185系

特集・コラム

様子の変わった更新車 115系にたった2両だけ施工された「簡易体質改善車」ってなに?

2024.11.27

text:MSかぼちゃ(X:@MS3167)

 111系・113系・115系といった直流近郊型電車の研究を活動のメインとし、鉄道系サークル「日本かぼちゃ電車学会」の主宰も務め、動画や同人誌でその成果を発表しているMSかぼちゃさんの連載!「徹底研究!国鉄近郊型電車113系115系」。今回は数ある115系の中でも、たった2両だけに施工された「簡易体質改善車」のクハ115-622とクハ115-219にクローズアップします。この2両は当時JR西日本が進めていた40N施工車に見えますが、よく見るとその特異な形態が段々と目についてきます。(編集部)


【写真】貴重な改造初期の頃や名残を伝えたA10編成の写真はこちら!

 バリエーションに富んだ車両が多数在籍していた広島地区の115系たち。個性的な車両も多かったのですが、その中でも特に奇妙な見た目をした車両が2両だけ存在しました。
 屋根肩の雨樋は体質改善40N施工車のように張り上げられているものの、それ以外の部分は原型のまま。車内も化粧板や便所に手が加えられているものの、体質改善車特有の転換クロスシートへの交換はなされていません。
 なにより、この車両は本来体質改善工事が行なわれる後期型の115系1000/2000番代ではなく、それよりも10年以上前に製造された115系0番代等初期型グループに属している車両なのです。
 今回は、そんな彼ら「簡易体質改善車」のあゆみと、その特徴について解説していきましょう。

▲活躍末期のクハ115-622。張り上げられた雨樋が目立つ。

‘12.3.10 クハ115-622 山陽本線 海田市 P:おれんじらいん

 広島地区で運用された印象の強い簡易体質改善車でしたが、実はその改造は岡山支社が行ったものでした。
 この当時の岡山支社には、主力の115系1000番代より10年以上車齢の高い115系初期型先頭車が一定数在籍していたのですが、最も古いこれらの車両を更新して編成内の状態をなるべく揃える目的で、2000年6月頃に当時オカK03編成に組み込まれていたクハ115-622と、11月には続いてA10編成のクハ115-219に施工されました。
 更新内容として車外では雨樋の張り上げ化や通風器の撤去が行なわれているほか、車内も化粧板や便所の更新が行われており、全体的に当時進められていた体質改善40N工事施工車に近い印象を受けます。一方、40N施工車で行われている窓枠の更新や座席の交換などは行なわれておらず、外見上では「屋根周辺のみ更新された」ような非常に特異な姿となっています。
 また、A10編成は簡易体質改善と同時に、編成内の他の車両には体質改善40N工事が行なわれており、車両の外見という面ではある程度形態をそろえられたのに対し、K03編成はクハ115-622のみに更新が行なわれており、編成内で雨樋の高さが異なる「凹凸編成」となっているほか、編成に組み込まれていたモハユニットが117系改造車の2ドア車3500番代で、編成中のドア数すら統一されていない、非常に特徴的な編成となっています。

▲湘南色が特徴的なクハ115-622。クハ111-5456から改造された編入車でもあった。

クハ115-622 P:織花蛍

 しかしこの2両の後は、更新対象になりうる車両が在籍していたにもかかわらず、同じ更新を受ける車両が現れることはありませんでした。
 というのも、この頃岡山地区では115系の短編成化が始まっており、その影響で115系初期型が相次いで運用を離脱していたのです。
 簡易体質改善車の2両も廃車こそ免れたものの、改造からわずか1年ほどの2001年に下関区へ転属してしまいます。

 下関区ではクハ115-219がC-14編成に、クハ115-622がG-02編成に組み込まれましたが、これらの車両には体質改善40N工事が施工されていないため、ここでも雨樋の高さが異なる凹凸編成となってしまったのです。
 しかし、当時の広島地区にはさらに状態の悪い先頭車が在籍していたこと、またAU75で冷房化改造がされているうえ、更新も施工された比較的状態が良好な車両だったこともあり、これら簡易体質改善車はその後10年以上広島地区で運用され、クハ115-622は2012年、クハ115-219に関しては227系導入後の2015年まで活躍を続けました。

▲クハ115-219が組み込まれたC-14編成は編成内他車に体質改善30N工事が施工され、塗装も広島更新色に変更された。

‘10.2.3 山陽本線 広島 クハ115-219 P:おれんじらいん

 この2両の廃車後は、かつてクハ115-219を組み込んでおり、その後も雨樋高さが異なっていたオカA10編成が、唯一彼らの名残を伝えていましたが、2024年に廃車されており今ではその面影を辿ることはできません。
 岡山地区でたった2両にのみ施工された簡易体質改善工事。改造から1年足らずで下関区に転用されてしまったものの、結果的に岡山地区の同僚よりも10年以上長く使用されており、その改造は決して無意味なものではなかったのかもしれません。

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