185系

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今やレトロなプラレール クリアパーツの屋根など実は意欲作!「ファミリーりょこう サロンカー」とは?

2026.02.20NEW

text & photo:なゆほ

 60年以上の歴史があるプラレールの製品・歴史・情報をまとめ、自身のホームページ「プラレール資料館」で公開しているプラレールコレクター なゆほさん の鉄ホビ連載!長い歴史を持つプラレールというおもちゃをコアな目線から語っていただきます!今回は「ファミリーりょこう サロンカー」にクローズアップ。現在、「プラキッズ」を乗せられるプラレールがいくつか存在しますが、そのご先祖様と言える存在がこの「ファミリーりょこう サロンカー」でした。そしてそれ以外にも当時としては意欲的な造形が見られるのも、この製品の特徴なのです。(編集部)


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 現在のプラレールは、クリアパーツが窓の表現などに使われたり、全てがスケルトンとなったクリア車体、車内に人形を乗せられる車両と言った、デザインや遊びが定着しています。どちらもここ30数年ほどの間に発展してきたものですが、遡るとその「始祖」は42年前に存在していました。今回はその「始祖」となる車両、「ファミリーりょこう サロンカー」に迫ります。

▲1984年発売の「ファミリーりょこう サロンカー」

 「ファミリーりょこう サロンカー」はプラレールとしては画期的かつ斬新な製品でしたが、その製品化には隠れた背景があります。
 1980年代、実車をモデルに製品化を行っていたプラレールに暗雲が立ちこめました。分割民営化を前にした国鉄は非常に情勢的に不安定となり、おもちゃ映えしそうな華やかな新型車両があまり登場しなくなりました。
 1982年に製品化された200系「東北・上越新幹線」のように、子供に人気のありそうな車両は従来通りラインナップに上がりましたが、当時の国鉄の新型車両といえば105系(1981年)、119系(1982年)、713系(1984年)のように、地域性の強い車両のほか、203系(1982年)のように地下鉄直通車として開発され、走行線区が限定されるものなど、いずれも全国販売が基本のプラレールにおいては製品映えするとは言い難いものでした。
 従来製品の再発売や、全国の私鉄特急車を一通り製品化していたプラレールは、1982年から84年にかけて新製品の開発が滞り、後年になりファンからは「冬の時代」などとも呼ばれる期間に入ることとなります。苦肉の策として、「東海型急行電車」を塗り替え、国鉄185系に似せた「おどりこ号」「新幹線リレー号」、阪急6300系に似せた「通勤特急」は、この時期の代表的な製品と言えるでしょう。他にも、既存の車両をラジコン操作できるようにした「ラジオコントロール」シリーズ、中間車にメロディーICを組み込み、音楽を流しながら走る「メロディー」シリーズなどのギミック製品もこの時期に誕生しています。

 そしてこの頃、国鉄では新たに洋風ジョイフルトレイン「サロンエクスプレス東京」をデビューさせ、通勤路線では山手線に205系を、新幹線では100系を投入しました。いずれも広範囲を走る客車列車・通勤電車・新幹線にそれぞれ新型が登場したことで、1984年から翌年にかけ、プラレールで「ファミリーりょこう サロンカー」「通勤電車」「ニュー新幹線」として製品化されていくことになります。

▲14系を改造して取り付けた特徴的な5枚窓の展望室部分が忠実に再現された。

 「サロンカー」は、「ブルートレーン」の牽引機であるEF65形の先頭部に、警戒色であるアイボリーを入れてEF64形に見立てたものとし、客車2両は完全新規造型のものを組み合わせた2両編成としました。EF64形はプラレールとは初めてとなる号機指定がなされ、24号機となりました。実車のEF64形は前面に扉がありますが、非貫通のEF65形を流用したプラレールではあくまでも「それらしい」ものとされています。
 客車も「サロンエクスプレス東京」のスロフ14形を程よいデフォルメで再現。特徴的な展望室に、種車である14系の乗務員室折妻側を編成内側に向けた姿を再現しているほか、塗り分けモールドの無い側面、クリアパーツとなり車内が覗けるようになった屋根、そしてテーブルやコーヒーカップが表現された車内など、当時のプラレールからするとかなりのハイグレード仕様でした。最後尾の愛称表示器にはしっかりと車両名のシールが貼られています。車体へのクリアパーツ使用は当時すでに事例がありましたが、屋根のような大きなパーツでの採用は初めてです。
 「ファミリーりょこう」と付いているのは、当時のラインナップにあった「ファミリー人形」を乗せられることから来ています。3体の「ぼく」・「お姉さん」・「お母さん」が付属し、車内に乗せることができるという人形遊び要素も兼ねていました。こうした「人形あそび」は、「プラレールランド」や「ミッキーポッポ」で既に実現していたものですが、実在の車両をモデルとしたものに乗せられるのは「サロンカー」が初めてでした。
 単品の発売と同年には、鉄橋とトンネルが入ったセット品も発売されています。しかし1987年の動力更新を迎えた際、「通勤電車」「ニュー新幹線」はそれぞれ引き継がれたものの、「サロンカー」はそのまま絶版となってしまいました。機関車の型自体は「ブルートレイン」が新動力化されたため新動力時代にも引き継がれていますが、EF64形としてはこれっきりで終わっています。
 1984〜87年のみの販売という短期間で姿を消したことにより、プラレールファンの間ではレアもの扱いされており、実際に中古で目にする機会も少ないアイテムとなっています。
 客車そのものは1999年発売の「プラレール40周年号」にて、12系「オリエントサルーン」として屋根の固定化と扉部への帯モールド追加が施され再登場。2001年には「ユーロカートレイン」にて14系「ユーロライナー」としてまたしても登場しましたが、これを最後に姿を消しています。
 実車の「サロンエクスプレス東京」も、乗客のニーズに応える形で1997年に和風お座敷列車「ゆとり」に改造され、2008年に引退してしまいました。実車は引退後もスロフ14形2両が保留車として残存していましたが、これも2015年に廃車、解体されてしまいました。ちなみにこの時の廃車回送をEF64 1052が牽引し、機関車を含めた3両での走行が「プラレールの製品そのままだ」と当時話題になりました。

 こうして「サロンカー」製品は過去帳入りしましたが、この時に培われたクリアパーツ・ファミリー人形の要素は後年の製品に大きな影響を与え、1990年代以降は「スーパーひかり号」や「フラノエクスプレス」「スーパービュー踊り子号」の窓にクリアパーツが採用されたほか、ファミリー人形は「人形あそび」シリーズを経て、現在のプラキッズへと繋がっています。また、車内の造型についても、プラキッズ搭載車両に簡易的に再現されたのをはじめ、現在展開されている「リアルクラス」にも引き継がれていると言えます。

 今や数ある旧製品のうち、どちらかと言えば珍しいという評価で流されがちな「ファミリーりょこう サロンカー」。実は今のプラレールに繋がる要素を持つ、画期的な製品でした。

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