心線開業がビッグニュースであるかを改めて思い知らされる。'08.6.10 P:名取紀之

開業に際し、副都心線各駅は改良区間(千川?池袋)を含めてそれぞれデザインコンセプトとステーションカラーが設定されました。各駅のデザインコンセプトは、駅周辺の環境だけではなく、歴史や文化につながるキーワードをもとに、一方のステーションカラーはそのデザインコンセプトから連想される色が選ばれています。

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▲明治神宮前駅改札外コンコースからガラスで覆われた吹き抜けを見下ろす。'08.6.10 P:伊藤真悟
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▲開放感溢れる高い天井が印象的な明治神宮前駅ホーム(左)。右はガラスで覆われた吹き抜け部。'08.6.10 P:伊藤真悟
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今回の試乗会で公開された明治神宮前、新宿三丁目、雑司が谷の各駅を見てゆきましょう。まずは明治神宮前駅。デザインコンセプトは「ファッション×杜」、ステーションカラーはスモークブルーに設定されています。表参道や原宿に近いという場所柄、改札口付近の壁面には鮮やかな絵画や水墨画の作品が一面に描かれてアーティスティックな雰囲気を醸し出しているほか、構内の柱も単純な直線ではなく、柔らかい印象を与えるような形状でデザインされているのが特徴です。また、2箇所にガラスで囲った吹き抜けを配し、高い天井と、スモークブルーとホワイトを基調としたカラーリングとに相まって、明るく開放感を感じさせる構造となっています。

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▲新宿三丁目駅構内には鉄道博物館でもお馴染みの山本容子さんのステンドグラスが…(左)。この新宿三丁目駅もホームを見下ろせる吹き抜けが設けられている(右)。'08.6.10 P:名取紀之
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▲透明な素材でスタイリッシュにデザインされたホームのベンチ(左)と素晴らしく綺麗なトイレ(右)。もちろんバリアフリーで、多目的トイレも設置されている。'08.6.10 P:名取紀之
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昨日もご紹介した新宿三丁目駅は“商業都市、ビジネス、ショッピング、人・もの・情報の流れ、有名デパート”といった環境と、江戸時代の交通の要衝“内藤新宿”から「光の帯×内藤新宿」をデザインコンセプトに、内藤新宿ゆかりの“下り藤”から藤色がステーションカラーに選ばれています。コンコースによって伊勢丹と高島屋という巨大デパートを結ぶ導線が形作られたのも特筆されます。

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▲電球色の照明が印象的な雑司が谷駅エントランス(左)と3番出口に設けられた動く歩道(右)。鬼子母神や雑司が谷霊園を訪れる高齢の方には喜ばれるに違いない。'08.6.10 P:伊藤真悟
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これまでは都電荒川線の“電停”名だった雑司が谷(正確には都電は“雑司ヶ谷”)。この地に新たに誕生する副都心線雑司が谷駅のデザインコンセプトは「木漏れ日×過去への思い出」。ステーションカラーは青竹色が選ばれています。鬼子母神や雑司が谷霊園の最寄り駅であることから、副都心線を下車してエスカレーター・階段を昇り改札口に向かうと、構内の照明の色合いが白色光から黄色光に変わり、暖かい印象を受ける演出が秀逸です。また、木材を多用して天井などをデザインしていることから、木漏れ日の中にいるかのような感覚も…。さすが脈々と続いてきた東京都心の地下鉄建設の掉尾を飾る路線だけに、駅設備にも実に細やかな配慮がなされています。

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▲副都心線建設区間・改良区間のこれまでの工事行程等。(東京地下鉄株式会社提供)
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▲副都心線運行計画(左)と各駅の概要(右)。(東京地下鉄株式会社提供)
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▲副都心線建設区間(池袋?渋谷)概要図。(東京地下鉄株式会社提供)
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※昨日アップいたしました試運転列車の動画(池袋折り返し発→(急行渋谷行き)→渋谷到着/7分46秒)が、手違いで渋谷駅場内進入直前で切れてしまっておりました。昼前には修正いたしましたが、それまでにご覧いただいた皆さんには失礼いたしました。

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▲新宿三丁目駅に到着する試運転列車。開業まであと4日、本番さながらのダイヤでの試運転が続いている。'08.6.10 新宿三丁目

いよいよこの週末、6月14日に開業する東京メトロ(東京地下鉄)副都心線の報道関係者向けの試乗会が行なわれ、私も参加させていただきましたので、今日は例によってハンディカムで撮った素人動画を交えて速報をお伝えいたしましょう。

IMGP7083n.jpg副都心線の概要はまたの機会に譲り、今日の報道試乗会の行程をご紹介すると、新宿三丁目駅を見学後、試運転列車(各停)で雑司が谷駅に移動。同駅を見学ののち、再び試運転列車(各停)に試乗して池袋へ。池袋で折り返し「急行」渋谷行きとなった列車で、さきほど見学した雑司が谷駅などの通過シーンを堪能しながら渋谷へ。再び各停となった試運転列車で新宿三丁目駅に戻るといった行路です。すでに本番さながらの列車密度で試運転が行なわれており、ホームで見ていると、ひっきりなしに「試運転」の表示を掲げた7000系や10000系が行き来していました。
▲試運転中の10000系。今日の試乗時間の範囲内では10000系と7000系の姿のみで、他社所属車輌は目にすることがなかった。'08.6.10 新宿三丁目

