text & photo:児山 計

▲300系新幹線J0編成。初めてこの車両を見たときは100系とは違うレーシングカーのような空気にしびれた。
■270km/hのインパクト
1990年代といえば東海道・山陽新幹線の大きな変革を忘れてはなりません。1964年の開業以来、東海道新幹線は速達列車の「ひかり」と各駅停車の「こだま」の2種で運行してきましたが、1992年に新しい列車種別の「のぞみ」が登場します。
「のぞみ」は東京と新大阪をこれまでよりも19分短縮した2時間30分で結ぶ「ひかり」の上位種別として設定。そのため車両も最高速度270km/hといった高速運転が可能な300系新幹線が新造され、これまでの東海道新幹線とはまったく異なる「変革」を予感させるに充分でした。
「のぞみ」の立役者である300系新幹線は、これまでの新幹線電車とはまったく異なる発想で、徹底的に速度を出すためだけに軽量化を極めた車両です。300系の前に登場した100系新幹線で見られた二階建てグリーン車や食堂車のようなわかりやすい豪華さは排除され、軽量化のために40cm低くされた車高、グラム単位で軽量化を追求した座席、編成重量も0系新幹線と比較して約200tの軽量化を達成するなど、まるでレーシングカーのように軽量化と高速性能を極めた精悍さを持った車両でした。
■速度は一級。しかし…

▲一見精悍に見えるスラントノーズも、最後部で空気をうまく制御できない欠点が判明し、次代にこのスタイルが継承されることはなかった。
しかし300系の高速運転は一定の支持を得たものの、評判は必ずしも良好ではありませんでした。高速化・軽量化技術はまだ研究途上で、300系のスラントノーズは空力的に再考の余地ありとして後継には引き継がれなかったほか、アルミシングルスキン構造のボディも保温性・遮音性に難があるため、後の主流とはなりませんでした。
乗り心地も決して褒められたものではなく、運行開始後に床下にアルミ板を追加したりグリーン車のパンタグラフを撤去したりして対策したものの抜本的な解決とはならず、300系の前に登場した100系新幹線、特にV編成の設備が優れていただけに「多少時間がかかってもV編成を利用したい」という利用者も少なからずいたようです。
筆者も当時、運行開始間もない300系新幹線の「のぞみ」を利用したとき「速いのは分かるけど揺れがひどいな」と思わざるを得ませんでした。特に最後尾(下りなら16号車、上りなら1号車)に乗ると、トンネルの出口などで最後尾での空気の剥離がうまくいかず、車体に貼りついた空気が暴れて大きく左右に振られることがあり、軽い恐怖を感じたことさえもありました。東京行きの新幹線では、1号車の1番E席に座ったとき「1番E(いい)席どころか乗り心地で言ったらいちばん悪い席だな」と毒づいたりなんかも…。
一方でそんななりふり構わずスピードを出す300系の走りはレイル・ファンとしてはとても熱いものに感じており、決して嫌いではありませんでした。700系が投入され300系「のぞみ」の運用が減少した運用末期は、わざわざ300系運用を狙って乗っていたほどです。
そう、新幹線の売りである「スピード」に関しては文句のつけようもなく、航空機利用者が新幹線利用に転移するなどして東海道新幹線の需要は大きく増加し、乗客もダイヤも「ひかり」から「のぞみ」にシフトしていきます。現在は片道毎時最大13本が設定される「のぞみ」ですが、デビュー当時は1日2往復でした。それが1993年に毎時1本の設定となり、1996年に毎時2本と、徐々に「のぞみ」の本数が増えていきます。それに合わせて「ひかり」の本数が減少し、2003年には「のぞみ」と「ひかり」の本数が逆転します。
車両も1997年に500系新幹線が、1999年には700系新幹線が「のぞみ」に投入され、300系での不満点だった乗り心地や居住性が改善されたことでサービスも向上。「のぞみ」はビジネスパーソンを中心に絶大な支持を得て、最高速度・所要時間もわずかずつですが短縮していきます。
現在多くの人は、「のぞみ」を東京~新大阪、もしくはそれ以遠を結ぶ新幹線電車として特に意識することなく利用していると思います。
現在の主力車両であるN700系、特にN700Sは高性能で、現在新幹線電車の中でも最高レベルの乗り心地を提供します。特に下りなら16号車、上りなら1号車に乗ったとき、中間車とほぼ変わらない快適な走りを体感した時は「空気をここまでいなしたか!」と感動したものです。
しかし同時に90年代の、乗り心地にお構いなしにただがむしゃらに突っ走っていた300系「のぞみ」もまた、言葉にできない愛おしさがありました。あの時たしかに新幹線の「新たなる進化」を感じたのです。


