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特集・コラム

川の下に線路?脳が「バグる」不思議な光景 東海道本線を貫く天井川って!?

2023.04.20

text & photo:芦原やちよ

 川を鉄橋で渡る鉄道…いつの時代も鉄道シーンを象徴するもの、美しい写真を撮るスポット、鉄道模型の題材、そして乗って音を堪能したりと、レイル・ファンとしての楽しみ方はさまざまですが、実は川は鉄道線の下を必ず流れているというわけではないのです。今回は全国的にも珍しい地上面より上を流れる川、「天井川」と鉄道の関係について詳しく見ていこうと思います。

↓天井川である芦屋川と東海道本線がクロスする写真はこちら!↓

■そもそも天井川とは?

 そもそもとして、天井川とは一体何なのでしょうか。天井川とはその名の通り、地上面よりも上を川が流れているという地形を言います。これが生まれる経緯としては、元々の自然な川は土砂を下流へ流しつつ、洪水を起こす度に流れを変えていました。そうした洪水を防ぐために人工的に堤防を作り流れを固定した結果、川底に土砂が堆積、川底は上がるのでさらに高く堤防を作り、そしてまた土砂が堆積、川底が上がり…を繰り返して、最終的には地面よりも高い位置に川底がきてしまい出来上がった地形です。流れが緩やかな平野部で起こりやすい地形で、とりわけ関西地方には多く存在し、今回紹介する東海道本線では芦屋川の他に旧草津川(後述の付け替えによりこの天井川区間は廃川)、住吉川と天井川を潜るポイントが点在しています。

 ただ、人々が住む周囲の土地より上を川が流れている関係から、治水の面では不利なことが多く、氾濫・洪水対策などが重要になる地形でもあります。そのため他の川では大規模な付け替えによって、それまでの天井川を廃川とする動きも見られます。例えば草津川はかつて天井川であった区間が存在したものの、2002年に新設水路である「草津川放水路」が完成したことで天井川のあった区間は廃川になりました。

■東海道本線を「渡る」芦屋川

 こうしてできた天井川、地面よりも高いということで、この川の下を潜るように道路や線路が貫いています。東海道本線の芦屋駅から西に500mほど進んだ位置にある芦屋川。地図で見ると「鉄道橋があるのかな?」と思う地形ですが、実際訪れてみると、本当に川が線路の上を「渡って」いる光景に驚きます。そう、ここでは川の方が橋を渡る水路橋ということになります。川の左右には道路があるほか、川や堤防自体も綺麗に整備されている印象を受けました。

 先述の通り川の周辺は石組風の堤防や木を植えるなどの緑化がなされ、普段は川の流れも穏やかなこともあり市民と水が触れ合う憩いの場としての機能があるように見えました。

 ちなみに周辺には東海道本線のほか、北側には阪急神戸線芦屋川駅が、南側には阪神芦屋駅があり、それらに挟まれるような形でこのJR線は通っています。なお阪急と阪神、いずれも川の上を渡る橋でありつつも、その橋の上に駅プラットホームが存在しており、これはこれでちょっと面白い光景です。ただ、芦屋川を天井川として潜る鉄道はこの東海道本線だけになります。

■鉄路を見下ろす川という光景

 綺麗に整備された芦屋川の周囲には、交通量も多い賑やかな道路、歴史的な建造物や市民ホール・市民センターも存在しており憩いの場、そして芦屋市の文化発信の地としての側面があります。そんな中でふと川から目を逸らして見下ろしてみると、そこには線路が、しかも日本の大動脈といってもいい幹線である東海道本線があり、さまざまな列車が次々とやってくる…。

「本当にこの線路の上を交差する橋に、川が存在するのか?」

 日常風景そのものと言っていい景色の中に、非日常が存在しているこの感じは写真では伝わりにくいかもしれませんが、実際に訪れてみるとその不思議な光景に思わず我が目を疑います。そもそもとして、川の下を見下ろす、という行為自体が地上面より川底が高い天井川でなければ考えられない話ですが、周辺地域の人々にとってはこの光景もまた日常の一つであるように思えました。

 なおこの天井川を潜る構造自体は日本国内の鉄道黎明期と言える明治の頃から存在しており、当時は川の下を歴としたトンネルが貫いていました。このトンネルは「芦屋川隧道」と名付けられ、日本最初の鉄道用トンネルとして知られる石屋川隧道、そして2番目に造られた住吉川隧道に続き3つ目のトンネルとして1874(明治7)年に竣工しました。いずれのトンネルも天井川を潜るためのトンネルとして開通しており、日本の鉄道用トンネルの歴史は意外にもこうしたイレギュラーなものから始まったと言えます。そこには天井川を橋で渡した場合にできる勾配を、当時の蒸気機関車の性能では登ることができず、トンネルを掘削するほかなかったという事情がありました。
 なおこのトンネル自体はその後複々線化により解体され、現在のような水路橋となりました。

 高架線なども含めて、広い意味での「地上」を行く鉄道において、走る場所の地形というのは密接に関係する事柄です。何百、何千、何万年という時間をかけて出来上がった地形の中を、どのように工夫し、活用して線路を敷設するのか…、それを考えなければならないのは過去も、土木技術がさらに発展した未来も、きっと同じでしょう。
 その地形などに応じて敷設された鉄道から逆算してなぜそのような地形になったのか、そこへどのようにして鉄道を建設したのか、それを考察するのもまたこの趣味の楽しいところでもあったりします。

↓天井川である芦屋川と東海道本線がクロスする写真はこちら!↓

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