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▲藤色をステーションカラーとし、光の帯×内藤新宿をコンセプトに掲げた副都心線新宿三丁目駅構内。'08.6.10 新宿三丁目
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最初にご案内いただいた新宿三丁目駅は、まだ線名が「副都心線」と決まる以前の「13号線」時代、巨大なシールドマシンが掘削している現場を拝見させていただいたことがあります(アーカイブ「最後(?)の地下鉄13号線建設中」参照)。それだけに、あれから3年、ついに完成した駅構内の美しい姿に、門外漢ながら感動を覚えずにはいられませんでした。

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▲この14日に開業を迎える東京メトロ副都心線路線概要。(東京地下鉄株式会社提供)
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さて、あれこれご説明するよりも、今日はまず動画をご覧いただきましょう。池袋駅に到着した試運転列車が小竹向原方の引き上げ線で転線し、「急行渋谷行き」となって渋谷に到着するまでのダイジェストです。家庭用機器での手持ち撮影ゆえ、お見苦しい点はあらかじめご容赦ください。

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上の画像をクリックすると試運転列車の動画(池袋折り返し発→(急行渋谷行き)→渋谷到着/7分46秒)がご覧になれます。
※音声付きですので、クリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

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▲国見山の鉱石輸送鉄道は吉津港から伊勢地川を遡るように山間の中央貯鉱槽を目指す。写真は港へと向かう盈車列車。'76.3 P:古村 誠
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5月27日付けでご紹介した「“国見山”のオアカー」をご覧になった古村 誠さんから、お便りと1970年代に撮影された貴重な写真をお送りいただきましたので、さっそくご紹介してみることにいたしましょう。

kunimi004n2.jpg国見山(南島町)の専用線のこと、大変懐かしく読ませていただきました。高校三年最後の休みだった1976年3月、やっと大学受験が終わったのにあれだけ熱心に追いかけたSLはすでになく、悶々とした気持ちの中、確か夕刊フジに紀州鉱山の記事が出て、「これだ!」と思い直ぐに向かいました。紀伊国屋で周辺の五万分の一の地図をチェックするとなにやら怪しげな線路記号が…。何も情報がないまま訪れたのが最初でした。
▲海岸貯鉱槽から推進運転で中央貯鉱槽へと引き返す列車。最後部の鉱車にはとって付けたような緩急室が付く。'76.3 P:古村 誠
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▲中央貯鉱槽で積込み中の列車(左)と、吉津港の海岸ふちを海岸貯鉱槽へと向かう列車(右)'76.3 P:古村 誠
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機関車の付け替えをしないため、逆エンドの緩急車にはブレーキ設備があり、電車のような音のタイフォンを鳴らしていたような気がします。紀州鉱山も楽園のようで、その後の鉱山巡りのきっかけを与えてくれました。懐かしいです。

kunimi002n6.jpg古村さんありがとうございます。国見山三重鉱山三重鉱業所のこの鉱石輸送鉄道は、1980年代以降比較的広く知られるものとなり、小誌でも1993(平成5)年版の「今なお現役」でガイドを交えてご紹介するなど、それなりに“メジャー”な存在となりましたが、1970年代の画像はたいへん珍しく、よくぞお出でになったものと改めて感じ入りました。なにしろ1970年代中盤の紀伊半島といえば、蒸気機関車の姿こそないもののDF50やキハ82の天下で、それなりに魅力的ではあった反面、足の便の悪さは想像以上でした。お便りにも出てくる紀州鉱山にしても、この国見山にしても、紀勢本線を外れた山奥に位置しており、とてもおいそれと訪ねられる鉄道ではなかったのです。
▲1990年代に入ると鉱車は近江鉄道から転入したセキにとって変わられ、この2軸鉱車の編成は姿を消した。'76.3 P:古村 誠
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▲鉱山鉄道とはいえ、両端の貯鉱槽付近以外は極めて牧歌的な里山風景が続いていた。'76.3 P:古村 誠
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今さら振り返ってみれば、当日動いているかどうかさえわからないこういった鉄道に胸ときめかせ、なけなしの金とあり余る時間を注げた体験は、私にとっても何ものにも代えがたい趣味の原点でした。きっと古村さんもそんなきらきらと輝く思い出をたくさん持っておられるに違いありません。

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※上のバナーをクリックすると現在開催中の「エコーモデル・その世界」展の詳細な開催案内がご覧になれます。

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▲いまだにしっかりとその姿を留める奈半利川線の法恩寺三光院跨線橋。切石を布積で積み上げ、馬蹄形断面のトンネルを形作っている。'07.7.20

昨年このブログ(アーカイブ「魚梁瀬森林鉄道跡をゆく」参照)で高知県の魚梁瀬森林鉄道沿線の5町村(安田町・奈半利町・田野町・北川村・馬路村)が森林鉄道の遺構を再調査・顕彰し、後世に残してゆこうという取り組みをご紹介しましたが、このたびその調査報告がまとまり、『高知県中芸地区森林鉄道遺産調査報告書』となって上梓されました。

