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本領発揮できなかった機関車 1600t貨物牽引を夢見た「EF200」新車当時の写真とともに振り返る

2026.02.23NEW

text:瀧口宜慎(RML)
photo:RM

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 JR貨物が発足した1987年から1990年代初頭は好景気の追い風を受け、JR各社とも出足好調な輸送量を誇りました。鉄道貨物輸送量の増加に伴う列車増発を行うべく、国鉄末期に廃車となった保留車の車籍復活(EF65の一般型初期車)がされたほか、国鉄時代からのEF81・EF66の増備車・新番代の製作、コンテナ車の新造や高速化改造などで対応することとなりました。同時に新形式の電気機関車を導入するべく開発が進められ、その目標はより長い貨物編成を牽引でき、都市部における旅客列車の多頻度運転の妨げとならない高加減速が可能でハイパワーな電気機関車と位置づけられ、1990年3月に日立製作所で国鉄随一の大出力機であったEF66の3,900kWと比較して倍近い出力となる6000kWの直流電気機関車が完成し、EF200と形式名を与えられました。

1990年に登場したEF200は国鉄・JRを通し初めてシングルアームパンタを搭載し、国内においても大阪市交通局に続いて2例目となった車両。制御方式もGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータを搭載し、それを示すロゴが側面に描かれた。

1エンドを左、2エンドを右に見る。側面上部には、明かり窓の廻りには通気口とパンチングメタルのカバーが取り付けられ、車体左右で側面の異なった印象のものとしている。901号機では屋上機器カバーが量産機より210mm高かった、また中央部を頂点とする山型のブルーの塗分け(運転台屋根からつながる傾斜)も屋上機器側面になされている。

左から両端の台車のFD-3 と中間台車のFD-4 。最大1,600t(コンテナ車換算32両)の貨車を10‰の上り勾配でも時速90km/hで連続牽引できる能力を生み出す台車。

前面はEF66 100番代と同様のライトブルーで塗られ、ライトケーシングのくぼみと運転台裾部はグレーに塗られている。ライト廻りは量産機ではライトブルーに塗られるようになった。

運転台の左手はブレーキハンドルで右手がマスコンとなる。

パンタグラフ形式はFPS2形で現在の一般的なシングルアームパンタと違い、上枠がY字状に広がる構造のもの。

 さて、EF200は1990年の試作車の登場後、1992年から翌年にかけて20両の量産車が登場。新鶴見機関区に配置され、貨物輸送量が逼迫する東海道・山陽本線のコンテナ列車を中心に投入されました。当初構想のあった1600tクラスの貨物列車の牽引は沿線の変電設備の出力増強が必要となり、まずは1200tクラスの貨物列車牽引からのスタートとなりました。しかし、バブル崩壊による貨物輸送量の低迷などにより1600tクラスの貨物牽引に耐えうる変電設備の強化は見送られ、EF200は本来の能力の全てを発揮することなく、マスコンの25段きざみのノッチも15ノッチまでと制限されることになりました。

 その後の増備は運行貨物列車の実態に即し、EF66と同等の性能としたEF210が1996年から製造され、現在もなお増備がつづいているのは、皆さんのもご存じの通りかと思います。1600t列車(コンテナ車32両)の牽引を夢見たEF200も、2019年3月の運用をもって全車が引退しています。

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