昭和30年に日本車両が製造した試作機でしたが、昭和32年6月に国鉄が借入した際にDD42 1を名乗ることになりました。しかし翌年3月には除籍ののちに返却され、常総筑波鉄道に譲渡されてDD90 1になったという経歴を持つ機関車でした。その後、関東鉄道・鹿島鉄道と継承され、晩年は常陸小川駅の貨物荷捌線に留置されていました。この写真を撮影した1週間後、鹿島鉄道の廃線を待たずして現地で解体されてしまいました。 ’07.2.20 鹿島鉄道 常陸小川 P:前 直也