080608n19.jpg馬路村の森林鉄道保存活動の中心的存在である清岡博基さん(馬路村村議会議長)が会長を務める「中芸地区森林鉄道遺産を保存・活用する会」が独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所に委託してまとめたこの調査報告書は、“悉皆調査”の名に恥じぬ徹底したもので、橋梁・隧道といった大規模遺構はもとより、それこそ旧線路跡の擁壁の石の大きさ・加工方法にいたるまでも克明に調査・記録されており、地元行政が本気を出すとこれほどまでのことができるのかと、改めて驚かされる恐ろしいほどの完成度です。
▲『高知県中芸地区森林鉄道遺産調査報告書』表紙。

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▲巻頭は8ページにわたってカラーの口絵が設けられている。海岸にかろうじてその橋脚を残す田野貯木場桟橋(左)やかつてこのブログでも紹介した立岡高架(右)などの現況が紹介されている。(『高知県中芸地区森林鉄道遺産調査報告書』より)

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▲第3章「本線の悉皆調査」より。悉皆(一つ残さずことごとくの意)調査というだけあって、擁壁、石垣にいたるまで、石の加工方法、大きさ、積み方までもが詳細な調査表(右)となってまとめられている。(『高知県中芸地区森林鉄道遺産調査報告書』より)

魚梁瀬森林鉄道は舛本成行さんのRMライブラリー『魚梁瀬森林鉄道』でご存知の方も少なくないはずですが、わが国屈指の規模の森林鉄道網であったとともに、技術面でも独自の発展を遂げてきたことで知られています。今回の調査も、現時点での遺構を正確に記録することによって、郷土の森林鉄道が築いてきた技術と文化を顕彰する今後の礎としようとする意気込みがひしひしと感じられるものです。

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▲昨夏訪れた際の安田川線バンダ島隧道。全長37.6m、ほとんど現役当時のまま残されている。'07.7.20

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▲そのバンダ島隧道についても詳細な測量を踏まえて紹介されている(左)。右は“犬牽き”の写真で知られる五味隧道の調査報告。(『高知県中芸地区森林鉄道遺産調査報告書』より)

最終第8章では「保存と活用」と題して中芸地区森林鉄道遺産を保存・活用する会のこれまでの取り組みが紹介されていますが、もと営林署職員等による座談会の開催など、オーラルヒストリーの“保存”も積極的に行われており、このあたりの取り組み様は、10月に碓氷峠鉄道文化むらを会場に開催予定の日本鉄道保存協会年次総会でもぜひ取り上げさせていただきたいと考えております。

080608n11.jpgところでA4判184ページのこの調査報告書、小部数ながら一般にもお分けいただけるそうです。本来の趣旨である歴史的産業遺産の保存・活用とは少々逸脱しますが、残存するすべての構造物(橋梁・隧道・建築等々)の実測図が入っている点は、森林鉄道をモチーフとした鉄道模型に取り組む皆さんにとっても、またとない資料に違いありません。価格は一冊2000円+送料。馬路村ふるさとセンター「まかいちょって家」(電話0887‐44-2333)が受付窓口となってくださるそうです。
▲残された建築についても細かい調査がなされ、逐一平面図が起こされている。(『高知県中芸地区森林鉄道遺産調査報告書』より)

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▲あまりの反響の大きさに急遽会場を広いセミナールームに変更して行われたトークショーも大盛況。諸星さんの楽しいトークに会場がわく。'08.6.7 P:山下修司

昨日夕方はNHKのニュース「首都圏ネットワーク」で紹介されるなど、連日大盛況の「エコーモデル・その世界」展ですが、かねてよりご案内のとおり、本日14時から『地鉄電車慕情』で知られる宮下洋一さんと、NHK「趣味悠々」の講師としてもお馴染みの諸星昭弘さんによるトークショーが開催され、これまたたいへんなにぎわいぶりでした。

080607n3.jpg司会進行は私が務めさせていただきましたが、とにかく4日水曜日の開場以来、予想を遥かに上回る人気に、トークショーの会場も急遽別フロアの大きなセミナー会場に変更。それでも立ち見が出てしまうほどでした。ご来場いただいた皆さんを見渡すと、エコーモデルのご常連さんの姿があるのはもちろんですが、これから鉄道模型、それも“地面もの”をはじめてみようかという女性やご夫婦の姿も見受けられ、ここでも新しい風が吹き始めている実感がいたしました。
▲100席が用意されたトークショー会場だが、立ち見が出るほどのにぎわいぶりに…。'08.6.7 P:山下修司
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▲名手・宮下さんは昨晩ひと晩で作り上げたというミニジオラマをご披露。「地鉄電車」誕生秘話に会場は興味津々。'08.6.7 P:山下修司

ところで、こういったオープンイベントの場合は“話の深度”をどの辺に設定するかが悩ましいところで、地方での写真展トークショーなどの場合は、最初にいくつかのキーワードをご来場の皆さんにお聞きし、ご存知かどうかで臨機応変にプロットを変えてゆくのが常です。その点今回のトークショーの場合は、鉄道専門用語よりも「昭和」「地面」「表現」といった一般的なキーワードが核となっており、宮下・諸星ご両人の絶妙のトークとあいまって、ビギナーからベテランまで多くの方々に楽しんでいただけたのではないかと思います。

