戦前昭和14年、東横線の新型電車として登場、当時今の京急と直通計画があり、標準軌用台車を装備したのが特徴。昭和35~36年頃まで片隅運転台で、正面左側の車内は最前部までロングシートがあり、展望満点だった。写真の昭和39年には全室式運転台に改造されているが、それまでは中間に全室式運転台のクハ3850等を連結し、車掌はクハの運転台からドア扱いをしていた。写真の二子橋の併用軌道はもと玉電の線路を戦時中に改軌したものである。永らく大井町線で活躍したが、田園都市線と改称され、高性能車が入線するに従い、目蒲線に転属した。晩年1975年頃より更新改造、アルミサッシや車内の改装はまだしも、張り上げ屋根、ヘッドライトも下部に2灯化改造された姿に、私は撮影意欲をなくした。 ’64.9 大井町線(当時)二子玉川─二子新地 P:永野晴樹