資料館

南海電鉄 モハ1501系(モハ1511)

2007.08.24
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終戦直後、国鉄のいわゆる63形は東武や小田急など各地の私鉄にも登場した。南海も戦前から20m車を運転していたし、国鉄客車を用いての南紀直通列車を走らせていた実績(?)と私鉄では最大の戦災車を出したため20輌の63形がモハ1501形としてすべて電動車で登場した。ただし、南海は電圧が600Vだったので、そのまま走らせるわけにはゆかず、制御器も200馬力の大出力を誇る2001系並のものを装備し、1947年と他社にやや遅れての登場であった。当初はすべて電動車だったので、中間に17m級の木造車を挟んだりして活躍した。後に昭和34年、和歌山市寄りの電動車8輌をクハ1951形とした上で、電装品をモハ1521 形に譲りさらに昭和40年3月頃より4輌の電動車を貫通化改造、これによって63形による2M1Tが4編成出来るという寸法であった。写真はまだ改造過渡期の時代で、モハ1511は貫通改造されたものの中間に標準型18m車、クハ2851形を挟んだ和歌山市行きの普通電車である。折角の改造にもかかわらず、7001系の増備により63形ことモハ1501系は昭和43年には廃車となった。 765.5 南海本線 浜寺公園─羽衣 P:永野晴樹

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