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▲司会進行は私が務めさせていただき、モデラーのはしくれとして司会の域を超えていろいろとお話をさせていただいた。'08.6.7 P:山下修司

080607n5.jpgこのトークショーにあたってはお二方にあらかじめちょっとしたお願いをしていました。展覧会会場では作品を直に手にとって見ることはかないませんので、なにか小品で構わないのでトークショーにお出でになった皆さんに手に取って見ていただける作品を用意していただこうというのです。お二人ともにそれぞれ個性溢れる“逸品”をご用意いただきましたが、驚かされたのは宮下さんの作品で、なんと昨晩ひと晩で作り上げたものとのこと。ご来場いただいた皆さんも、「えっ、これがひと晩」と絶句。皆さんの制作意欲の導火線にも火がついたようです。
▲もちろん最後には阿部さんの挨拶が…。創業35年、ついに表舞台・丸の内でのエキジビション開催に感無量のご様子。'08.6.7 P:山下修司
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▲マスコミで相次いで取り上げられたこともあり、展示会場内はご覧のような大混雑。老若男女それこそ誰もが食い入るように1/80の世界を覗いている。'08.6.7 
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この宮下洋一さんと諸星昭弘さんによるトークショーは、明日8日(日曜日)も同じ14時から丸善丸の内本店3階(展覧会会場は4階)の「日経セミナールーム」で開催されます。もちろん入場は無料。ぜひお出でください。

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▲201系の“顔”が圧倒的な存在感を醸し出す企画展「中央線ものがたり ?去りゆくオレンジ色の電車と変わりゆく町?」のエントランス。'08.6.6

あいかわらず大賑わいの鉄道博物館ですが、私自身は仕事でちょくちょくお邪魔するものの、事務的な打ち合わせが主なため業務用口から出入りするのが常で、館内はとんとご無沙汰してしまっております。そんな中、今日は打ち合わせの後、多少なりとも時間が取れましたので、かねてより拝見したいと思っていた企画展「中央線ものがたり ?去りゆくオレンジ色の電車と変わりゆく町?」を覗いてきました。

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▲中央線ことはじめとして甲武鉄道時代の貴重な資料も展示されている。'08.6.6 
※これらの画像は鉄道博物館学芸員立ち会いのもとに取材したもので、企画展示室内は撮影禁止ですのでご注意ください。
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昨年の新幹線をテーマとした第1回企画展に続いて、3月19日から開催されている第2回企画展のテーマはE233系への置き換えが急ピッチで進んだ中央線をフィーチャー。1889(明治22)年の甲武鉄道による新宿?立川間開業以来119年、中央線は独特の車輌を生み、さらには “中央線文化”とも呼ばれる独自の沿線文化も育んできました。今回の企画展は、半世紀近くにわたって親しまれてきた中央線の「記号」とも言える“オレンジバーミリオン”201系の終焉を捉え、沿線の変貌も合わせて紹介しようというまさにタイムリーな展覧会です。


080606n14.jpgコレクションゾーン2階のスペシャルギャラリー1入口には、中央線の代名詞とも言える201系の正面が据え付けられ、15分毎に方向幕が変わるという手の凝った趣向で来場者を迎えてくれます。エントランスを入ると、ケースに入れられた甲武鉄道許認可関連文書や戦前の構内配線図などの実物が、独特のオーラを放って見る者を圧倒します。もちろん数々の前サボや201系の「省エネ電車」ヘッドマークなどは、“国電”ファンにとっては涙モノに違いありません。
▲旧型国電時代からの懐かしい行き先表示・列車種別板の数々。'08.6.6
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▲「省エネ」電車として1979(昭和54)年にデビューを飾った201系は国鉄→JRの激動を乗り越えて30年近くを走り続けてことになる。'08.6.6
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さらに201系関連では、運転台ユニット・チョッパ制御・回生ブレーキ回路(マスコン・ブレーキ操作により、オシロスコープで波形、模擬回路でチョッパ音等を再現)や、パンタグラフ(PS21、PS35C)の実物展示なども見逃せません。会期は6月23日(月曜日)までとあと2週間ほどとなってしまいましたが、ぜひとも見ておきたい企画展ではあります。

chuo01.jpgなお、この第2回企画展にあわせてオールカラー36ページの図録がミュージアムショップで販売されています。第1回展の図録もたいへん立派なものでしたが、今回も甲武鉄道計画路線図に始まる鉄道博物館ならではの収蔵資料が数多く収録されており、ぜひとも一冊手に入れておきたい素晴らしいものとなっています。

▲図録『中央線ものがたり ?去りゆくオレンジ色の電車と変わりゆく町?』表紙。

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▲その緻密な内容。未だに解明されていない点の少なくない武蔵野競馬場支線(三鷹?武蔵野競馬場間3.1km)についても1ページを立てて解説。

