185系

資料館

C62 48

2005.09.15
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49輌誕生したC62のうち、汽車会社製のラスト5輌(45〜49号機)は新製時から“軽軸重”で生まれ、いずれも尾久区に投入、長らく常磐線で活躍した。この48号機も尾久から平区に転じたものの、電化まで常磐線で活躍を続け、特急「ゆうづる」の先頭に立つ機会も多かった。1967(昭和42)年に糸崎区に転じ、僚機46・47号とともに呉線で働いたが、同線の電化を前に、1969(昭和44)年9月付で廃車された。広島工場施工機が砂撒管をケーシング上に露出させる改造を施しているのに対して、本機は郡山工場施工のまま原形を保っていた。’69.3.1 広島 P:笹本健次

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