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特集・コラム

電車のそれとはちょっと違う…「配給客車」のことを知っていますか?

2022.03.27

text:RML

電車はトラック型でしたけど…
 鉄道の世界で「配給車」(形式記号「ル」)と言えば、都市圏で長いこと活躍した「配給電車」を思い浮かべる方が多いことでしょう。その最後の1編成だったJR西日本のクモル145-1015+クル144-15が2021年に引退となったことも記憶に新しいはずです。配給電車はまるで自動車のトラックのように荷台の部分が無蓋になって、横から見ると非常に横長な「L」字のような形状をしていたのが特徴で、一度見たら忘れられないことだったでしょう。

▲レイル・ファンの間で「配給車」と言えば、圧倒的にこの「配給電車」をイメージしますが…。

‘18.3.23 東海道本線 岸辺 P:池田智哉
(鉄道投稿情報局より)

▲これが「配給客車」。貫通扉や片側デッキが塞がれているのが異様ですが、全体の形状は普通。オル32 106。

‘75.9.12 石北本線 白滝 P:和田 洋

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 しかし実はこの配給車には客車、つまり「配給客車」も存在していました。同じ分類なのだからこれもやはり無蓋部を持つトラックのような客車だったのでしょうか? いいえ、そうではなくむしろ外観は普通の旧型客車そのもので、荷物車のような大型の扉を持つことが特徴と言えば特徴。一体どういう用途で、いつ頃まで使われていたのでしょう…?

■主な用途は3つ
 配給客車には3つのそれぞれ全く異なる役割があったとされています。
1. 資材配給車…駅や事務所で使用する資材・備品を、各地区にある「用品庫」から巡回して届けるもの。例えば職員の制服の輸送などのウェイトが高かったようです。

▲オル31 214。隅田川用品庫配属で、各地を巡回しました。

‘67.7.16 中央本線 甲府 P:笹本健次
(消えた車両写真館より)

2. 工場配給車…機関区・客車区・運転所といった車両基地と工場との間で、車両の補修用部品を運搬するもの。前述の「配給電車」は主にこの用途に当たりましたが、客車の場合はウェイトが低く、例えば車輪の運搬などは無蓋貨車を代用的に使ったため、トラック的な「配給客車」は最後まで登場しませんでした。

▲配給車代用として用いられたワム50000形51444。

‘73.9.23 総武本線 佐倉 P:和田 洋

3. 物資販売車…鉄道の職員や家族の生活物資を積んで巡回する移動販売車。商業施設の乏しい地域で働く職員の福利厚生策として運用されたもの。

▲オル32 1。物資販売車として道内で使われた1両。

‘70.7.22 室蘭本線 洞爺 P:小西和之
(消えた車両写真館より)

▲日用品などが多数陳列されている、オル32 106の車内。

石北本線 北見 P:小野田 滋

 以上3種ですが、用途が異なれば積む品も異なり、ひいては常備されるべき場所も違ってきます。つまり1両ごとに上記どれかの役割がほぼ専用に宛がわれたのですが、形式名だけからではどの車両がどの用途のためのものかは、容易にはわからなかったそうです。

衰退は1960年代後半
 前述の通り、「配給電車」は今世紀に至るまで活用されましたが、「配給客車」の方は1970年を境に大きく数を減らし、1972年以降は在籍両数は1ケタに。最後の1両となったオル30 1が1985年に廃車されて消滅しています。上記3つの用途のうち、2については既に述べたように客車としてはもともとウェイトが低く、1は小回りの利く自動車輸送に移行。3は商業施設の発展やあるいは合理化によって地方からの人員削減がなされたことで使命を終えたと言えるでしょう。

▲配給客車は主に貨物列車に併結されて運用されました。写真は九州・松浦線でのオル31形と、白帯を巻いた配給車代用のワム車。

‘67.7.28 松浦線 肥前吉井 P:和田 洋

 外観や、「あまり動くところを見たことがない」という点で似ていた救援客車(形式記号「エ」)は1984年の時点で198両も在籍していたこととは好対照ということになります。

▲配給車としての役目を終えた後、救援車に転用されたスエ71 13。戦災復旧車で極めて特異な外観となっていました。

‘77.9.17 秋田機関区 P:和田 洋

 そんな配給客車の始まりから終焉までを一冊にまとめたのが、RMライブラリー第260巻『国鉄の配給客車(和田 洋さん著)』です。前述の通り、知られざる配給客車の用途や形式ごとの解説、「資材配給車」の基地とされる各地の「用品庫」の紹介など、これまで趣味書ではほとんど触れられたことがない内容が満載です。その著者にして、配給車の実態にはまだ分からないことがたくさんあると記しています。「配給客車」を知ることは、おおげさにいえば「国鉄」という組織がひとつの「社会」であったことを理解すること…とも言えるのではないでしょうか。

RMライブラリー第260巻 紹介ページ

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