小田急新型ロマンスカーMSEに試乗。(上) 動画付
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▲営業開始を前に、小田急電鉄はA4判横開き16ページの豪華なパンフレットを制作。表紙はこのようにたいへんインパクトのあるものとなっている。(小田急電鉄提供)
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3月15日から営業運転を開始する小田急電鉄の新型ロマンスカー60000形MSEの報道向け試乗会が本日開催され、ちょうど別企画でご一緒していた向谷 実さんとひと足早くロマンスカー千代田線乗り入れの旅を楽しんできました。今日はなによりもまず地下鉄線内をゆくロマンスカーの動画をお目にかけたいと思います。
今日の試乗会の行程は成城学園前から綾瀬への往復。通常は北千住までの営業運転となりますので、北千住−綾瀬間に乗車できるのはまさに千載一遇の機会といえましょう。成城学園前駅の駅ビル4階にあるレストランで向谷さんと昼食をとり、いざ試乗会受付へ。すでに多くのプレス関係者が集まっていましたが、始発の成城学園前以外にも途中の霞ヶ関で乗り込んでくるテレビクルーなどもいるそうで、この新型ロマンスカーの注目度の高さが伺いしれます。
▲試乗会参加証のワッペン。

▲成城学園前駅に到着しようとする60000形MSE。フェルメールブルーの車体はこのような遠望にもくっきりと映える。'08.2.29
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▲MSEの運転経路と停車駅。新木場への「ベイリゾート」は実際には霞ヶ関でスイッチバックする形の運転経路となる。(東京メトロ提供)
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試乗列車の編成は4+6輌の10輌フル編成で、実際の営業運転と同じ。13時58分に成城学園前駅を発車し、途中霞ヶ関駅に停車、綾瀬を15時08分に折り返し、霞ヶ関駅に15時33分、成城学園前駅に16時00分に戻ってくる行路です。いかんせん地下鉄線内は普通列車の間を走るかたちとなりますので、特急といえどもそれほど所要時間は短縮されていません。
▲成城学園前に進入してくるMSE。いよいよ試乗会が始まる。'08.2.29
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代々木上原から地下線に入ると、見慣れた地下鉄ホームをリクライニングシートで“通過”してゆく感覚に新鮮な驚きを覚えます。もちろんホームにいる一般乗客の皆さんも、噂には聞いていたがこれが新しい千代田線乗り入れのロマンスカーか…と一様に驚かれた様子。
今日はぜひ動画でその感動を疑似体験なさってみてください。
■動画

▲荒川橋梁を渡り綾瀬に向かう試乗列車。営業列車では乗車できない区間だ。'08.2.29
上の画像をクリックすると自動的に動画の再生(約12分)を開始します。
※音声付きですので、クリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。








このブログでもご紹介しましたが、“RAIL EXPO”会場で














「JRの鉄道・車輌に関する知識を楽しく、簡単に身に付けよう!」というコンセプトのもとに開発されたこのDS用ソフト、「鉄道検定」と「車両ガイド」を主機能とした「鉄道ゼミナール」モードと、「車両図鑑」、「鉄道用語事典」、「博物館ガイド」を包括した「データベース」モードからなり、その内容の深さと完成度の高さはちょっとした感動ものです。開発にあたったのはこれまでにも数々の鉄道系ソフトを手がけてきたタイトーの精鋭チームの皆さん。そこにシミュレータ開発で知られる「音楽館」の向谷 実さんが加わり、さらに小誌が『JR全車輌ハンドブック』の膨大なデータと画像を提供しているのですから、そのポテンシャルの高さはご推察いただけるはずです。

あまりに多機能すぎてとてもこの場ですべてを語り尽くすことは不可能ですが、なによりも特筆したいのは『JR全車輌ハンドブック』の画像・テキストを基礎とした「車両図鑑」の検索機能です。冒頭でそのフローの一部をお見せいたしましたが、形式や番号、列車名や所属会社といったいわば“定番”のキーワードはもとより、地域や車体色などからの検索機能まで設定されています。ことに車体色は細い帯にいたるまで丹念にインプットされており、その綿密さには正直驚かされます。これによって、まったく予備知識がない方でも、このDSひとつ携行していれば、旅行中に一瞬見かけた車輌でさえ、車体色→地域→線区といった絞込み検索によって素早くその正体を知ることが可能です。

「蒸気動車」という車種に“?”と思われる方もおられると思いますが、端的に言えば蒸気機関によって自走する客車のことです。日本では1905(明治38)年に瀬戸自動鉄道(現・名鉄瀬戸線)が導入したフランス製「セレポレー式」車が営業運転における嚆矢であり、続いて近江鉄道など幾つかの鉄道がオーストリア・ハンガリー(当時)製の「ガンツ式」を採用。そして1909(明治42)年に国産車「工藤式」が完成すると、鉄道院を含め各地の鉄・軌道でその活躍が見られるようになりました。

今回のセミナーは「広田尚敬&小山伸也が語るD300鉄道写真テクニック」と銘打たれたサブタイトルのように、ニコンのデジタル一眼レフD300でどう鉄道写真を撮り込むかがメインテーマです。ニコンのデジタル一眼というとどうしてもフラッグシップたるD3に思いを馳せてしまいがちですが、2番手に控えるD300も、とりわけ鉄道写真に関してすばらしいポテンシャルを秘めています。詳しくは機会をみて改めてご紹介してみたいと思いますが、実はニコンさん社内には鉄道写真ファンが極めて多く、このD300の開発に関わった方たちも「趣味は鉄道写真」という皆さんなのです。それだけに、従来機には見られなかった鉄道撮影を前提としたパフォーマンスもいくつか盛り込まれています。
セミナーは広田さんがD300で撮りおろした作品を中心に、小山さんのテクニカルな解説を交え、思わず聞き入ってしまう一時間半でした。ことについ先日特写にお出でになったという釧網本線「冬の湿原号」のC11は、いかにも広田さんらしい絶妙の間を捉えた作品で、さながら写真集


しかし1970年代に入るとメインであった峩朗線(6.6㎞)ルートに原石輸送用のベルトコンベヤが設置され、1973(昭和48)年以降は峩朗鉱山からの輸送量は大幅に減少してしまいます。晩年はもう一方の万太郎沢線(3.4㎞)の方が列車密度が高くなり、私が訪ねた1979(昭和54)年当時は峩朗線が一日5往復、万太郎沢線が一日8往復程度の運転となっていました。




その洪致文さんが先鞭をつけた感のある台湾の鉄道図書出版ですが、この十年ほどで実に多くのテーマが書籍化されてきました。残念ながら途中頓挫してしまった鉄道雑誌もあったものの、質量ともに驚くべき発展ぶりといっても過言ではないでしょう。かつて主要橋梁や隧道にはトーチカが建てられ歩哨が監視していた状況を思うと、まさに隔世の感と言わざるをえません。そんな中、この『沿著輕軌私遠足ー烏來台車與台車博物館的故事』を手にして久しぶりに本棚から取り出してみたのがチャールズ.S.スモールさんの『RAILS TO THE MINE』です。





