旧国鉄初の通勤型アルミ車で7輌×8編成56輌が在籍した、初期型5編成と後期型3編成からなり、識別帯の造作で区別(添付写真は後期型)できた。乗り入れ先の東西線10輌編成化に伴い編成替えが行われ、1号編成と3号編成先頭車が中間車化(運転席は残されたが機器は撤去)、2号編成の2・3号車がサハ化された、6号編成は5輌化され他編成入場時(301系並びに103-1200入場は5輌単位で入場した)に代番用として差し替えたが、103-1203編成が5輌化された後不要となり早くに姿を消した、この301-6編成と103-1203編成は両端「幌付き」で異彩を放っていた。写真の黄色識別帯は総武緩行線205系導入に伴い誤乗防止の為、以後青色に変更された、写真以降の大きな改造として快速幕の撤去と冷房化があり、冷房化後では車内の扇風機の数がM1とM2車と異なっていた。231-800導入に伴い平成15年で全車引退した。 ’87年頃 阿佐ヶ谷 P:田中健吉