■内容
1)中央線のあゆみ
1989(明治22)年に新宿?立川間で開業した甲武鉄道以来の、120余年にわたる中央本線(東京‐高尾間)の歴史を紹介
2)車輌の変遷
各時期の最新の車輌(通勤用電車)が投入されてきた中央本線。そこで活躍してきた代表的車輌を紹介
3)去りゆくオレンジ色の電車
1979(昭和54)年の運転開始以来、中央本線の主役として活躍してきたオレンジ色の電車・201系を紹介。2編成を残して引退する同電車のあゆみ、特色などを紹介
4)変わりゆく町
“中央線文化”と呼ばれる独特の文化的気風を育んできた、同線沿線の移り変わりを往時の写真を中心に用いて紹介
資料編
○中央線電車区間(東京?高尾間)の消えた駅
○中央線電車区間(東京?高尾間)各駅のデータ
○中央線関係の開通・電化・線増年月日
○中央線電車区間(東京?高尾間)年表
■仕  様:A4版 36ページ オールカラー
■販売価格:700円(税込)
■販売箇所:鉄道博物館1・2階ミュージアムショップ

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山手線に可動式ホーム柵。

先に「グループ経営ビジョン2020?挑む?」で山手線への可動式ホーム柵の導入に取り組むことを発表したJR東日本から、具体的な導入の進め方が発表となりました。それによると、まず、ホームの構造上、早い時期に可動式ホーム柵の整備が可能である恵比寿駅と目黒駅の2駅に先行導入し、山手線全駅導入に向けた検証を行なうそうです。
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▲山手線可動式ホーム柵本格整備までのスケジュール(予定)。JR東日本提供

先行導入する2駅の可動式ホーム柵の使用開始は2010 年度を予定しており、両駅で技術的な課題、列車運行に与える影響等を検証し、その結果を踏まえて10 年間を目途に山手線全駅に整備を進めていく計画だそうです。ちなみに、この2駅の可動式ホーム柵の設置、ホームの構造改良等の地上工事で約30億円、定位置停止装置の設置等の車輌改造工事で約20億円が見込まれ、最終的な山手線全駅への整備費用は、現時点の概算で約550億円程度と発表されています。

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▲山手線に導入される可動式ホーム柵のイメージ。JR東日本提供
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先行導入駅に設置する可動式ホーム柵の特徴は、以下のようなものです。
・戸袋部の一部を「緊急脱出口」として設計し、車輌からホームへの緊急時の避難に配慮する。
・耐環境性能の向上、システムの二重系化など、信頼度の向上を図る。
・可動式ホーム柵の稼働状況を遠隔監視でモニタリングし、万一の故障時の体制の強化を図る。

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▲可動式ホーム柵を床面に固定する強度を確保するため、ホーム舗装面の下部が土で構成されているホームに対しては、鋼材等で強度を上げる工事が必要となる。JR東日本提供
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▲可動式ホーム柵の設置にあたっては、地上のドアと車輌のドアの位置が合うようにこれまで以上の停止精度で列車を停止させる必要があり、運転士のブレーキ操作をサポートする「定位置停止装置(TASC)」を設置するための改造工事を行なう。また、線路上にTASC 用の地上子が設置される。JR東日本提供
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この山手線への可動式ホーム柵設置にあたっては、ホーム構造の改良工事、定位置停止装置(TASC:Train Automatic Stop Control system)の導入、そしてファンにとっては見逃せないのは6扉車(サハE230-500)が編成から外されることでしょう。山手線の西日暮里駅?浜松町駅間は輸送障害の発生時等に、京浜東北線と同じ線路を使用した列車運行を行っているため、山手線の6扉車が停車する位置に京浜東北線の4扉車が停車する可能性が考えられます。このため、可動式ホーム柵の本格的な整備に合わせて、山手線の6扉車がすべて4扉車に取り替えられることとなるわけです。なお、恵比寿・目黒両駅への可動式ホーム柵先行導入は車輌取替の時期より前になるため、6扉車(7、10号車)部分には、車輌取り替え後に可動式ホーム柵が設置される予定だそうです。

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▲山手線全駅の可動式ホーム柵設置位置(予定)。JR東日本提供
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▲古くからのモデラーなら、エコーモデルと聞いてまず思い浮かべるのが「城新鉄道」のこのバス車庫や火の見やぐらだろう。車庫脇の便所や落書きに、40年前の阿部さんの非凡さを改めて思い知る。'08.6.4
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先般も予告いたしました「エコーモデル・その世界」展がいよいよ今日から始まりました。場所は東京・丸の内のトレンドスポット「丸の内オアゾ」。今でこそまったく面影はありませんが、私たちファンにとっては忘れることのできない“本丸”こと、国鉄本社ビルの跡地です。

maruzen1007.jpg会場の丸善丸の内本店4階のギャラリーは午前中からたいへんな賑わいでした。「エコーモデル・その世界」展と銘打たれているだけあって、同社が拘り続けてきた1/80スケールの「昭和」が会場に充満しています。なかでも嬉しいのは、ご店主・阿部敏幸さんがアマチュア時代に発表された伝説の「城新鉄道」をはじめとしたジオラマ、ストラクチャーの実物が目にできることです。
▲その城新鉄道火の見やぐらと温泉バスの駅前車庫も実物が展示され、間近で見られる。'08.6.4
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まだわが国の鉄道模型界にウェザリング、エイジングなどという概念がなかった頃、試行錯誤を繰り返しながらも、天才的なセンスで模型をアートのレベルにまで引き上げた阿部さんの足跡を直に辿れるという点では、この展覧会、「阿部敏幸・その世界」展と言い換えても良いかも知れません。

