伊予鉄道モハ200形は昭和6年の高浜線電化時にモハ100形とともにモハニ200形として6輌が増備された。その後昭和38年頃までに荷物室が撤去されたが、扉はそのままの姿で使用されたため、扉の配置が変則的であった。(但し203は戦災復旧の際に車体を変更された)その後同型車で3輌編成を組み昭和60年まで活躍した。予備車として最後まで残った204の編成が昭和62年に引退した。 ’82.8 大手町 P:深山剛志