text & photo:福島鷺栖
取材日:‘22.6.22(特記以外)
以前この鉄道ホビダスで紹介した下関駅の貨物ホームの記事の中で、さらにディープな廃線跡があると少し触れました。現在は、小さな入換機が入換を行っている下関の貨物駅ですが、最盛期は下関駅の東西の両側に線路が張り巡らされ、レイル・ファンの間ではいまだ語り草となっている名貨物列車も発着していました。今回は、駅の西側と東側に残るこれらの痕跡を辿ってみようと思います。
【写真】今も道路に色濃く残る廃線跡!もっと詳しい写真でかつての貨物駅を辿ってみる!

下関駅の南側に残る踏切跡。このような痕跡が下関駅の付近には点在している。
■駅の西側に今の残る「とびうお・ぎんりん」の出発地
「とびうお」「ぎんりん」とは、かつて東京・大阪と西日本各地の漁港を結んだ鮮魚高速貨物です。各地の漁港から都市部の市場の競りに間に合う様にEF66がレサ10000を連ねて高速で牽引する姿は現在でも語り草となっています。そんな鮮魚列車の出発駅の一つがこの下関駅でした。

レサ10000の緩急車。冷蔵貨車の証で車体色は白。
‘82.6.7 山陽本線 鷹取操車場 P:上田隆浩
(消えた車両写真館より)
鮮魚貨物の貨車は下関駅の先に続く漁港の引込線から発車していたそうです。なお、漁港は現在も下関駅の西側に南北に広がっており、漁港へ向かう線路は貨物駅の南端から延びて、そのまま山陽本線を潜る形で駅の西側に延びていました。
貨物駅の南端から延びていた漁港への引込線跡。奥の門は貨物駅のもの。
漁港への列車は平成に入ってからも細々と運行されたが、現在ではレールも一部を残して漁港内の引き込み線跡は駐車場に転用されていました。
■埠頭へ続く線路は港町の記憶?下関西側の廃線跡を歩く!
ところ変わって下関駅の貨物ヤードの北側へ来てみました。貨物駅の北端は草生した線路が広がっていますが、かつてはここから下関駅西側と北側の埠頭へ引き込み線が伸びていました。
それでは、実際にその痕跡を見ていきたいと思います。現在駅近辺は駐車場やマンション等に変わっていますが、少し離れるとレールが残っていたりします。特に埠頭付近はレールがある箇所が多く、公道からも観察することができるためおすすめです。

突然現れる踏切跡。レールの配置から奥に分岐器があったことがわかる。
■商業施設を貨物線が潜っていた?シーモールの通路の謎
最後に、少しユニークな廃線跡をご紹介していきたいと思います。先ほどの貨物駅の北端から大通りを渡ると、駅前商業施設である「シーモール」の裏側に着きます。百貨店も入居する、駅前のランドマーク的な商業施設ですが、実はこの建物自体も廃線跡の一部なのです。シーモールの裏側の業務通路の一か所はかなり天井が広く造られています。実はこれこそが、シーモール建設前からあった引き込み線を跨ぐための空間の跡でした。なお、レールは1990年代ごろまでは残っていたそうです。

貨物列車が通れるように大きくつくられた空間が残る。

写真の階段の下に空いた空間から引き込み線は出ていた。
かつては、関門海峡の本州側の拠点として駅の両側に引き込み線が張り巡らされていた下関駅ですが、取扱量の減少などにより埠頭への引き込み線は次第に縮小していきました。しかし、現在も痕跡が数多く残っており、こうして当時の栄華を辿ることもできるのです。

駅東側の漁港の引き込み線と現在の地図。引用元:国土地理院撮影の空中写真(1975年撮影)と国土地理院発行地理院タイル(標準地図)

駅西側の埠頭の引き込み線と現在の地図。引用元:国土地理院撮影の空中写真(1975年撮影)と国土地理院発行地理院タイル(標準地図)