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▲宮下洋一さん作の『地鉄電車慕情』掲載のジオラマもずらりと展示されている。まさに千載一遇の機会。'08.6.4
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もちろん阿部さんの作品にインスパイアされた“後進”は数多く、その代表のお一人が『地鉄電車慕情』で知られる宮下洋一さんです。今回のエキジビションでは宮下さんの「地鉄」関連ジオラマも一気に展示されており、これもまたとない機会と言えるでしょう。ちなみに、宮下さんの作品群は昨年、江戸東京博物館で開催された「大鉄道博」でも一般公開されましたが、この時はアクリルケースに入っていたため、反射でその精緻なディテールが見難い辛さがありました。その点、今回はそのまま展示されているため、実にリアルに鑑賞することができます。

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▲話題のトレンドスポットだけあって、高い天井とスポット照明と、雰囲気も抜群。作品がケース越しでなく直に見られるのも今回のエキジビションの美点。'08.6.4
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maruzen1010.jpgそしてもうひとつ、「エコーワールド2008 ジオラマコンペティション」の入賞作品11作品がすべて展示されているのも圧巻です。すでに特選から準佳作までは決定し、会場では授賞盾とともに展示されていますが、果たしてどの作品が栄冠に輝いたのかは会場にお出でになってのお楽しみとさせていただきましょう。いずれにせよ、どの作品もエコーモデルが35年間にわたって提唱してきた“鉄道模型に地面ありき”の理念を見事に昇華した作品で、実に見ごたえのあるものです。
▲ジオラマコンペの入賞作品展示も必見。いったい「特選」に輝いたのは…。'08.6.4
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▲コンペ入賞作品の情熱には来場者皆さんが釘付けになっていた。写真は加瀬康之さんの「東龍野町界隈」の一隅。'08.6.4
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会場はそれほど広くはないものの、如何せん展示されている世界は1/80。しかもどの作品もが究極の作り込みがなされているとあって、お出でになる際は80倍の会場広さを歩くつもりで、充分な時間的余裕を持たれることをおすすめします。

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▲模型のエキジビションにも関わらず、エントランスには厳かな宝飾ケースが…のぞき込んでみるとロストやホワイトメタルのアクセサリー類…という趣向。'08.6.4
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maruzen1008.jpgもちろん作品展示ばかりでなく、製品や書籍の販売、さらにはロストワックス・パーツの製造工程など、普段は目にすることのできない「舞台裏」も覗くことができます。販売コーナーでは、これから始めようと思うんですが…というビジネスマン風の方が、アドバイスを受けながら小物アクセサリーをチョイスしている姿もあり、驚くほど多い女性のお客さんの姿とともに、新たなフィールドが動き始めた予感もする初日でした。
▲普段は目にすることの出来ないロストワックス製品の製造工程なども必見。'08.6.4
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▲もちろん「三丁目の夕日」関連の展示もある。普段は気後れしがちな奥様同伴でも好評を博す可能性大。'08.6.4

ちなみに、会場内にはエコーモデルが協力した映画「三丁目の夕日」関連の展示コーナーもあり、丸善を訪れたOLの方々が食い入るように見入っている姿も印象的でした。

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▲そしてさらに必見なのが壁面に展示されている阿部さん撮影の昭和の情景の数々。東京駅発の最後の常磐線C62や、全盛期の都電といった鉄道関連以外に、実に丹念に昭和の生活を写されており、まさに写真家顔負け。'08.6.4

そして今回のエキジビションで特筆されるのが、壁面に展示された阿部さん撮影の昭和30?40年代の写真の数々です。もちろん貴重な鉄道情景も数多く含まれていますが、それよりもよくぞこんなものまで…という情景、例えば焼き芋屋、手相見、路上の靴磨き、はたまた長屋の板塀といったものが、これまた決してぞんざいでない、立派な写真作品として“活写”されています。極端な話、この写真を「写真展」としてご覧になるだけでもわざわざ行く価値があるとさえ言えます。

maruzen1013.jpg改めてご案内すると、会期は来週6月12日(木曜日)まで。時間も朝9時から夜21時(最終日は15時)までと、仕事帰りに寄るにも絶好の時間とロケーションです。この週末の土日(7日・8日)には私が司会進行を務めさせていただく宮下洋一さんと諸星昭弘さんのトークショー(両日ともに14時から)も予定されております。もちろん入場無料。モデラーのみならず、多くの皆さんにお薦めしたいエキジビションですので、ぜひお越しください。
▲オープン初日の今日はB滝さんと伺った。阿部さんを囲んでのショット。'08.6.4
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▲600㎜軌道との平面クロスをゆくリリプット牽引の列車。平トロには半生の煉瓦がびっしりと積まれている。'07.11.22 (このシーンは下記リンクで動画をご覧になれます。)
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残念ながら訪問当日は動いていなかったものの、600㎜軌道は見渡す限りの草原の真っ只中を、クレイピット目指してまっすぐに伸びてゆきます。その距離およそ800m。なんとも不思議な光景です。終点の巨大なピットにはラダーエキスカベータが備えられていて、ぜひとも間近でその古典的なエキスカベータも見てみたかったのですが、なにせレールの踏面以外は足をつけないほどの粘土質の土壌ゆえ、結局接近することはかないませんでした。

liliput302.jpgこの原料土運搬用600㎜軌道で働くのが、鮮やかなブルーに塗られたプリムスのキャブレスDLです。なんでアメリカ製の機関車が…と思われるかもしれませんが、北部フランスのこの手の軌道には、英国製のラストンなどに交じって、プリムスやホイットカムといった米国製小型DLが結構活躍していました。かつて訪ねたリール近郊の煉瓦工場でも同系機を実見しておりますし、いったいどういった経緯でこれらの機関車がフランスに導入されたのかは興味深いところです。
▲原料運搬軌道(600㎜)担当のプリムス製DL。ペイアンさんもアメリカだったら博物館ものだぞ…とちょっと自慢げ。'07.11.22
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▲乾燥場の上屋は本線(?)と直角にずらりと並んでいる。羊羹状に成型された粘土はまずこの乾燥場の棚に並べられて天日乾燥されたのち、キルンに運ばれて焼かれる。これ以上ないほどのへろへろの線路をリリプットが戻ってきた。'07.11.22
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クレイピットへの線は基本的に春から秋にかけての運転だそうで、凍土と化す冬場はエキスカベータでの掘削も困難となるためか使用されなくなるようです。ただピットへのレールも光っており、前日には動いていた形跡が…。訪問した季節が恐らく年内最後の稼動期だったのかもしれません。

liliput601.jpg一方のリリプットが働く500㎜軌道は通年運転だと聞きます。600㎜の原料軌道が運んできた粘土はフォーミングマシンに入れられ、まさに羊羹のような生煉瓦(?)に成型されます。乾燥場に並べられたこの成型品は、天日乾燥されたのち、平トロに積まれ、リリプットに牽かれてキルンへと運ばれることになります。しかるのち窯で焼かれて製品の煉瓦となるわけですが、素人目に見ても決して生産量は多そうには見えません。夕方になって製品搬出のトラックがやってきましたが、中型トラック1台分がその日の出荷量でした。
▲“リリプットの森”からキルンをのぞむ。原料運搬用の600㎜軌道(左)とリリプットの働く500㎜軌道(右)が寄り添うように走る。'07.11.22
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▲600㎜軌道と500㎜軌道(右)の平面クロス部。クレイピットへと続く600㎜軌道をカーブしながら横切った500㎜軌道は、森の横を乾燥場(左奥)目指して伸びてゆく。'07.11.22
上の画像をクリックするとリリプットの動画(約40秒)がご覧になれます。
※音声付きですので、クリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

若社長ペイアンさんと愛犬のザブ君に見送られて工場を後にしたのは、晴れ渡った一日の終わりを告げる夕焼けが西の空を染め上げる頃でした。今日の宿までは約200キロ。リリプットとの出会いを思い返しつつ、高速A2を一路パリへとアクセルを踏み込んだのでした。

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▲空車を推進して森へと向かう“リリプット”。オリジナル・ドコービルの500㎜軌道はいったいどれほど昔から使われているものなのだろうか…。'07.11.22
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矢印だけのそっけない案内標識に従って農道のような未舗装路を進んでゆくと、前方から場違いなベンツの4駆がやってくるではないですか。ようやく擦れ違える道幅しかなく往生していると、ベンツの紳士がパワーウィンドを開けてなにやら叫んでいます。まぁ、私道に見知らぬ東洋人が運転するレンタカーがよろよろと入ってきたのですから一言あってしかるべきでしょう。

liliput107.jpgこちらから降りていってまずは挨拶。ヒエラルキーから察して英語が通じそうなので、日本からこの先の煉瓦工場の軌道を見せてもらいに来た旨を説明すると、驚いたことにこの人が目指すシモ煉瓦製造の若社長ペイアンさんでした。わざわざ日本から来たのか、私はしばらく出かけるが、自由に見れば良いとのありがたいお言葉。改まっての挨拶は若社長がお戻りになってからとして、まずは煉瓦積みの煙突がランドマークとなっているキルンを目指します。
▲キルンの周囲を取り囲むように500㎜の軌道が巡らされている。'07.11.22
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▲これが500㎜軌道唯一の動力車“LILIPUT”。リリプットとは小人の意で、すでに消えかかってはいるが、正面のルーバー部にペンキでレタリングされている。'07.11.22
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この工場は昔ながらのキルンが1基あるだけの実に小規模なもので、事務所も小ぢんまりとした住宅のような感じです。見る限り働いている人も十人ほどといったところでしょうか。さっそく現場の皆さんに挨拶し、軌道を辿りますが、面白いことになぜかこの工場、600㎜と500㎜の2つのゲージを使っており、前者がクレイピットからの原料運搬用、後者が乾燥場からキルンまでの運搬用となっています。

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▲クレイピットへの600㎜軌道には粘土運搬用のナベトロが見られる(左)。右は500㎜軌道の簡易転線装置で、リレーラーとシーソーを合わせたような構造。リリプットも超低速でこれを乗り越えてゆく。'07.11.22
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しかもキルンから乾燥場までの数百メートルは両者が並行しており、なにゆえこんな不経済なシステムとなっているのかはついにわかりませんでした。600㎜軌道の方にはプリムス製のキャブレスDLが、500㎜軌道にはいかにも手作り感漲る自家製DLがあてがわれており、自家製DLには“LILIPUT”(小人)の愛称が描かれています。

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▲ローディングポイントは800mほど先にある。一見普通の草原のように見えるが、実際はズブズブと底なし沼のような超軟弱地盤で、レールの踏面を歩いてようやくここまで到達した。画面の前方が乾燥場。'07.11.22
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残念ながら当日はクレイピットへの600㎜軌道は稼動しておらず、プリムスの動く姿は目にすることが出来ませんでしたが、リリプットの方は健気にちょこまかと動き回っており、その愛らしい姿を堪能することができました。ただ、閉口したのは軌道周辺の粘土質の土壌です。まともに歩こうものなら、スニーカーの底に付いた泥が歩数と比例してさながら高下駄のように“積もって”くるではないですか。考えようによってはそれだけ煉瓦製造に適した土質と言えるのかもしれませんが、まさか“おフランス”でこんな目に遭おうとは想像もしませんでした。

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▲晩秋の日差しを浴びて500㎜の軌道が森へと続く。わかりにくいが右側の草の中にはクレイピットを目指す600㎜の軌道が寄り添うように並走してゆく。'07.11.22
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十年ほど前まではフランス各地に残っていたインダストリアル・ナローも急激にその姿を消し、今では指折り数えるほどになってしまいました。そんな中で一度訪ねてみたいと思っていたのが、ノルマンディー地方にある欧州最古の現役内燃機関車とされるユンクを使っている煉瓦工場と、今回ご紹介する北部フランスのシモ煉瓦製造(Briqueterie Chimot)でした。

liliput110.jpg北部フランスは煉瓦製造に適した土壌もあってか、古くから煉瓦の製造が盛んで、かつてはその多くがクレイピットから工場への原料運搬用軌道を擁していました。クレイピット周辺の地盤が極端に軟弱なことからゴムタイヤのトラックが使えず、昔ながらの軌匡(移設式軌道)が愛用されてきたものですが、近年では小型軽量の重機の開発も進み、あえて原始的な軌匡を使う必要もなくなったようです。
▲バランシエンヌの街外れの立つシモ煉瓦工場の案内標識。これでは見つけられないはず…。'07.11.22
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▲SNCF(フランス国鉄)のバランシエンヌ駅は由緒ありそうな歴史的建築。ここでもLRTが活躍している。'07.11.22
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13年ほど前にベルギー国境周辺に点在する3ヶ所の煉瓦工場を巡ったことがありますが、そのいずれの軌道も今はなく、判明している限りでは北部フランスに残る唯一の軌道利用の煉瓦工場がここシモ煉瓦製造です。

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▲いったいいつ頃のものなのだろうか、1基しかない原始的なキルンを取り囲むように500㎜ゲージの軌道が敷設されている。手前に見えるのが500㎜軌道唯一の動力車“LILIPUT”。'07.11.22
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▲森の中を続く軌道。こちらはプリムスが働く600㎜軌道の方で、リリプットの500㎜軌道は画面右側に並行している。'07.11.22
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パリ市内から北東へ約200キロ。バランシエンヌという町にその工場はあると聞いてパリからレンタカーを飛ばしてきたものの、これが一筋縄ではゆきませんでした。バランシエンヌの町は歴史あるかなり古い町らしく、街路が複雑に入り組んでおり、おまけにやたらと一方通行が多いときています。高速のサービスエリアで買った市内図を手がかりに…と思うものの、なにせ一人旅ゆえナビゲーター役もおらず、逐一クルマを停めて地図を確かめる有り様です。

liliput106.jpg気が付くと同じ場所に戻ってしまったり、どうにもお手上げ状態に陥り、やむをえず沿道の車庫からクルマを出そうとしているオバサンに訊いてみることにしました。もちろんフランス語などできませんから(大学時代の第2外国語はフランス語を履修しましたが…)、ノートを見せながらせめて道順だけでも教えてもらおうという腹です。ところがこのオバサン、えらく親切な人で、私が先導してあげるからついてきなさいとジェスチャーしてくれるではないですか。
▲乾いた排気音を響かせて森へと入ってゆくリリプット。気持ち良い風が白樺の木立を揺らす。'07.11.22
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▲乾燥場脇をクレイピットへと続く600㎜軌道。線路はこの先で左へと分岐し、恐ろしいほどの軟弱地盤をピットへと進む。'07.11.22
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これはありがたいとオバサンのクルマについて走り始めたものの、これが速いのなんの。後ろを慮るどころか、まるで振り切ろうとしているかのごとき飛ばしようです。まさに地元民しか知らない裏道をバンバン飛ばすのですから、ついてゆく異邦人としては冷や汗ものでした。まぁ、なにはともあれこのオバサンのおかげもあってお目当ての煉瓦工場入口までたどり着くことができたのですが、入口といっても肝心の工場は遥か彼方で見えず、農道のような未舗装路の入口に小さな矢印看板があるだけ。これでは自力では日が暮れるまで探しても見つけられなかったに違いありません。

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